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巧みな情報戦を繰り広げるプーチン大統領――加速する露のクリミア併合

2014年4月7日5:30PM

自沈船。水深が浅いため船体は海上に姿をさらしている=ドヌーズラフスキー湾。(撮影/田中龍作)

自沈船。水深が浅いため船体は海上に姿をさらしている=ドヌーズラフスキー湾。(撮影/田中龍作)

 元KGB(ソ連国家保安委員会)の親玉にして柔道の有段者。ロシアのプーチン大統領が繰り出す荒技・早技は、ウクライナ新政権や欧米諸国に対応のいとまを与えない――。

 ウクライナのヤヌコビッチ前大統領がキエフから追放され権力の空白が生じると、プーチン大統領はすぐさまクリミアに親露派政権を打ち立てた。2月末のことだ。

 ここまではロシアのお家芸である傀儡政権作りだが、その後の電光石火には、西側の首脳たちもド胆を抜かれたのではないだろうか。

 3月6日、クリミア自治州(当時)議会が「ロシアへの併合」の是非を問う住民投票を前倒しで行なうことを圧倒的多数の賛成で決めた。「ロシアへの併合」が決まると読んだウクライナ新政権は、クリミア半島西部のドヌーズラフスキー湾に基地を置く海軍の艦船を、オデッサ(クリミアの外)に回そうとした。

 ロシア軍はこの動きをいち早くキャッチし、その日のうちに湾の入口を塞ぐ作戦に出た。ドヌーズラフスキー湾は、黒海に向かって広がる、入口がわずか200メートルほどしかない湾だ。

 ロシア海軍は老朽化した自軍の大型艦船(1973年就役=8565トン、全長173メートル)を爆破して沈め、湾の出入口を塞いだ。「閉塞作戦」である。

 現場は人里離れた湾の突端であるため、筆者は黒海沿いの砂浜を2キロほど歩いた。自沈船が巨腹を空に向けたさまには驚く他なかった。ここまで大胆な作戦を即断実行するのか、と。湾の出入口を塞ぐのが半日遅れていたら、ウクライナ海軍の艦船はオデッサに逃れていただろう。情報戦の勝利だ。

 3月18日、プーチン大統領が「クリミア併合」を布告すると、ロシア軍は翌日、セバストポリのウクライナ海軍司令部を完全制圧した。セバストポリは黒海艦隊が基地を置く戦略要衝である。

 ロシア系の武装集団が司令部のフェンスを壊して突入するとロシア軍がなだれ込んだ。司令部は瞬く間に占拠される。間もなく将兵が続々と投降を始めた。

 将校はそうでもないが、水兵たちの表情は意外に明るい。ある水兵は迎えにきた妻と抱き合った。「辞めるのか?」と尋ねると「辞めない。また軍に帰ってくるよ」とニコニコしながら答えた。

 部隊はロシア軍の南部戦略軍管区に編入されるため、彼らは希望すればロシア軍に入隊できる。給料は3倍にもなるのだ。

 この後、プーチン大統領の早技はさらにスピードを増す。ロシア上院が「クリミア併合」を最終承認した21日、クリミアでロシアのパスポート登録を始めたのだ。登録を済ませたクリミア市民には10日後にロシアのパスポートが発給される。「クリミア市民はロシア国民」であることを国際社会に証明することになるのだ。

 圧倒的な軍事力を背景に巧みな情報戦で相手を陥落させる。諜報機関の元トップが率いるロシアはしたたかだ。

 安倍首相は集団的自衛権を行使できるようにしたいようだが、もし米軍がロシア軍と交戦するようなことにでもなれば、日本の自衛隊はロシア軍と戦う可能性が出てくる。バラエティ番組に出演して喜んでいるような首相に覚悟はあるのだろうか。

(田中龍作・ジャーナリスト、3月28日号)

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