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〈憲法9条と国連〉内田樹

内田樹・思想家|2026年5月19日3:10PM

内田樹・思想家。(撮影/尹史承)

 中高生に時々オンラインで授業をしている。先日は憲法9条について話をした。事前にテーマを告知して、それについての生徒たちの意見をまず聞いて、それを読んでから授業をする。

 驚いたのは、回答した9人のうち6人が「改憲賛成」だったことだ。

「戦力を持たないと中国や北朝鮮が攻めて来た時に抵抗できない」「他の国が戦力を持っているのに、日本だけ戦力不保持というのは不公平だ」と書かれていた。この幼い改憲派たちは基本的な事実を知らないまま改憲の当否について判断している。

 授業でまずその認識を正してもらった。第一に、日本は十分な「自衛力」は持っている。国防予算の規模で日本は世界10位の「軍事大国」である。第二に、他国に侵略された場合の自衛は「個別的自衛権」として国連憲章で認められている。生徒たちの「他国からの武力侵攻に対して日本は無力」というのは、軍事についてだけ言えば失当なのである。

 ただ、別の意味で日本が「無力」なのは事実である。食料自給率もエネルギー自給率も低い。海上封鎖されたらすぐに干上がる。海岸線に原発が並んでいる点も致命的である。

 だから、外交努力によって決して武力侵攻されないような立場を保つ必要がある。さいわい日本には憲法9条があり、戦後81年間、日本の軍人が他国民を殺傷するということは起きていない。だから、「日本がわが国を武力侵攻する意図を持っている」という根拠で日本を先制攻撃するというロジックは成り立たない。これは安全保障としては軍事力よりもはるかに効果的だと私は思う。

 改憲派の生徒たちが国連憲章51条について知らなかったのはなぜだろう。彼らに改憲論を吹き込んだ大人たちはそのような基礎的事実も教えていないらしい。理由はわからないでもない。おそらく改憲派の大人たちは「国連憲章51条は空文だ」と考えているのだ。国連軍はたしかにこれまで戦争の抑止に効果的には寄与してこなかった。だから、国連憲章は憲法9条と同じように「理想を語るだけの空語」なのだと言うことは可能である。

 1946年憲法制定時点に起草者たちはこれからは国連が世界政府となり、国連軍が世界最大の軍事力となって、加盟国間の紛争を実力で解決することになるだろうと予測していた。というのも、もし次の世界大戦が起きれば、それは核戦争になり、そうなれば人類は滅亡する。

 だから、合理的に思考すれば、世界的な規模の「公共」を立ち上げる以外に人類が生き延びる道はない。その時には世界のすべての国が憲法9条のような戦力放棄条項を持つようになる。なぜなら、紛争の理非を判定し、非ある国を処罰できるだけの実力を持った国連軍が存在する以上、加盟国は「私讐」を禁じられるからである。

 かつてロックやホッブスは、私人が私権の一部・私財の一部を供託することで「公共」を立ち上げ、「万人の万人に対する戦い」に終止符を打つことができるというロジックを立てた。同じロジックで「万国の万国に対する戦い」を阻止するためには強大な実力を持つ「世界政府」を立ち上げるしかないというのは、近代市民社会論を踏まえるなら、ごく合理的な推論だったのである。

 それがなぜ失敗したのかについて長い話を語らなければいけない。私たちに言えるのは、憲法9条の現実性と国連の現実性は相関しているということである。9条が空語だと言われるのは国連が機能していないからである。逆に言えば、国連が機能を回復すれば、9条は空語ではなくなる。そんな話を生徒たちにした。

(『週刊金曜日』2026年5月15日号)

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