〈出自で「スパイ視」? 「日本人ファースト」の空気〉崔善愛
崔善愛・『週刊金曜日』編集委員|2026年6月10日7:21PM

「おたくの地区、スパイが多いから、たいへんでしょう」。ぎょっとした。「スパイって、どういうことですか」「ほら、あの共産党の事件よ」
13年前、自治会の役員になった最初の会合の帰り道、年上の女性からかけられた言葉だ。彼女の言う「共産党の事件」の詳細な説明はなく、私は近所で親交のあった80代半ばの女性に尋ねた。
「スパイ? 私のことかしら」――。
さらにぎょっとした。彼女は、歌人の菊地原芙二子さん(1929年生まれ)。私はよく自宅で、国家、宗教、政治、日韓の歴史問題など、時間を忘れて話し込んでいた。その彼女がスパイ? いやそれはねと、ある事件をふりかえってくれた。
86年の「日本共産党幹部宅への盗聴事件」だ。緒方靖夫共産党国際部長(当時)の自宅電話を、警察が近くのアパートで盗聴していたことが発覚。これを知った地域の有志が「盗聴事件を考える住民の会」を10人で立ち上げた。菊地原さんは世話人代表に。おりしも85年は中曽根康弘政権下で「国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案」が提出され、廃案となっている。
この盗聴事件は当時、国会でも審議され、大きく注目されるも、検察庁は警察側を不起訴、最高裁は緒方さんの特別抗告を棄却した。
菊地原さんらは91年、スイス・ジュネーブの国連人権小委員会への「要請団」を結成し、「通報」した(『海を渡った盗聴事件』菊地原芙二子著にくわしい)。要請団のメンバーで自由法曹団の弁護士は「共産党を好きな人も嫌いな人も、この盗聴に反対しないと、憲法で保障された自由が次々と侵害されてゆく」と訴えた。
菊地原さんも共産党の党員ではなかった。夫とともに、かつて東京大学を追われた矢内原忠雄氏の聖書集会に通い、矢内原氏の自宅で結婚式を挙げたという、キリスト者でもあった。
それにしても奇妙なのは、冒頭の女性が、盗聴された緒方氏が被害者であるにもかかわらず、まるで緒方氏や共産党、そして「住民の会」の側が「スパイ」だと言わんばかりだったことだ。
5月20日、国会での党首討論において、参政党の神谷宗幣代表が、国政・地方選挙の立候補者の「帰化歴」公開の検討を求めた。が、とりわけ出自が中国・朝鮮半島・ロシアの場合、ただそれだけで根拠もなく安易に「スパイ視」され、「反日」と誹謗される日本社会。「日本人ファースト」の空気が、出自を語らせない。
(『週刊金曜日』2026年6月5日号)
※「デジタル金曜日」定期購読はこちらをクリック







