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ウクライナ戦争と経済
隈部兼作 ロシア・ユーラシア政治経済ビジネス研究所長に聞く

文聖姫|2022年4月22日7:00AM

ロシアのウクライナ侵攻に対して、米英やEU(欧州連合)諸国、日本などは対ロシア経済制裁を実行した。ロシアも「非友好的な国と地域」に対する輸出規制などの対抗措置をとっている。経済制裁と影響などについて、隈部兼作氏に聞いた。

――経済制裁の効果は?


経済制裁がそれなりに効いていることは事実です。中央銀行の資産を半分以上凍結し、SWIFT(国際銀行間通信協会)からロシアを除外し、プーチン大統領に近いオリガルヒらに制裁を加えました。それによってオリガルヒもそれなりに痛手を受けましたが、制裁は予告されていたことなので、不動産やヨットなどの資産はドバイに移すなど事前に対処しています。

オリガルヒは桁違いの金持ちなので、今回の制裁程度ではさほど影響は受けないでしょう。1990年代のオリガルヒは選挙でエリツィン大統領(当時)に資金援助をするなど、大統領に対して一定の影響力を持っていました。一方プーチン大統領は、自分に忠誠を誓ったオリガルヒを優遇したため、現在のオリガルヒはプーチン大統領に直接ものを言える立場にはありません。彼らはプーチン大統領のサポートで蓄財できたわけですから「戦争をやめて」とは言えないのです。

オリガルヒの資産を凍結しても、プーチン大統領に働きかけることはできません。一方、オリガルヒはロシアの基幹産業を持っていますので、個人資産の凍結よりもこちらの取引ができなくなるほうが大きな影響があると思います。今回の経済制裁の目的はウクライナとの紛争を止めさせることです。それにはロシアを財政的に苦しめるのが一番よいということで制裁を科したわけですが、EUや米国は自分たちにとって不都合なものは制裁から除外しています。

【希少資源は制裁から除外】

――EUの制裁には石炭やエネルギーも含まれていますよね。

EUはニッケル、パラジウムなどの希少資源は制裁から除外しています。一方で制裁によるサプライチェーン分断の影響は大きいです。自動車産業等の製造業は海外から半導体や部品の供給が止まり工場の稼働が停止しています。

いまのところは在庫でしのいでいます。食料品を含む輸入品は2、3カ月分在庫があるので、しばらくは問題ないと思います。ただ、工業製品はすぐ止まりました。主要な西側企業の工場は「停止」しています。ただし、これは「撤退」ではなくあくまで「停止」です。サハリン1やサハリン2もシェルやエクソンが撤退を表明しましたが、いつ撤退するとは明言していません。

――パラジウムは日本に入ってこないのですか。

経済産業省は早急に対策を講じる必要がある重要物資として石炭やLNG(液化天然ガス)、石油等の「重要物資7品目」を特定し、その中にパラジウムが入りました。ロシアが今後供給を絞るかどうかはわかりませんが、すでに価格は高騰していますので、大きな影響が出ています。

プーチン大統領は、LNGを除く天然ガスについても輸入者がルーブル払いに応じなければ供給を停止する可能性を示唆しています。これは欧州にとって相当ショックだと思います。50年近く、お金を払えば一番安全安心で一番安いエネルギーを供給していたのはソ連(ロシア)でしたから。ソ連時代も含めてロシアがパイプラインを政治的な道具に使ったことはありません。ロシアとEUとで相互依存できるから、ある意味ではデタントの象徴でした。それが今回の発言でビジネス上の信頼関係が崩れてしまいました。ドイツ等の欧州各国ではエネルギー分野のロシア離れが急速に進んでいます。

――小麦などは? ロシアもウクライナも小麦の輸出国ですが。

ロシアは小麦など穀物の輸出を一時的にストップしています。こうした状況が続けば中近東や途上国などでは穀物価格の高騰から暴動などが起こる恐れがあります。

ロシアに制裁をかけたら何が起こるのか、世界経済にどのような影響を及ぼすのか、ということについて、世界のリーダーたちはきちんと理解しているはずですから、それに備えて手を打っておかなければいけないと思います。

日本にいると、全世界がロシアに反対しているように見えますが、中国やインドは制裁に同調していません。国連の緊急特別会合で決議に反対・棄権した国は合計40カ国です。これは人口で見ると世界の人口の55%以上を占めます。

