「憲法9条のおかげです」内田樹
内田樹・思想家|2026年4月30日5:53PM

日米首脳会談では憲法9条のおかげで日本はホルムズ海峡に自衛艦を派遣しろというトランプ大統領の要請をかわすことができた。戦争に巻き込まれずに済んだのは9条のおかげである。
でも、「日米首脳会談、大成功」と大本営発表を垂れ流すだけのメディアは、そうは報道しないし、もちろん高市早苗首相自身も「9条のおかげです」とは決して言わない。なにしろそれを廃棄することが彼女の悲願なのだから。
では、どうして「9条のおかげで派兵をまぬかれたこと」を外交的成果として称えながら、その当の9条は「もう時代に合わない」という理由で廃絶することを目指すことができるのか。論理的にはこれは成立しない。論理的に考えれば、これは「9条があるせいで派兵できなかった」ことを高市自身は「外交的失敗」と総括していたということである。
高市自身は渡米して、トランプに「ただちに米軍、イスラエル軍と共に戦うために自衛隊を派兵します」と約束したかったのだと思う。国際的に孤立しているトランプにとってこの「援軍」はどれほどうれしいものだっただろう。おそらくトランプは高市を「世界最高の指導者」と持ち上げ、「アメリカを救った英雄」とほめあげ、高市に名誉勲章くらい授与したかもしれない。
でも、そうならなかった。高市が「でも、9条があるので、すぐには派兵できません」という条件を付けたからだ。
「帰国したらただちに改憲に取り組みます」と約束した。トランプは最初はそれを「すぐに自衛隊が駆けつける」ことだと解釈した。だから翌日に「日本が支援に来る」と語り、ウォルツ国連大使も「日本の首相は海軍を出すと約束した」と明言したのである。
でも、そのあとにホワイトハウスのアナリストが大統領に「あの~、大統領。日本の政治家が『可及的すみやかに』とか『最大限のスピード感をもって』とかいうのは、ふつうは『すぐにはやらない』という意味ですよ」と耳打ちした。トランプは激怒し、ホワイトハウスのHPは、高市がトランプに卑屈なほどおもねるところと、まともな英語が話せないところと、真珠湾をギャグにされてもぼんやりしていたところだけを切り抜いて「日米首脳会談」の動画を作成した。「無能で、卑屈な政治家」というイメージを公式に配信したのである。高市が「即時派兵」のようなことを言いながら、実行することを確約できないでいることにトランプはものすごく怒ったのだ。まあ、そういうやつである。
あの時もし「即時派兵」をトランプに確約して帰国したら、高市は「米大統領に確約した。この誓約を裏切れば、国際的な信義を裏切ることになり、日米同盟は終わる。それでもいいのか」と自民党議員を恫喝することができた。改憲は後回しにしても「存立危機事態」を宣言して、閣議決定だけで戦場に自衛隊を投入するというような展開になっていただろう。
それこそ高市の「大勝利」だったのだ。日本の民主主義と平和主義はその時終わり、国際社会から「世界最強のならずもの国家」アメリカに追随する「せこいならずもの国家」認定されて、ネトウヨたちの悲願であった「大日本帝国の劣化版」が実現するのであるから。
9条のおかげで日本は救われた。でも高市は「アメリカの尻について戦争ができる国」を実現する努力をこれからも止めないだろう。当のアメリカ人たちがトランプの始めた戦争にうんざりしているのに。(一部敬称略)
(『週刊金曜日』2026年4月24日号)
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