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〈ツバメの物件探し〉想田和弘
想田和弘・『週刊金曜日』編集委員|2026年4月30日3:14PM

眩いばかりの陽光と、心地よいそよ風を直に感じたくて、海に面する2階の仕事場の窓を開け放し、原稿に向かっていた。するとチュピチュピーッという声とともに、黒い三角形の影が矢のような速さで部屋の中に入り、ひと回りした後、また矢のような速さで出ていった。おおっ、ツバメか。
われわれ人間が地球を滅茶苦茶に荒らしているのに、よくぞ今年も帰ってきてくれたなあ。感動と感謝でじんわり心が温かくなるのを感じながら、牛窓にもようやく春が訪れたことを悟った。
全開にした窓の軒下には、物干し竿が1本、ぶらさがっている。その竿に、さっき出ていったツバメが戻ってきて止まった。そして部屋の中を覗いている。首を機敏に、クリクリと、上下左右に振りながら、品定めをするように。
すると突然、ツバメがもう1羽、竿の上に加わった。チュピチュピジージー、2羽のツバメは何やら互いに言葉を交わしている。きっと部屋の中に巣を作るかどうか、相談しているのだろう。人間の若いカップルが新婚生活のための物件を物色するのに似て、ウキウキした様子である。
同じつがいかどうかはわからないが、この竿の上では、去年も、一昨年も、3年前も、同じことが起きた。しかし申し訳ないが、部屋の中に巣を作られるのは困る。だから僕は去年も、一昨年も、3年前も、「ここはダメだよ?」と2羽を説得し、お引き取りいただいた。残念だが、今年も他を探してもらうしかない。
幸い牛窓には、彼らを歓迎する人々がいる。とある近所の御仁は、車庫の壁に直径10センチくらいの小さな穴を開けている。何の穴かと不思議に思っていたら、ツバメが目にも留まらぬスピードでその穴を出たり入ったりするのを目撃して、合点がいった。猫穴ならぬツバメ穴である。春になると車庫の中にツバメが巣を作り、雛を育て、また去っていく。車庫の主は毎年彼らの子育ての様子を目を細めて見守っているのだろう。ああ、これぞ平和というものだ、と思う。それはどこか遠くや未来にあるのではなく、今、ここにある。
実は、無惨な殺し合いが続く世界情勢のなか、ツバメの巣作りのことなど書くのは呑気すぎるかもしれないな、などとためらう自分がいた。そう感じるのはきっと、僕の心までもが戦争に侵食され、平和でなくなってきているからだろう。ならばなおさら、僕はツバメについて書かねばならない。平和とは何か、を忘れぬために。
(『週刊金曜日』2026年4月17日号)
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