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諫早湾干拓、国の「開門」執行阻止請求を最高裁認める

永尾俊彦・ルポライター|2023年3月22日7:00AM

2022年3月、差し戻し審判決の福岡高裁に入る大鋸武浩さん(左から2人目)ほか漁民原告団。(撮影/永尾俊彦)

「われわれは何も悪いことはしていないのに、なぜ(『開門』を強制する)権利を取り上げられなくちゃいけないんですか!」

 3月7日、東京の参議院議員会館で開かれた国営諫早湾干拓事業(長崎県)の潮受け堤防排水門の「開門」を求める院内集会で、佐賀県太良町の漁師・大鋸武浩さん(53歳)はこう叫んだ。

 諫早湾干拓潮受け堤防の「開門」を命じた福岡高裁の確定判決(2010年)の原告の一人が大鋸さんだ。その原告らに対し、国が判決の強制力をなくすよう求めた裁判(請求異議訴訟)の差し戻し審で昨年3月、同じ福岡高裁が「漁獲量は回復傾向にある」などとして確定判決後の事情の変動を認め「強制執行は権利乱用」として国の請求を容認した(本誌昨年4月29日・5月6日合併号既報)ため、漁民側が上告していた。だが、最高裁は上告を受理せず、棄却する決定をした(3月1日付)。

 大鋸さんは、諫早湾干拓の潮受け堤防が見える有明海の西南部の海域でノリの養殖をしているが、3年連続で赤潮による色落ち被害に見舞われ、昨年の水揚げは50万円。今年はついに1枚も収穫できなかった。西南部は昨年も凶作だったが、今年は赤潮被害が中部や東部にも広がり、全国一の生産量を誇る有明海の今季のノリ養殖の生産枚数は4月の漁期終了までに昨季の5~6割にとどまり、過去最悪レベルになる可能性がある。

 漁民らは「漁獲量は回復傾向」との判決文は「魚がいないからエサになるシバエビが増え、今まで見向きもしなかったクラゲをとっているから増えているように見えるだけ」とゴマカシを指摘する。

 7日の院内集会に続いて開かれた農林水産省・水産庁との意見交換会で、大鋸さんは「希望を示してくれよ、希望を。約20年も(海底に砂をまくなどの)再生事業をやっているが、あと何年我慢したらノリやアサリがとれるのか言ってくれ」と迫った。農水省の担当者は「具体的な計画はありません」と力なく答えるだけだった。

「判決『無効化』に非ず」

 最高裁が容認した昨年3月の福岡高裁判決について漁民側の馬奈木昭雄弁護団長は「確定判決に従わず、抵抗し続けていれば『開門』を要求する側の権利乱用になるという憲法違反の恐るべき判決」と評し、そこには「トリックや詭弁の連続」があると指摘する。

 たとえば最高裁が1987年の判例で示した請求異議が認められる場合の厳格な判断基準を削っている点だ。確定判決が安易に覆されては司法の根幹が揺らぐ。そこで同判例は「著しく信義誠実の原則に反し、正当な権利行使の名に値しないほど不当な場合」との基準を示していたのに、福岡高裁判決はその文言を欠落させている。

 馬奈木団長は今回の決定で確定判決が「無効化(無力化)」されたとメディアが報じたのも「間違い」とする。原告が『開門』の強制執行を求めることはできなくなったが、国の開門義務は残るからだ。

 野村哲郎農水大臣は3月2日に発表した談話で、従来通り開門せず水産振興基金で和解する話し合いを呼びかけた。この基金を漁協にのませるために農水省は「想定問答集」を用意し、漁協幹部が一般漁民からの質問にどう答えるか指南していた(『朝日新聞』2017年3月8日付)。問答集には「馬奈木氏と我々漁業団体の間で、目指しているものが同じかどうかは分からない」など馬奈木団長と漁民を分断しようとする文言まであった。「基金は我々を黙らせ、不法行為を続けるための金」と馬奈木団長は指弾する。

 同日、野村大臣は臨時の記者会見で最高裁決定について「良かったの一言。もう訴訟だけはおやめいただきたい」と発言。漁民側の堀良一弁護士は「余計なお世話。被害や苦しみがあれば新たに裁判は起きますよ。裁判するのは国民の権利ですから」と反論した。潮受け堤防内の農業用水などのための調整池は、毎年有毒アオコが発生するほどの悪化した水質だが、諫早湾内に排出され、漁業被害を引き起こしている。漁民側は前提なしの話し合いを求めている。

(『週刊金曜日』2023年3月17日号)

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