南アフリカも棄権しました。ASEAN(東南アジア諸国連合)は多数の国が決議に賛成しましたが、制裁を科したのはシンガポールだけです。サウジアラビアもロシア、中国と強い繋がりがあります。国際連帯というのであれば、EUも米国も自分たちに影響のあるところは制裁対象から除外しているのですから、こうした国々の抱えるそれぞれの事情にも一定の配慮をしなければならないと思います。たとえば、中東ではリーマン・ショックの際に原油や穀物の価格が上がって暴動が起きています。

――ロシアは「非友好的な国と地域」を発表し、輸出を停止しました。

国際経済への悪影響はすでに出ており、その程度は今後の停戦なり紛争の収め方の状況を見ないとわかりません。いままではグローバリゼーションということでやってきましたが、サプライチェーンが分断されてしまってブロック化しています。新しい世界秩序が生まれてくる可能性もあると思います。インドや中国とは自国通貨で取引するという話が出てきています。

今後ロシアは欧州に売れなくなる分のガスをモンゴル経由で中国に売ることになると思います。そうなると、決済通貨はドルやユーロではなく人民元建てになるのではないでしょうか。そうなれば国際金融秩序も変わってきます。世界経済は不況とインフレが同時に起こるスタグフレーションに陥る可能性が高いと思います。

【大都市と地方では違う】

――世界恐慌に陥るといったことはありませんか。

世界経済に大きな悪影響を及ぼすことは確実ですが、世界恐慌というところまではいかないと思います。ただし今年のロシア経済は成長率がマイナス2桁になると予想されています。成長率がマイナス2桁というのは1994年にマイナス12~13%になって以来のことです。その時はとても悲惨な状況でした。昨年のロシアのGDP(国内総生産)は1兆6000億ドルくらいですが減価している状況では、ドル建てのGDPは相当縮小するでしょう。為替についていえば、ロシアでは闇レートが出始めているようです。ただ、闇レートで替えたドルが偽札かもしれないという心配をロシア人たちはしているということでした。

――経済制裁はロシアの人々の生活にどう影響しますか。

大都市と地方では違います。モスクワは確かに生理用品や紙おむつなど西側で作られているものが買い占められて在庫がなくなっているようです。砂糖や小麦も買い占められています。ロシア当局は「砂糖、ひまわり油、小麦はあわてて買わなくても在庫はある」と言っていますが、物不足を経験してきた人たちが多いですから危機の時には買ってしまいます。また、ルーブルの価値が下がるので、あわてて耐久消費財である自動車を購入する人が増え、車の値段が2倍に跳ね上がっています。

ただ、地方は違うようです。最近毎日のようにハバロフスクの友人と電話で話をするのですが、「隈部さん、全然問題ないよ」と。1990年代の物不足の時期に比べたら、まったく問題ないそうです。ただ、輸入品はなくなってきています。物価も少し上がっているようですが、すごく苦労しているほどではないとのことでした。

ロシアにはソ連時代から続くダーチャ文化があります。ダーチャとは郊外にある菜園付きのセカンドハウスのことで、夏に畑を耕し冬の保存食を作ります。とくに地方の人たちは自給自足の生活に慣れています。必要なものはお店で買うが、最低限のものは自分で作るという質素な方々が結構います。ですからいま制裁の影響を受けているのは、質のいいものを買いたい西側志向の人たちです。そういう人たちは、すでに20万人ぐらいが海外に出てしまいました。

今の段階では90年代のソ連崩壊後のような、生活に支障をきたして食べていけないような状態ではありません。ただ、戦争が長引いて経済制裁が長期化すると、じわじわとボディーブローのように効いてくるのは間違いありません。

【撤退ではなく停止】

――西側の企業がどんどん撤退していますよね。日本のユニクロなども。


撤退ではなく停止です。撤退すると資産を接収されてしまう可能性がありますので。企業によってはしばらく様子を見て落ち着いたら再開するというところもあると思います。ただ、レピュテーション・リスクがありますので、株主総会のことなどを考えると、撤退ではないですが事業を無期限に停止するということで株主の理解を得るということだと思います。一方ロシア側には雇用を維持したいという考えがありますから、それが撤退する外国企業の資産接収を示唆する、という対応に繋がっているのだと思います。

