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〈国家情報局のねらい〉内田樹

内田樹・思想家|2026年6月18日1:14PM

内田樹・思想家。(撮影/編集部)

 国家情報局法が成立した。なぜ、こんな法律を急いで成立させなければならないのか。

 スパイが活発に活動して、日本の国家機密が他国にリークされ、国難的危機が切迫しているというのが立法事実だとするなら、こんな法律は何の役にも立たないだろう。なぜなら、日本の最も核心的な機密が組織的にリークされている先はホワイトハウスであり、洩らしているのは日本政府だからである。だが、自分たちを処罰する法律を起案する人間はいない。ということは、この法律の立法事実は「国家機密の保全」ではないということである。では何か。

 国民監視である。もっと正確に言えば、「国民監視システム・ビジネスの繁昌」である。最も熱心にこの法律の制定を求めてきたのは財界だろう。公安がカメラでデモ隊の顔写真を写したり、望遠鏡で人家を覗き込んだりというような前近代的な国民監視ではビジネスにならない。そんな「昭和的」な仕事を公務員にさせるために、こんな法律を制定するはずがない。高市政権が国民監視に前のめりになるのは、これが末期資本主義にとってのブルーオーシャン(新たな市場領域)だからである。

 国民監視システムの最先端を行っているのは中国である。「天網」プロジェクトは20年前に始まった。精度の高い顔認証システムで、指紋、声、虹彩などによって、誰がどこで何をしているかをたちまち特定できる仕組みである。もう一つは社会的信用システム。全国民の行動に「信用スコア」を付与する。法律違反や税金滞納などの他、政治的言動も評価に算入される。スコアが下がると、海外旅行ができない、クレジットカードが作れない、ホテルや飛行機の予約がとれないという「いやがらせ」が課される。でも、中国共産党を絶賛するSNS投稿を繰り返すとか、ボランティアでゴミ拾いをしたりするとスコアは回復する。中国共産党は別に全国民に心からの忠誠を求めているわけではない。「忠誠心を持っているふり」をすることを求めているのである。この辺はいかにも中国である。

 2010年代は、中国では国民監視システムを含む治安維持予算が国防予算を上回っていた。外敵の軍事的侵略のリスクよりも国内における内乱リスクのほうを中国共産党が高く見積もったせいだと思っていたけれど、どうも違うようだ。おそらくこの時期に国民監視テクノロジーの開発に巨額の国家予算を集中的に注いだせいで、中国は世界最先端の国民監視システムをその時点で「完成」させてしまったのである。それ以後はシステムの維持管理コストだけで、新規のテクノロジー開発の緊急性がないほどにパーフェクトな国民監視システムが出来上がったのだろうと思う。

 現に、中国人たちの多くが自分たちの全言動が政府によって監視、盗聴されていると信じている。別にほんとうに監視していなくても、監視されていると国民が信じていれば、監視システムは機能する。英国の哲学者ベンサムが考案した「パノプティコン」と同じ原理である。囚人たちに監視塔から看守がつねに見張っていると信じさせれば、監視塔が無人でも監獄は機能する。

 出来がいいので、中国の国民監視システムは輸出されている。シンガポールやサウジアラビアなどの独裁者にとってはいくら金を出しても買いたい商品だろう。

 ほんとうは日本政府も中国からシステムをパッケージで買いたいのだが、面子があってそうもゆかない。果たして首尾よく国産のシステムを創り出せるのか、それともパランティア(米企業)に丸投げするのか。

(『週刊金曜日』2026年6月12日号)

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