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ジェンダー平等に逆行する動きが世界的に強まる恐れ

斎藤文栄・公益財団法人ジョイセフ グローバル・アドボカシー・ディレクター|2022年9月21日7:00AM

判決に対して米国各地で抗議デモが行なわれた。写真は7月19日、ワシントンでのデモ。(提供/CPD Action・AP・アフロ)

 6月24日、米国では連邦最高裁が憲法上の人工妊娠中絶の権利を認めた1973年の「ロー対ウェイド判決」を覆す判断を出した。SRHR(性と生殖に関する健康と権利)に関する研究や政策分析などを行なうグットマッハー研究所(米国本部)によれば、判決後1カ月間で43のクリニックが中絶サービスを止めた。さらに今後、米国では半数以上の26州で中絶禁止、もしくは厳格な中絶規制が行なわれる可能性があるという。

 この判決に国際社会はすぐに反応。国際家族計画連盟(IPPF)のアルバロ・ベルメホ事務局長は同日、「米最高裁がロー対ウェイド判決を覆したことは、近年の米国史上で女性の健康と権利に対する最大の打撃だ。そもそも中絶は、憲法上保障されるべき命を守る保健医療ケアであり、今回の決定は許されざる暴挙」と非難した。

 国連人権高等弁務官のミチェル・バチェレ氏は、この判決が女性の人権とジェンダー平等に対する大きな痛手であり、特に収入が少ない人々や宗教的・民族的マイノリティの基本的人権を奪うものだとコメント。国連人権理事会から任命された女性に対する暴力や健康権の特別報告者といった人たちも、即座にこの判決を非難する共同声明を出した。

 欧州議会も、7月7日に米国の最高裁判決を非難する決議を採択。決議文では、EU加盟国でも非常に厳格に中絶を禁止しているマルタで起きたケースを紹介している。6月に米国人の妊婦が旅行中にマルタで流産しかけたが、いかなる理由による中絶も許されていないマルタでは処置を受けられなかったため、スペインまで輸送されて手術を受けたという。中絶を認める州に移動しなければ中絶が受けられなくなった米国でも同じような状況が生じている。

 いま恐れられているのは、今回の判決が他国に飛び火し、保守派の運動が盛り上がり、中絶やジェンダー平等に反対する動きが全世界的に強まることだ。欧州議会は2020年時点で、EU圏内でも安全な中絶を含むSRHRを敵視する勢力がここ10年間で台頭してきたことを報告しているが、米国の判決を受けてこうした勢力に資金が集まる懸念が高まっていると先の決議は警告している。

広島サミットでの課題

 むろんバイデン政権も最高裁判決が出てすぐに非難している。7月8日には大統領令を出し、リプロダクティブ・ヘルスケアに関する決断は非常に個人的なもので政府が干渉すべきではないと明言。連邦政府は、中絶薬の入手や中絶を含めたリプロダクティブ・ヘルスケア・サービスへのアクセスを推進するための行動を約束した。8月3日には、州外に中絶ケアを求める女性への保健医療アクセスを確保する政策などを盛り込んだ大統領令を発表し、同時に、政府内の動きを加速するためのタスクフォースも立ち上げている。

 しかし、判決を受けて国際協力NGO「ジョイセフ」が7月2日~20日まで5回行なった緊急インスタライブの最終回に登壇した米国の活動家は、バイデン政権の対応が遅いことに若者が失望していると語った。こうした民主党への批判はオバマ元大統領にも向けられ、同氏が約束したロー対ウェイド判決の成文化を就任中に後回しにした責任も問われている。

 6月末にドイツで行なわれたG7サミットの首脳声明では、各国が一致してSRHRを推進することが再確認された。来年の広島サミットでは、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)の推進が主要な議題の一つとなると言われている。UHCとは、すべての人が必要な時に支払い可能な費用で医療サービスを受けられることだが、当然ここには中絶ケアも含まれるべきだ。グテーレス国連事務総長もSRHRはUHCの根幹だと断言しているが、G7各国で中絶がUHCの一部としてカバーされているとは言い切れない。

日本では、中絶に配偶者の同意を必要とすることや中絶費用が高いこと、経口中絶薬がいまだに承認されないなど中絶ケアに関する課題が多々ある。また意図しない妊娠を防ぐ緊急避妊薬へのアクセスの障壁も指摘されている。これらの点を改善し、来年のサミットでは日本が旗振り役となってUHCとともにSRHRに関する保健医療や教育を保障する具体的な公約を出すことを期待する。

(『週刊金曜日』2022年8月19日号)

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