――制裁対象にはプーチン大統領も含まれています。

最終的にプーチン大統領に制裁をかけるのは仕方がないと思います。ただ、それによって何が起きるかは先を見越しておいてほしいと思います。ロシアは日ロ平和条約交渉の中断を申し入れました。ロシア側からすれば、プーチン大統領に制裁をかけるということは、「あなた方とは交渉しない」と言われているようなものです。一方で漁業交渉や北方領土への墓参など、これまで両国で積み上げてきた部分を例外とするところがありますから、今の状況では交渉は中断するけれども、今後については状況に応じて対応するというのがロシア側の基本的な姿勢ではないかと思います。

一方、日本は欧米に倣ってロシアの最恵国待遇の適用を撤回しました。これにより木材や魚介類の関税が数%上がります。カナダは徹底的に最恵国待遇の適用をやめて関税を35%あげるということで、そのような強硬手段をとるなら話は別ですが、数%上げたくらいでは影響はないと思います。むしろ中国がロシアから木材等をより多く買うようになると思います。

――ぜいたく品への制裁はどう思われますか。

金持ちなどを対象にしているのだと思いますが、むしろそうした人たちにお金をどんどん使わせて、ロシアの力を削いだ方が効果的なのではないかと思います。ロシアに商品を売れない欧州のブランドメーカーは大きな打撃です。ロシアの富裕層はブランド品が大好きで、大都市では一流ブランドの店がたくさん並んでいました。

一方、私が今回最も疑問に思う制裁は、EUが科した「ロシア企業等への格付けサービスの提供禁止」です。

今の状況でロシア企業にお金を貸そうという西側の企業はいません。それでもロシア企業が望むのであれば、通常通り有償でロシア企業に格付けサービスを提供すればよいと思います。ロシア企業に格付けをする際には財務諸表などの資料を要求できるわけです。それによって西側は様々な情報を得ることができます。

私は銀行員としてソ連崩壊後の体制移行支援に長く携わりましたが、ロシア企業に対してお金を借りるためには何をしなければならないのか、ビジネスにおける信頼とは何かという、市場経済の基本的なルールを理解してもらおうと努力してきました。それをこちらから閉じてしまってはせっかくソ連崩壊から31年かけて培ってきたビジネスの慣行が崩壊し、口利きや賄賂が横行する世界に逆戻りしてしまいます。これではまともなビジネスはできなくなってしまいます。

――オリガルヒもやはりどこかで、戦争は終わってほしいと思っているのではないでしょうか。

それは絶対に思っています。オリガルヒに限ったことではなく、一般のビジネスマンも、海外でビジネスやっている人たちも早く収まってほしいと思っています。ただ、オリガルヒはスーパーヨットや不動産を凍結されてもあまり痛手はないでしょう。なにしろ彼らの資産はGDPの20%(約3200億ドル)近くを占めています。オリガルヒが20人として、一人当たりの財産が莫大であることはおわかりでしょう。資金洗浄で別な形で財産を持っていますから制裁にはかかりません。

――日本にはカニやウニなどの取引をロシアとしている人たちもいますが、今後どうなりますか。

最恵国待遇が撤回されるので関税がかかり、これまでより価格は高くなります。ロシア側がいままでどおり商品を輸出してくれるかもわかりません。日本ではなく中国等に輸出するようになる可能性もあると思います。

――戦況が長引くほどロシア経済も悪化していくのでしょうか。

犠牲者が増え、経済も悪化していくでしょう。戦費も増加します。ウクライナには米欧から次々に武器や弾薬が送られてきますが、ロシアに後ろ盾はありません。消耗戦になってどちらが先に音をあげるのか、ロシアにとって非常に厳しい状況になると思います。情報戦でも完全に負けています。ロシアが侵攻したのは、ウクライナをすぐに占拠できると思ったからでしょう。一方でロシアの軍事費は米国の12分の1程度です。ちなみにウクライナの軍事費はロシアの10分の1しかありません。

