行政手続きすっ飛ばした安倍政権の「緊急性」とは――焦って旅券を強制“没収”か
2015年3月3日7:54PM
行政手続きすっ飛ばした安倍政権の「緊急性」とは――焦って旅券を強制“没収”か
シリアへの渡航計画を理由に、外務省が2月7日、新潟市のフリーカメラマン、杉本祐一さん(58歳)にパスポートの強制返納を命じた。外務省が渡航計画を把握し、強制返納を命じるまでは、わずか三日間。異例と言える対応の早さの背景には、「イスラム国」(IS)による日本人人質事件の引き金になったともされる安倍首相の中東訪問への世論の批判を抑えるため、杉本さんのシリア取材を制限しようとする政府の思惑が垣間見える。
パスポートの発給業務を管轄する外務省領事局旅券課の担当者は、今回の強制返納命令について「タイミングを逃してはいけないという焦りがあった」と打ち明ける。
外務省が杉本さんの渡航計画を把握したのは2月5日。前日4日付の『新潟日報』に掲載された記事を見たからだという。記事は、ISに日本人ジャーナリストが殺害されたとみられることを受け、ジャーナリストが現地に行く必要性などを杉本さんが訴える内容。杉本さんが取材のため、27日に日本を出発することも記されていた。
杉本さんによると、5日に外務省領事局海外邦人安全課の職員から携帯電話に連絡が入った。15~20分ほど会話をする中で、この職員は取材をやめるよう求めてきた。杉本さんは、この時点ですでに航空券の手配を終えており、現地に行く意思を伝えたという。
翌6日には、杉本さん宅の所轄署の警備課長から連絡があり、自宅近くの喫茶店で30分ほど話をした。警備課長は、杉本さんに渡航自粛を求めたが、杉本さんが拒否すると、その後はアラブ社会の話などに話題は移った。警備課長は「行くのであれば、無事に帰ってきてほしい」と話したという。
だが7日夜になって、杉本さん宅を旅券課職員らが訪れた。職員らは、岸田文雄外務大臣の印が押された「一般旅券返納命令書」を携えており、トルコとの国境沿いにあるシリアの街コバニなどを取材したいと説明する杉本さんに対し、この命令書を突き付けた。その際、旅券課の職員は「返納しないのであれば、逮捕ということになりますよ」と迫り、杉本さんは逮捕のリスクを考えてパスポートの強制返納に応じた。パスポートの返納期限は「無期限」という。
【わずか三日で「説得」?】
このわずか三日間のドタバタ劇の裏には何があったのか。
ある政府関係者はこう話す。
「メディアの世論調査で、安倍首相の中東訪問での演説は『不適切だった』とする回答が過半数を超えるなどし、人質事件を契機に政権批判が高まりかねないと、官邸と外務省はかなり焦っていた。再びシリアにジャーナリストを行かせたら危機管理について咎められると、早急な判断をしたようだ」
外務省は旅券返納について、「外務省は警察とともに累次に亘り渡航の自粛を強く説得したものの、杉本氏はシリア渡航の意志を変えるに至りませんでした」と理由を挙げた。だが、たった三日間で「説得」を終え、強制返納の実行を決めたことに違法性はないのか。
学習院大学法科大学院の青井未帆教授(憲法学)はこう指摘する。
「強制返納の前に、政府は事前の聴聞手続(行政手続法3章・憲法31条)を踏んでいない。返納の理由は本人の『安全確保のため』とあるが、それでこのような重大な不利益処分をするのは行きすぎだ」
これに対し旅券課は「緊急に処分が必要な場合は、聴聞手続を省略できるとの規定がある」とし、今回の処分はその規定に準じた措置と説明する。これに対し青井教授は、「国家が恣意的に判断しての処分ということになり、たいへん危険な発想」と指摘した。
上智大学の田島泰彦教授(憲法・メディア法専攻)は「危険地帯からの退避に傾きがちな主要メディアと異なり、現地で果敢な取材、報道により真実を伝えてきたフリーランスに対して致命的なダメージを与える」と、外務省の対応を批判する。フリージャーナリストの志葉玲さんも「今後、自衛隊の海外派遣など政府に都合の悪いニュースを報道させない体制作りにもつながる」と警鐘を鳴らす。
杉本さんは今後、外務省に異議申し立てをし、提訴する考えだ。
(本誌取材班、2月20日号)