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相模原市の画期的だった人権条例案が骨抜き 
罰則は見送りに

石橋学・『神奈川新聞』記者|2023年12月5日6:29PM

 差別に苦しめられているマイノリティの期待を大きく裏切る内容だ。人権尊重のまちづくりを掲げて神奈川県相模原市が11月17日に公表した条例案の骨子は、画期的な答申(本誌4月7日号参照)をことごとく骨抜きにし、差別をなくす力を欠いた凡庸なものだった。有識者の答申というお膳立てを無駄にし、差別撤廃行政を大きく前進させる好機を自ら放棄する本村賢太郎市長への批判が高まっている。

条例案骨子の市議会への説明後、相模原市役所で報道陣の取材に答える本村賢太郎市長(右端)。(撮影/石橋学)

 有識者らでつくる市人権施策審議会が3月にまとめた答申は、

▼障害者ら45人が殺傷された津久井やまゆり園事件(2016年7月、同市緑区で発生)をヘイトクライムと位置づける。

▼人種、民族、国籍、障害、性的指向、性自認、出身を理由としたヘイトスピーチを規制し、著しく悪質なものは罰則で対処する。

▼差別事案に対し、市長が非難する声明を出す。

▼差別の被害者を救済する市人権委員会を設置する。

――ことなどを盛り込んでいた。

 差別が引き起こす「ヘイトクライム」の存在を認め、繰り返してはならないと明記する条例は過去にない。在日コリアンが集住する京都・ウトロ地区での放火事件(21年8月)など、人命を奪いかねない重大な差別事件が繰り返される中、具体的な対策のスタートラインになるはずだった。

 ヘイトスピーチ規制でも大幅な前進が期待された。刑事罰を設けた条例は川崎市が唯一定めているが、対象は外国ルーツの人に対する差別言動のみ。障害者から琉球人、アイヌ、性的マイノリティ、被差別部落出身者まで守られるようになれば、ヘイト規制の一般化という新たな地平が拓かれることになった。

 しかし本村市長は答申の意義をまったく理解していなかった。罰則を外した点が、差別と向き合い、本気でなくすつもりがないことを物語る。やまゆり園事件について触れた答申から「差別」の2文字を削除。「大変痛ましい事件」としか書かず、何より罪深いヘイトクライムを一般的な事件扱いした。それも繰り返さないためではなく「風化させないため」と他人任せにし、行政の主体を消した。

 ヘイトスピーチに関して罰則を設けなかっただけでなく、障害や性的指向、性自認、出身を理由にした差別的言動は禁止対象からも外した。外国ルーツの人たちへのヘイトスピーチも氏名公表の措置にとどめ、「川崎市から大阪市の条例レベルに後退した」とレイシストを喜ばせた。市人権委員会についても「独自の事務局を置く」という独立性を持たせ、実効力を担保する先進的な内容を省いた。

市長は質問に答えられず

 市は市議会全員協議会で骨子について一通り説明したが、内容以前の問題も明らかになった。

 報道陣の取材に応じた本村市長が「障害者へのヘイトスピーチをなぜ禁止対象から外したのか」「やまゆり園事件がどうして立法事実にならないのか」という基本的かつ根本にかかわる質問に答えられなかった。「私自身まだまだ勉強が足りていない」と打ち明けるありさまで、条例案の正当性がそのプロセスから揺らいでいる。

 翌18日、地元紙の『神奈川新聞』をはじめ『読売』『朝日』『毎日』『東京』の各新聞が「人権条例案 大きく後退」「差別根絶 見えぬ決意」との見出しで一斉に批判。マイノリティや有識者、市民が「失望を超えて憤りを覚える」「被害者の期待を裏切った」と断じるコメントを掲載した。

 市は12月1日から来年1月9日までパブリックコメントを実施(※)し、来年2月の市議会に条例案を提出するとしているが、自ら諮問した答申をここまで軽視することは前代未聞。そもそも市長が内容を理解していないという異常事態である。

 市民であるマイノリティの命を奪う差別への危機感と差別を根絶する行政の責務を認識できていない証拠で、字句の修正では到底足りず、「勉強」した上で一からつくり直すしかない。

※相模原市「パブリックコメント~あなたの意見を市政に!!~」
https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/shisei/1026875/shisei_sanka/pubcome/index.html

(『週刊金曜日』2023年12月1日号)

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