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ジャニーズ性加害問題 
報道機関は「権力融合型ジャーナリズム」から脱却せよ

李美淑・大妻女子大学准教授。|2023年11月10日1:54PM

 報道機関は「ジャニーズ性加害問題」をなぜ報道してこなかったのか。1988年以降、元タレントらによる複数の告発本が出版されており、99年以降は週刊文春によるジャニー喜多川氏のセクハラ疑惑に関する報道が行なわれた。事務所が週刊文春の記事をめぐり名誉毀損で訴えた裁判では、セクハラの真実性を認めるという判決が出ていた(2003年には東京高裁、04年には最高裁)。そして今年3月のBBCドキュメンタリーが放映された後でも、約1カ月、関連報道は見当たらなかった。なぜメディアはこんなにも長く沈黙し、被害の拡大に加担したのかについて、現在、各放送局では検証を行なっている。

社名の看板が外された旧ジャニーズ事務所。(撮影/編集部)

 9月11日、NHKは「クローズアップ現代」で「〝ジャニーズ性加害〟とメディア 被害にどう向き合うのか」を放映。NHKや民放など40人に取材し、性加害疑惑が報じられなかった背景として、ジャニーズ事務所の影響力や「芸能界のネタ」という認識、男性の性被害に関する意識不足などが指摘された。しかし、「公共放送」としてのあるべき姿についてはあまり示されなかった。

 ほぼ似たような分析を、日本テレビ(10月4日、news every.「報告 メディアの沈黙 日テレ調査 ジャニー喜多川氏性加害問題」)、TBS(10月7日、報道特集「【検証】ジャニーズ事務所とTBSの関係 性加害問題 報じなかった背景」)、フジテレビ(10月21日、週刊フジテレビ批評「特別版 旧ジャニーズ事務所創業者による性加害問題と“メディアの沈黙”」)、テレビ東京(10月26日、「ジャニーズ性加害問題~検証報告と今後の対応~」)でも報告している。

 これらの番組では、現役社員、元社員に対して行なった調査結果を提示。基本的には「人権意識を高める必要性」に言及し、「メディアに身を置く一人ひとりが自ら問い直していく必要がある」(NHK)、「人権意識向上を図っていく」(日本テレビ)、人権尊重は「普遍的でかつ最重要の理念」で、今後とも「基本的人権を尊重する責任を果たすよう努力」(フジテレビ)、「人権感覚の鈍さが原因であり、被害者のみなさんに申し訳なく思います」(TBS)などとした。

圧力に屈しない対策を

 検証番組ができたことは評価すべき点もあるが、その分析や対策は甘い。人権意識の低さは、確かに原因として指摘されうるが、その背後にある本質的な体制や構造に関する分析なしに、「人権意識を高める」という宣言だけでは対策にならない。日本軍「慰安婦」(日本軍性奴隷)問題に沈黙してきたばかりか、政治家らの「強制などなかった」という二次加害的妄言を黙認し、加害の歴史を消そうとする歴史修正主義に加担してきた報道機関が、「ジャニーズ性加害問題」だけは突然「人権」に目覚めたのか。信憑性は低い。

 人権侵害の多くは権力不均衡な関係で起きる。なぜ報道しなかったのかという問いには、権力との関係が問われなければならない。「ジャニーズ性加害」問題のみならず、報道機関は「政治」と「市場」という権力に対し、どれほど独立性と自律性を確保してきたのか。「扱うにはめんどくさい」という言い訳の下に、どれほど権力に屈服し、権力と融合してきたのか、更なる検証が要請される。「人権意識の向上」を達成しようとするなら、これまでの「権力融合型ジャーナリズム」から脱しなければならない。

 政権や企業が報道されたら不都合だと思う人権問題や環境問題に対し、報道機関はどう向き合うのか。「政治的公平性」という名の権力側からの圧力、「視聴率」という名の売り上げ至上主義によって真実の報道が侵害される状況にあるとすれば、報道機関としての組織的、制度的、構造的な対策が必要になる。「人権意識を高めよう」などという謳い文句だけで終わらせるような問題ではない。

(『週刊金曜日』2023年11月10日号)

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