国会前で「わたしの戦後80年」リレートーク 「二度と戦争しない」強く誓う
竪場勝司・ライター|2025年8月7日4:17PM
日中戦争の発端となった盧溝橋事件が1937年に起きた日でもある7月7日、「わたしの戦後80年・リレートーク集会」が東京都千代田区の国会正門前で夕刻から開かれた。

日本の敗戦から80年になる今年、この日を忘れずアジアの人々と歴史認識を共有しながら「二度と戦争をしない」との誓いを新たにしようと、ピースボートや日本青年団協議会でつくる実行委員会が主催したもので、当日は約200人が参加。国籍も年齢もさまざまな十数人が次々登壇し、それぞれの反省と誓いを込めつつ自らの「戦後80年宣言」を、以下のように語った。
「PTSD(心的外傷後ストレス障害)の日本兵家族会・寄り添う市民の会」の黒井秋夫さんは父親が中国戦線に従軍。「私たちの父親や祖父たちは、過酷な戦場体験が原因で心を壊して家族に暴力を振るい、アルコール依存症に陥るなどした末、自殺に追い込まれた」と述べつつ、「侵略者・加害者の日本軍兵士の子孫として、父親、祖父たちの侵略と蛮行、殺人などの所業を心からお詫びする。この先どんなに時間がかかろうとも、暴力や戦争ではなく、話し合いを続け、子孫の時代には戦争のない世界の実現を目指す。それが歴史から学んだことだ」と訴えた。
「奪われた側」からの声
台湾出身の京都大学大学院生、張彩薇さんのメッセージは他の参加者が代読。台湾にとっての戦後は植民地主義からの「解放」などではなくむしろ「継続」であり、「中華民国」という「正当な国家」によって台湾人は「日本に奴隷化された存在」として名指しされてきたと指摘。「台湾人の平和と自立への願いは武装の合理化へと変えられた。自らの平和への希求を自ら裏切らなければならない、そんな台湾人の苦悩をもたらしたのは、『台湾有事』や『台湾問題』などの言葉に象徴される、台湾を領土や戦場としてしか捉えない中国やアメリカ、日本などの大国にほかならない」と批判した。
「今も在日朝鮮人、特に朝鮮学校の子どもたちへのヘイトスピーチが絶えない」と訴えたのは、人権活動をしている在日朝鮮人3世の朴金優綺さんだ。日本政府は朝鮮学校の子らを高校無償化制度から除外し、朝鮮学校には何をしてもいいというメタメッセージ(※注)を発し続けることで、ヘイトスピーチを傍観し煽ってきたと非難。「朝鮮民族から奪ったものを返すことの一つとして、朝鮮学校での民族教育を保証する義務が日本政府にはある。ただちに在日朝鮮人、朝鮮学校への差別と迫害を止め、すべての権利を保障し、すべての加害について国際人権基準に沿った謝罪、賠償などの措置を行なうよう強く求める」と語った。
「私たちウチナーンチュにとって戦後はあったのでしょうか」と、沖縄出身の慶應義塾大学学生、崎浜空音さんは訴えた。曽祖父は、ヤギの餌を取りにいっただけで撃たれて死去。祖父は日本兵として戦場に行った。戦争が人々を被害者のみならず加害者にもしてしまう残酷さを感じると言う。「私の街は今も50%以上が基地だけど、いつの日か、戦争を体験した祖父母らに『沖縄は平和だよ、もう戦後だよ』と言える日が来ることを願い、私は行動し続ける。沖縄に押し付けている日本の問題を自分ごととしてみなさん一人ひとりに捉えていただきたい」と国会前で訴えた。
※注:「言葉の意味を超えて伝わる裏の意味」を指す語。
(『週刊金曜日』2025年7月18日号)







