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成田空港建設反対闘争、語られざる事実

佐々木実|2018年7月9日7:57PM

三里塚闘争を「戦後日本の悲劇」「昭和の起疑」と呼んだのは経済学者の宇沢弘文である。成田空港問題シンポジウム(1991年11月〜93年5月)、その後の円卓会議(93年9月〜94年10月)で調停役をした隅谷調査団の中心メンバーだった。

政府は反対派に謝罪して、滑走路建設予定地内の農家に強制収用という手段は用いないことを確約した。隅谷調査団は「戦争状態」を終結させる役割を果たしたのだった。

宇沢の人生の歩みを追っている関係で資料を調べていて気になったのが、記録映像作家の福田克彦の遺著『三里塚アンドソイル』(平原社)の記述だった。

〈シンポジウムによって解決されていくものと、逆にそのことによって落とされ沈殿していくものがあると私は感じていた。三里塚に支援に来て青行隊員と結婚した女性のほとんどが、シンポジウムという選択に賛意を示さなかったという現実もあった。おそらく彼女たちが抱えていた問題意識は、シンポジウムをつうじて青行隊である夫たちが、まず解消しようとした《ボタンの掛け違い》とは位相の違う世界にあったのだと思う。〉

先日、『三里塚のイカロス』(代島治彦監督)を遅まきながら見た。このドキュメンタリー映画では、元中核派の三里塚現地責任者、管制塔占拠事件で逮捕された元活動家などが貴重な証言を残している。だが、もっとも興味を惹かれたのは、三里塚の農家と結婚した元活動家の女性が登場する場面だった。

「形をなさないルサンチマン」と福田が呼んだ、「三里塚闘争」という舞台設定の中では発露を見いだせないジレンマを抱えたまま生きた3人の女性の証言は、三里塚を歴史として捉え直すうえで小さくない意味をもつだろう。

「戦後日本の悲劇」「昭和の起疑」にはいまだ語られない物語がある。「地球的課題の実験村」構想もそのひとつだ。

「戦争状態」が終結したあと、運輸省(現国土交通省)内に「地球的課題の実験村」構想具体化検討委員会が設けられた。座長は宇沢だった。

実験村は「戦争状態」終結以前、三里塚の農民からでたアイデアだった。滑走路建設予定地を実験村に開放させ、滑走路建設を阻止するという戦略だった。

当然、空港敷地内の建設に運輸省は賛成せず、建設場所が定まらないまま、3年あまりで検討委員会は空中分解した。じつは検討委員会で、新しい村の実現にもっとも前向きになっていたのは農民ではなく、座長の宇沢だった。

宇沢は「三里塚農社」構想を提示して、農民らが唱えた「農的価値」の実践を空港敷地の外で試みようとしていたのである。宇沢構想には政府側も協力的で、候補地や財源まで内諾していた。肝心の委員の農民らが空港敷地内を譲らなかったため結局、幻に終わった。

国家に抵抗する農民を新左翼の若者が援農で支援して支えた反対同盟は、空港開港の現実を前に、「農地死守」「革命」という同床異夢の共同体が崩壊して幕を閉じたけれども、『三里塚のイカロス』に登場する女性や「三里塚農社」構想は今なお、語られざる事実があることを伝えようとしている。

(ささき みのる・ジャーナリスト。2018年6月22日号)

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