「アンダークラス」の憂鬱 内田樹
内田樹・思想家|2025年12月17日6:06PM

「アンダークラス」という言葉を最初に教えてくれたのはブレイディみかこさんの『子どもたちの階級闘争』(みすず書房、2017年)だった。
英国では就業せずに生活保護を受けて生活している人たちをそう呼ぶ。「チャヴ」という蔑称で呼ばれることもある。ブレイディみかこさんは「親子三代生活保護で生きているというような、ダイハードなアンダークラス民」の生態をこの本で活写してくれた。
アンダークラスの子どもたちについては、「エモーショナル・インテリジェンスの発達が大幅に遅れている子が多かった」と報告されている。ブレイディさんが働いていた底辺地区の託児所は「凶暴な子や極端に人を恐れる子など、他者とコミュニケーションができない子ども」、「他者の感情を理解したり、自分の感情を伝えることが苦手」な子どもが多かった。そんな感情生活が安定していない子どもに教科を詰め込もうとしても無理である。
事態をさらに悪くしているのは、底辺の人たち同士に連帯感がないことである。移民たちには新天地で英語を身につけ、職を得て、子どもをよい学校に通わせたいという向上心がある。彼らには「自分たちの出身国よりも何倍も恵まれた環境に生きているように見えるのに、何の向上心もなく、あたら人生を無駄にしているように見える底辺層の英国人たちのことがまったく理解できない」。
アンダークラスが生まれたのは英国の緊縮財政の結果である。「緊縮には経済的効果より、人民をおとなしくさせる政治的効果のほうがあるのではないかと思える。それは人民を分散し、孤独にさせ、意気消沈させる」とブレイディさんは書いている。
日本にも今アンダークラスが生まれつつある。ただし、定義は英国のそれとは違う。早稲田大学の橋本健二教授は、現代日本社会を5階級に分類し、パート主婦以外の非正規労働者を「アンダークラス」と命名している。アンダークラスは890万人、全就業人口の13・9%に達する。平均年収は216万円、男性未婚率は74・5%。彼らには配偶者を得て、子どもを育てるだけの再生産力が確保されていない。アンダークラスの増大が人口減少と相関していることは誰にでもわかる。
アンダークラスの人たちはどのような政治的志向を持つか。これについて、かつてエーリッヒ・フロムは『悪について』(ちくま学芸文庫)で明快だが、人を不安にさせる説明を記している。
「経済的、文化的に恵まれず、状況を変えるような現実的な望みも持てない」人々に満足をもたらしてくれるものは一つしかない。それは、「自分たちは世界でもっとも賞賛されるべき集団であり、劣等とされた別の民族集団より優秀であるという肥大化した自己イメージである」「経済的、文化的に貧しい人々にとっては、その集団に属しているというナルシシスティックなプライドだけが満足の源となる」。
フロムはナチス時代のドイツを念頭にそう書いているのだけれど、これは今の日本にもそのまま当てはまる。底辺に制度的に釘付けにされたアンダークラスの人々が、なぜ夜郎自大なナショナリズムや外国人排斥に熱狂するのか、それをフロムはごく明快に説明してくれている。
高市政権は「自分たちは別の民族集団より優秀である」という愛国的プロパガンダと国民を一層窮乏化させる政策を同時に行なっている。これはたしかに「合理的」なのである。市民は貧しく無権利になればなるほど自己愛の対象を民族や国家に転移するようになる。まさにそのとおりのことが今日本では起きている。
(『週刊金曜日』2025年11月7日号)
定期購読はこちらをクリック