今回の問題でエネルギー価格や穀物価格が上がっています。日本に影響が出てくるのは年の後半になると思います。小麦価格の改定は年に2回、次が10月ですから、日本だけでなく世界的にもこれから物価は上がっていくでしょう。リーマン・ショックの前に原油価格が1バレル100ドルを超え、穀物価格も上がって、エジプトやフィリピンでは暴動が起きました。

エネルギーや穀物は国際的な公共財です。その分野にいわゆる投機マネーは絶対に入れさせてはいけません。いまのような緊急事態に投機で儲けることは許されないと思います。岸田文雄首相にはぜひG20などでこのことを訴えてもらいたいと思います。投機マネーが入らなければ原油価格は下がるはずです。安全保障というと軍事的なことばかりに目が向きますが、国際経済の安定を軽視すると、別な意味での紛争が起きてしまいます。

――今後、国際社会はどのようなことに取り組んでいくべきでしょうか。

今回のウクライナ侵攻については、当然ロシアが悪いと思います。50年近くロシアに関わってきた人間として、これまでやってきたことが否定されているようで本当に悔しい思いです。

しかし、このような事態を繰り返してはならないからこそ、なぜ今回の紛争が起きたのかという検証をしてほしいと思います。それが今後の紛争を防ぐための抑止力になります。経済的側面から言うと、制裁をかけたらどういうことになるか、それがどこまで波及するのかを予見して、それを解消するための政策を考え、国際経済の安定を目指してほしいと思います。

――ロシアでは情報統制もあってか、プーチン大統領の人気が高いようですね。

いま支持率は80%を超えています。情報統制ももちろんありますが、支持率は世代によってもかなり違うと思います。若い人たちは「もういいでしょう」という雰囲気です。

一方、90年代のエリツィン時代を経験している年齢層の高い人たちは、ギャングやマフィアが闊歩し、汚職も酷かった時代に比べると、プーチン時代はましだと思っていて、支持率が高いのだと思います。

ただ、アフガニスタン戦争の時にもロシア兵の死者がすごく増えたことで「ロシア兵士母の会」ができました。結果的にはこの会がアフガン戦争を止めました。今回もすでに1万人以上が亡くなっていますので、遺体が帰ってくるとロシア国内でも反戦の声が高まるでしょう。

ロシアでは、年金改革を求めるデモなどで高齢者が道を占拠したりします。警官も若者と違って高齢者には手を出しにくい。そういった意味では政権も死者数などをすごく気にしていると思います。

――経済の話に戻りますが、制裁の効果がじわじわと現れ、スタグフレーションが起きるということですね。

スタグフレーションは、ロシアだけでなく全世界的に起きる可能性があります。日本もいまのように日銀が金融緩和策をとっていると、円安によってエネルギーなどすごいコストプッシュのインフレになってしまいます。

――米国のFRB(連邦準備制度理事会)が金利を上げると発表したことで、円安になっているわけですよね。

このままでは輸入品の価格が上がります。日本のマネーサプライの対GDP比は200%を超えています。アベノミクスで異次元緩和を行ないましたが、景気は良くなりませんでした。出口戦略を持たないままに異次元緩和を行なうことの危険性は以前から指摘されていたことです。日本のGDPは世界3位ですが、一人当たりの所得は増えていないというのが実感です。

【中ロの貿易量は増加へ】


――ロシアの侵攻によって中国の経済には何か変化があるでしょうか。

ロシアが西側に売っていた資源や穀物の引き取り手に中国がなっていく可能性は十分あると思います。経済支援ではありませんが、ロシア側が価格を下げてでも売りたいものを中国が買ってくれるかもしれません。いまもインドに価格を下げて売っていますから、そういうことはあり得ます。ロシアも欧米から調達できないものは、中国などから輸入するしかなくなるでしょう。今後中ロの貿易量は増えるはずです。レアメタルもロシアから輸入して中国が国際市場に売っていく可能性はあると思います。大豆なども同じです。

日本に関わりがあるのは蕎麦の実です。ウクライナやロシアから買えなくなったので、欧州は中国から買っています。そのため値段が高騰しています。原産地証明等が不要なものは中国経由でロシアのものが売られていく可能性は高いです。今後はロシアの商品が中国経由で世界市場に出ていく可能性が高まるということだと思います。

4月1日、弊社にてインタビュー

人物撮影/本田雅和(編集部)
聞き手・まとめ/文聖姫(編集部)

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