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「中国人強制連行」訴訟で賠償請求棄却 
大阪地裁

平野次郎|2019年2月21日10:13AM

大阪地裁前で垂れ幕を出す原告の王開臣さん(中央)と高新安さん(左)。(撮影/平野次郎)

「強制連行の史実を認定」「国の関与を認める」「請求棄却」――原告らが掲げる3本の垂れ幕が判決のすべてを言い表していた。

アジア太平洋戦争末期に日本政府によって花岡鉱山(秋田県)や大阪港に強制連行されて過酷な労働を強いられたとして、中国人元労働者と遺族ら19人が国に計8250万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が1月29日、大阪地裁であった。

酒井良介裁判長は「国策の下、中国人労働者は強制的に日本に移入され、衣食住が著しく制約された劣悪な環境の下で長時間労働に従事し多数の労働者が命を落とした」と認定したが、「日中共同声明(1972年)によって裁判上の個人の請求権は放棄された」とした西松建設強制連行訴訟の最高裁判決(2007年4月)を踏襲し、原告側の請求を棄却した。

訴訟の最大の争点は、最高裁が示したこの判断の当否だった。日中共同声明によると、中国政府は日本に対する戦争賠償の請求を放棄するとし、個人の請求権放棄について明記していない。だが最高裁判決は、サンフランシスコ平和条約(1951年)の「連合国はすべての賠償請求権を放棄する」との条文に個人の請求権放棄も含まれるとの解釈を示し、共同声明について「条約の枠組みと異なる処理が行われたものと解することはできない」とし、「裁判上訴求する権能」を失ったと結論づけた。

原告側は(1)条約の締結に中華人民共和国は参加しておらず、条約の枠組みは共同声明に及ばない、(2)西松訴訟広島高裁判決(2004年7月)が「共同声明は条約とは明らかに異なり、中国国民が請求権を放棄することは明記されていない」とした判断との論理的整合性がない、(3)共同声明の日本側草案にあった「いかなる賠償の請求」の「いかなる」が削除されるなど締約過程の考察が不可欠――と指摘。「最高裁判決の判断は誤っており、判例変更は免れない」との主張を展開した。

一方、国側は強制連行などの事実関係について一切の認否を明らかにせず、原告側の請求に対し西松訴訟最高裁判決を援用するなどして棄却を求めた。

【07年最高裁判決が大きな壁に】

中国人強制連行は「外務省報告書」(1946年作成)などによると、戦争末期の労働力不足を補うため日本政府が42年に「華人労務者内地移入に関する件」を閣議決定。翌年から敗戦までに戦闘の捕虜や拉致した民間人など3万8935人を日本に連行し、国内の炭鉱など135事業所に配属。このうち花岡鉱山では986人が鹿島組(現・鹿島)のもとで河川工事などに従事、大阪港では約1000人が港湾荷役や造船所などで労働を強いられた。

花岡鉱山では45年、過酷な労働や虐待に耐えかねた中国人労働者らが蜂起したが憲兵隊に鎮圧され、事件後の拷問を含め死者は419人にのぼった。この「花岡事件」をめぐり95年6月、生存者や遺族らが鹿島に損害賠償を求めて東京地裁に提訴。2000年11月に東京高裁で和解が成立し、鹿島が中国赤十字会に5億円を信託して関係者の生活支援などに当てている。だがこの裁判では日本政府の加害責任を問えなかったため、15年6月に今回の訴訟が提起された。

現在、日本の裁判所で争われている強制連行訴訟はこの訴訟だけになっている。07年の最高裁判決が大きな壁になっているからだ。だが、最高裁判決は「訴求権を失った」と判断したものの、請求権については「実体的に消滅させることまでを意味するものではなく」とし、和解による解決の道を残した。

09年10月、西松建設は被害補償などの基金として2億5000万円を拠出して和解。16年6月には三菱マテリアル(旧・三菱鉱業)が元労働者や遺族に謝罪金として1人あたり10万元(約170万円)を支払うことで和解している。

原告らは判決後の記者会見で、「国の関与を認めるなら賠償を命じるべきだ。控訴して最後まで闘う」との決意を示した。

(平野次郎・フリーライター、2019年2月8日号)

 

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