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京アニ事件、犠牲者氏名公表に時間を要した背景

粟野仁雄|2019年9月13日6:33PM

【「実名か匿名か」が恣意的に決められる可能性も】

2013年1月にアルジェリアで起きた、プラントメーカー「日揮」の日本人社員10人が死亡したテロ事件で、政府は当初「会社と遺族の希望」と犠牲者名を明かさなかったが、報道各社の申し入れで帰国後には発表した。19人の犠牲者名が伏せられた16年7月の「津久井やまゆり園」(神奈川県相模原市)の事件は障がい者という特殊事情とはいえ、やはり匿名者に思いを馳せにくい。

1996年、16歳だった長男孝和さんを殺された大阪市の武るり子さん(少年犯罪被害当事者の会代表)は「少年犯罪でマスコミにほとんど扱われなかった。夫と顔も実名も出すと記事になった。息子の存在が認められ、息子が生きた証を得られたような気持になれた」(主旨)と話す(『週刊新潮』19年8月15・22日号)。107人が死亡したJR福知山線の脱線事故(05年)で兵庫県警は遺族の匿名希望が強かった4人を例外にすべて実名発表した。直後に取材に応じてくれた遺族はごく一部だ。40歳だった長女の中村道子さんを奪われ「4・25ネットワーク」を立ち上げた藤崎光子さん(79歳)に賛同する遺族や被害者が責任追及・再発防止などの行動を続け、毎年4月25日前後に大きく報じられる。すべてが匿名ならそうした報道はとっくになくなっただろう。

今回、京都府警は一方で「事件の重大性」を理由に、火傷で治療中の青葉真司容疑者(41歳)を逮捕前から実名発表した。だが「重大性」をどう線引きするのか。犠牲者数なのか。あるいは多数が死亡しても被害者が「日本のアニメ文化を担う創造的な人材」などでなければ重大性が落ちるのか?

匿名については京都アニメーション側が府警に要望した。05年に大阪市で上原明日香さん(当時27歳)と千妃路さん(同19歳)の娘2人を殺害された母親の百合子さんは「匿名にしてほしいとは思わなかったが、私ら両親にも嫌がらせが来た。京都アニメさんの方々は有名な人たちなのでそれがもっと怖いのでは」と話す。

しかし匿名では取材ができず、検証もできない。メディアが事件報道を基本的に警察発表に依拠する中、氏名公表を警察と雇用主が一元管理する先例は今後、利用されかねない。政府当局に都合の悪い死亡事案があった場合などに取材を防ぐため、犠牲者が属する組織に当局が匿名を求めない保証はない。発表が恣意的にならないよう、監視しなくてはならない。

(粟野仁雄・ジャーナリスト、2019年8月30日号)

 

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