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『あんぱん』は過去の話ではない 「愛国心」教え込む時代の再来

田幸和歌子・ライター。|2025年8月7日3:41PM

 NHKの連続テレビ小説が戦争や暴力を描くことは多い。だが単なる「反戦ドラマ」ではない。『芋たこなんきん』ではヒロインのモデル・田辺聖子の史実同様、軍国少女時代を描いた。『カーネーション』ではヒロインの長女が真面目ゆえに軍国主義に染まった。『らんまん』では関東大震災後の朝鮮人虐殺に触れ、『虎に翼』でも同様の暴力が市民によって起こされた現実を描写した。『エール』では戦争に加担した作曲家を描き、音楽が戦争を支えた構造を暴いた。いずれも戦争の構造的暴力や加害、同調圧力の恐ろしさを描いている。

子どもたちに「国に尽くせ」と教える教師となったのぶ。NHK公式サイトより。

 しかし、今田美桜演じる『あんぱん』のヒロイン・のぶは異質だ。彼女は軍国少女を経て、後に教師として戦争に加担していく。体操好きで無邪気な少女だったのぶは、祖父の弟子で家族同然の石工である豪の出征を機に、戦地の兵隊に送る慰問袋を考案。街頭で募金を集め、「愛国の鑑」と賞賛される。教師となってからは子どもたちに「兵隊になって国に尽くせ」と教える。疑問を持たず、真っすぐ信じて突き進む姿は、戦時下の「理想的国民」として描かれるが、そこに恐ろしさがある。

『あんぱん』が照らしたのは、国家が教育を通じていかに「戦争を支える人材」をつくるかという構造だ。教育は国家の要請を体現する装置として利用される。純粋な思いを国家が利用する構造は、今も戦時と大きくは変わっていない。

 阿部サダヲ扮する草吉はかつて戦地に赴いた経験から深い心の傷を負っているが、そんな彼にのぶは「国のために」と乾パン製造を迫る。のぶに悪意はない。『あんぱん』が描いたのは、そうした〝純粋さ〟がいかに戦争を支えるのかという構造である。そして、これは現代と地続きの問題だ。

戦争は突然始まらない

 2006年の教育基本法改定では「伝統と文化の尊重」「公共の精神の涵養」が追加され、学校教育はより国家と結びついた。「愛国心」を教育で育てる時代は再び始まっている。

 今、軍事費は過去最大規模となり、「国を守る」というスローガンのもと敵基地攻撃能力の保有が現実の政策に組み込まれつつある。「憲法改正」が当然のように語られる中、戦争を知らぬ世代が多数派となる。だからこそ、戦後80年の節目に『あんぱん』が描いたのぶの姿は重い意味を持つ。

 のぶは時代の空気の中を生きた人だ。問題は、そうした人間を大量に生み出す社会と教育の構造にある。

 やなせたかしの言葉が第一話で語られた。「正義は簡単にひっくり返ってしまうことがある。じゃあ決してひっくり返らない正義ってなんだろう。お腹をすかせて困っている人がいたら一切れのパンを届けてあげることだ」。その思想は、まさに『あんぱん』の核である。善意と献身を、戦争ではなく人のために使えるか――それが「正義」の一つの答えだろう。

 戦争はある日突然始まるのではない。空気が育てられ、教育が染まり、違和感が消えたときに始まる。のぶの物語は決して過去のことではない。今を生きる私たちにとっての問題なのだ。

(『週刊金曜日』2025年8月1日号)

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