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尊属殺人罪を復活したいのか?(佐高信)

2017年6月22日7:11PM

前略 櫻井よしこ殿

「教育勅語は、後に天皇一人に対する忠誠心として利用されてしまったために、悪しき帝国主義の神髄を表すものだと思われています。たしかに『朕思うに』で始まるのですからそうした側面は否めませんが、内容を読んでみれば、両親に孝行しなさいとか、兄弟、夫婦は相和しなさい、友達同士で信じあいなさいといった、本当に基本的だけれども、現代の日本人が忘れてしまっているような素晴らしい心得が書かれています」

あなたは、小林節教授に不可とされた『憲法とはなにか』で、こう言っていますが、それで、教育勅語を幼稚園児に暗唱させる森友学園に講演に行ったのですね。安倍昭恵や曽野綾子、そして百田尚樹も講演したという森友学園ならぬ安倍友学園の前理事長、籠池泰典について、あなたはいま、どう考えていますか。あなたが熱烈に応援する安倍晋三と同じく、クルリと評価を変えたのでしょうか。

あなたは教育勅語の「両親に孝行しなさい」は「現代の日本人が忘れてしまっているような素晴らしい心得」だと簡単に言いますが、尊属殺人罪というのは知っていますか。

尊属殺重罪は違憲という判決

教育勅語の親孝行は尊属殺重罪に裏打ちされ、国民は天皇の赤子だから天皇に忠義を尽くせという教えに収斂されていました。それが多くの悲劇を生んだことを知らないから、あなたは能天気に教育勅語バンザイと言うのでしょう。

ここに谷口優子という弁護士が書いた『尊属殺人罪が消えた日』(筑摩書房)という本があります。

1968年10月7日付の新聞に「不倫な父娘関係の清算 事実上の夫を絞殺」とセンセーショナルな見出しが躍りました。そして次のように事件が要約されています。

「Y市の市営住宅で五日夜、戸籍上は親子関係にありながら事実上は夫婦関係にあった娘が実父を絞め殺すという猟奇的な事件が起った。今から十五年前に父親が実の娘を手ごめにして、夫婦関係を結んだことに端を発し、それまでの正妻が家出、一家が離散するというのろわれた家系で、父親と加害者の娘との間には三人の子どもまであるという常識では考えられない生活をしていた」

刑法200条の尊属殺人罪は「死刑又ハ無期懲役」で、執行猶予は付けられない重罪でした。しかし、親殺しはこの例のようによくよくのことです。ところが、大日本帝国憲法下に制定された刑法は家族国家のイデオロギーから義理を含めて親殺しを、他の殺人罪より重くしていました。

これに対して、この事件を担当した弁護士の大貫大八さんは、尊属殺重罪は日本国憲法14条の法の下の平等に違反すると訴えます。

一審はその主張が認められましたが、高裁で引っくり返り、最高裁に持ち込まれます。

途中で大貫大八さんが亡くなり、弁護は息子の正一さんが引き継ぎました。そして、1973年4月4日、最高裁は尊属殺重罪は違憲という画期的な判決を下します。

「尊属に対する尊重や報恩という自然的情愛ないし普遍的倫理の維持尊重の観点からは尊属殺人を普通殺人より重く罰することは不合理ではないが、刑法二〇〇条が尊属殺の法定を死刑・無期に限定している点において甚しく不合理であり、憲法一四条に違反する」

これが判決理由でした。私は最近、尊属殺重罪がこの年まで生きていたことを知って衝撃を受けました。あるいは、あなたはこれを復活させたいと思うのでしょうか。戦争中の娘身売りも大変な“親孝行”ですが、徳義を説くより、そんな社会にしないことが大切なのではありませんか。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、6月9日号)

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