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秋葉原ジャパン・クール!(3/4)――典型的末期症状としての「非実在青少年」問題

2010年11月23日11:21PM

     「表現の自由」以前に「内心の自由」がある

秋葉原の街頭

  都条例案の「非実在青少年」規制については、各種マスメディアからインターネット上まで、多くの意見が提出されている。賛成意見は特定のコミックを指して「ああいうものは良くない」と感想を述べ、杜撰な条文本体には殆ど触れていない。規制反対の立場からは、本当に児童ポルノなど犯罪規制を目的とするなら現行法で十分で、新たに条例を定める必要など全くない事が指摘されている。

  私は、一市民として児童ポルノなど悪質な犯罪を防止するべきだと思うのと同時に、一芸術家として表現の具体的内容とは、行政をはじめ国がそこに立ち入ってかき回すべきものではなく、成文法と別の社会良識が判断すべき範疇(はんちゅう)だと考える。

  判(わか)りやすい別の例を挙げよう。日本国憲法は「信教の自由」を謳(うた)う。国は特定の宗教を国教に定めたり、あるいは禁圧したりすることができない。だからといって、「教義である」「修行の一部である」と称して人を殺傷するような宗教は決して許されない。これと信教の自由をごちゃ混ぜにするのは許され難い。

  かつて「オウム真理教」は薬物洗脳によって恐怖感情を植え付けた人間ロボット状態の「出家信者」たちに「修行の一環である」として地下鉄にサリンガスを散布させた。実行犯たちはそれが殺人行為であると認識しつつ、信仰という刷り込みのもと、殺人すら「ポア(霊的ステージが上昇する「成仏」をオウムはこう呼んだ)されて良かったね」と肯定され、破壊活動を継続していた。私の大学時代の同級生、豊田亨(とよだ・とおる)君もまたこの洗脳によって地下鉄サリン事件の実行犯となり、昨年一一月に最高裁で死刑判決が確定した。宗教の名を騙(かた)るこのような犯罪を私は心底憎む。

  そしてオウムを憎むのと全く同じ根拠と確信をもって、私は権威が個人の内心の自由に無用に束縛の網をかける事に危機感を持つ。かつて中世キリスト教会は、封建支配の体制下、すべての領民を信者として教会に登録し、彼らの「思いと言葉と行ない」に倫理的な規制の網をかけた。中世の悪名高い「魔女裁判」はすべてこの「思いと言葉と行ない」で異端を宣告し、多くの人を火刑台に送った。

 『聖書』は「汝(なんじ)姦淫(かんいん)するなかれ」と説く。これを「思いと言葉と行ない」から検討してみよう。「行ない」は実際に「姦淫の行為を行なってはいけない」事を示す。中世キリスト教会はさらに姦淫にまつわる「言葉」を発すること、それを文字に記すことも禁止している。日本国憲法の観点で考えれば、これは「表現の自由」を保障しない事に当たる。特定の表現、たとえば「非実在青少年」の性交渉を描くことの禁止はこのレベルに相当する。実際、「表現の自由」の観点から都条例の違憲性を指摘する見解も聞く。

  だが、それ以上により深刻と思うのが「思い」の部分である。中世キリスト教会は「行為」や(文字や発言など)「言葉」のみならず、姦淫を想起すること、つまり「萌え」と思うこと自体を「罪」と断じた。かりに一切、行為や発言がなくても、罪深い「思い」を持つ者は「魔女」と認定し、公開の場で火であぶり殺した。「見せしめ」による恐怖支配のマインドコントロールが常態化していた。

  都条例案の作文で私が危惧感を持つのは、個人の「内心」の傾向に行政が不用意に手を突っ込もうとする杜撰さである。実写版の「幼児ポルノ」は許されない、私もそう思う。罪もない幼児に性的暴力を振るうなど言語道断である。それと一〇代の愛や性を文学や絵画が描く表現とをない交ぜにするなら「源氏物語」を禁書指定する愚に直結するだろう。だが都条例はそれ以上に、俗に「ロリコン」と呼ばれるような若年性嗜好そのものを、将来的になくしてゆく方向性で安易に語ってしまう傾向を持つようにみえる。人類の歴史は拙(つたな)い行政が容易に「思想浄化」に走ることを教える。ナチス・ドイツの「退廃芸術」攻撃はその典型例だ。ヒトラー政権は特定の表現を「ユダヤ的」として弾圧した。ちなみに物理学の相対性理論や量子論も「ユダヤ的」の烙印(らくいん)を押された。後に米国に亡命した「ユダヤ系」物理学者たちが、ナチス念頭に原子爆弾を開発、だがその完成前にドイツは降伏し、落し所を失った原爆はヒロシマとナガサキに投下された。

(つづく、文・伊東乾、写真/編集部)

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