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「大逆事件」を語り次ぐサミット 犠牲者の故郷で国家による「冤罪」の背景に迫る
2025年12月25日5:18PM
今から約100年前、明治末期に全国で社会主義者らが天皇殺害を計画したなどとして、旧刑法の大逆罪(皇室危害罪)に基づいて弾圧された事件を語り継ぐ第6回「大逆事件サミット」が、10月25日に岡山県井原市で開かれた。

「大逆事件」は1910年以降に摘発された四つの事件の総称だが、一般的には幸徳秋水や森近運平が謀議したとされ、刑死(11年)した事件を指す。この事件では大逆罪で26人が起訴され、24人に死刑判決。翌日に天皇の「恩赦」で半数が無期懲役に減刑されたが、残る12人は1週間後に死刑が執行された。
「大逆事件サミット」は2011年に幸徳秋水の生誕地である中村(高知県四万十市)で行なわれた第1回を皮切りに各地の持ち回りで開かれており、今回の開催地・井原市は森近運平の出身地。明治初期の社会主義者や無政府主義者の多くが都市の工場労働者たちをオルグの対象としたのに対して、森近は農業改良に尽力。岡山県庁に勤務し、日露戦争での戦時国債を買わないよう呼びかけたことで罷免され、明治期の日本社会党結成に参加。『大阪平民新聞』を創刊するなどして活躍した人物だ。
今回の集会には、中村や和歌山県新宮市(6人有罪、2人刑死)など過去の開催地や、オーストラリア在住の日本研究者など海外からも含む約200人が参加した。当日は明治大学の元副学長で初期社会主義の研究者として知られ、「大逆事件の真実をあきらかにする会」事務局長を務める山泉進さんも発言。大逆事件の研究では、ほとんどの被告が天皇の暗殺計画に関与していない冤罪だったことが明らかになっているが、それは検察の誤認や不作為だけによるものではないと指摘。むしろ背景には日露戦争に邁進していた明治政府に対して反対の声をあげていた反戦論者、とりわけ社会主義者や無政府主義者を根絶やしにする意思、つまり「国家による犯罪」があったことが研究の結果として見えてきたと解説した。
11・22事件との類似、相違
「国家による犯罪」という言葉が耳に残った。筆者は今年、韓国で1975年11月22日に表面化した冤罪事件、通称「11・22事件」についてのドキュメンタリーと著作(※)を手がけたが、同事件と大逆事件との間には共通する部分と、対照的に異なる部分とがある。
11・22事件「端緒」は韓国政府が「北(=北朝鮮)のスパイ」の容疑で在日コリアン13人を含む21人を逮捕。取り調べで拷問による「自供」を引き出し、裁判で9人の死刑が確定した。大逆事件と同じく、国家の意思に抗う者をこの世から抹殺しようとした犯罪だ。
異なるのは「再審」の有無だ。大逆事件では秋水らへの死刑執行から50年後の1961年、森近の妹・栄子と、無期懲役に減刑されて生き残った元被告の坂本清馬が再審を申請したが、最高裁で67年に棄却された。一方で11・22事件については、87年の韓国での「民主化宣言」以降に再審が行なわれた末に被告らが無罪を獲得。絞首台にはかけられずに生還し、多額の国家賠償も獲得した。
同じ民主主義でも「血で購った」韓国と「天から授かった」日本との違いも背景にはあるだろう。韓国では他にも「北のスパイ」容疑で死刑判決を受けた人々の再審が継続中。人権の確立、民主主義の実現を求める闘いは今も続く。
※筆者による『絞首台からの生還』は三一書房より11月21日に発売。筆者と小山帥人氏が共同監督した映画『絞首台からの生還』は2026年2月から大阪シネ・ヌーヴォで上映予定。
(『週刊金曜日』2025年11月14日号)
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