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“日の丸ヤミ金”奨学金 
私はこうして一括請求を撃退した!(下)

三宅勝久|2022年2月9日7:32PM

奨学金ローン返済をめぐる日本学生支援機構との訴訟はあっけない幕切れに。見事「一括請求」撃退に成功した利用者の証言を基に伝える広島レポート第3弾。

違法性が疑われる繰り上げ一括請求を行なった日本学生支援機構中国四国支部(広島市中区)。(撮影/三宅勝久)

 2021年9月2日、日本学生支援機構(以下、支援機構)との訴訟に臨むため、Aさんは可部簡易裁判所に向かった。支払能力のないAさんに対して繰り上げ一括請求をしたのは支援機構法施行令5条5項違反で無効である。そう主張する準備書面を出したところ、支援機構はこれに対抗して全面的に争う書面を提出した。連絡がなければ支払能力があると認識せざるを得ないという趣旨だった。

「反論になっていないじゃないか」

 一読してAさんは拍子抜けした気分に陥ったという。

「預金口座の残高とか私の経済状況を徹底的に調べて、支払能力があるじゃないか、とでも言ってくるのではと思っていましたから」

 債務者から入金がなく、かつ連絡もない状況をみれば、病気や事故、あるいは払えなくなって困っている、などと考えるのが自然だろう。なぜ「支払能力がある」という判断になるのか。論理が支離滅裂だった。

 また、支援機構が「確認書」を持ち出してくるんじゃないかとも考え、身構えていたが、これも予想がはずれた。借り入れの際に署名した「〔貸与奨学金〕確認書兼個人信用情報の取扱いに関する同意書」のことだ。その裏面に「本人が債務(貸与を受けた総額、利子、延滞金及び督促手続費用)の返還を延滞し、機構から書面により期限の利益(注)を失う旨の通知を受けてもなお延滞を解消しない場合は、債務全額について期限の利益を失い、直ちに債務全額を返還しなければなりません」という条項がある。支払能力不問の一括請求に同意したと読めなくもない。

 だが、「確認書」に基づく主張はなかった。

「やはり一括請求というのはおかしい」

 Aさんは確信した。

【代理人は支援機構職員】

 法廷に入りAさんは被告席に座った。支援機構代理人は女性のB職員。てっきり弁護士だろうと思っていたAさんは意外に思った。

 裁判官が開廷を告げる。訴状や準備書面の擬制陳述や書証調べの手続きを経て、裁判官が原告である支援機構代理人に尋ねる。

「被告の準備書面によれば、施行令5条5項に『支払能力があるにもかかわらず』という文言があるということですが、まちがいないですか」

 支援機構のB職員が答える。

「はい。確かにあります。認めます」

 裁判官が質問を続ける。

「訴状記載の施行令5条5項の説明には『支払能力があるにもかかわらず』という言葉がありませんが、なぜこれを落としたのですか」

「いや……いつもの文言を送ったからです。特に大きな意味はありません……」

 もごもごとした口調でB職員は答えたが、説明になっていない。

 裁判官が言う。

「施行令5条5項に『支払能力があるにもかかわらず』との記載があることを認めるのであれば、請求原因が変わってくるんじゃないでしょうか。変更を検討しますか」

「検討します」

 B職員は短く答えた。

 支援機構がAさんに請求した主たる金額は約119万円だ。このうち約109万円は、返還期限がきておらず、本来ならすぐに払う必要のないものだ。それを支援機構は、施行令5条5項を適用して全額一括請求した。5条5項の規定について、支援機構は訴状のなかで「割賦金の返還を怠った者に対しては、債権者が指定する期日までに約定返還期日未到来分を含む返還未済額の全部を一括して返還させることができる定めである」と説明した。施行令の原文を証拠提出することはしていない。

 ところが、施行令5条5項の正確な条文には訴状にはない重要な一文がある。「支払能力があるにもかかわらず」である。

「請求原因が変わってくるんじゃないでしょうか」という裁判官の発言は、支援機構の一括請求に疑義を呈するものだった。

 裁判官がAさんのほうを向いて言う。

「(支払能力の件は)けっこう大きな論点なので、場合によれば判決に波及効果もでてくる話なので……和解でなんとかなるのが一番いいですかね」

 支払能力のない債務者に対する一括請求は無効である――そんな判決がかりに出た場合、支援機構が行なっている他の一括回収に影響が出るのは必至だ。ここは引き下がったほうがいいんじゃないかと暗に支援機構に譲歩を呼びかける発言だった。裁判官が続ける。

「(和解ではなく)争うことになった場合は、支払能力が争点になるでしょうから、Aさんの経済状況とか、入院していたことなど、準備書面で述べている主張を裏付ける証拠を出してもらうことになります。しかし、できれば和解にしたいですね」

 支援機構が訴えを取り下げるのであれば拒む理由はない。「わかりました」とAさんは答えた。

 裁判官がまた支援機構のB職員に尋ねる。

「本当に被告(Aさん)に支払能力がなかった場合は、どうされるんですか」

 B職員が答える。

「支払能力がなかったら返還猶予制度の問題になります。猶予申請をしてもらえれば受けつけて審査します。審査が通れば訴訟は取り下げます。督促費用と訴訟費用(8083円)は払ってほしいですが」

 Aさんはあきれた。連絡もなく返還猶予申請もしないなら支払能力がある――そう言って一括請求したのではなかったか。それが裁判官に「支払能力」のことを尋ねられた途端、一転して「返還猶予申請の審査に通れば訴訟を取り下げる」と言い出した。いい加減にもほどがある。

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