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匿名ブログで中学生にヘイト
66歳男に略式命令も科料9000円
石橋学|2019年2月7日6:04PM
匿名のブログには、およそ人が人に向けたとは思えぬ醜悪なヘイトスピーチが連なっていた。
〈日本国内に『生息』している在日という悪性外来寄生生物種の一派〉〈チョーセン・ヒトモドキ〉〈見た目も中身ももろ醜いチョーセン人!!!〉
おぞましい差別記事を自身のブログに掲載したのは大分市に住む66歳の男。何より常軌を逸しているのは、誹謗中傷の刃を向けた相手が当時15歳の中学生の少年であったことだ。男に対して川崎簡易裁判所が科料9000円の略式命令を出したことを、在日コリアンの少年の代理人弁護団が記者会見で明らかにしたのは1月16日。報道を受け、ツイッター上が非難一色で染まったのも当然だった。
〈66年を費やして卑しい恥知らずになっただけの人生って一体…〉〈9千円では軽すぎる〉
弁護団によると、匿名者によるネット上のヘイトスピーチが侮辱罪として処罰された初のケース。「コリアンルーツを持つというだけで人間であることすら否定され、人格を非常に傷つけられた。一度ネットで書かれると、拡散され、完全に消去するのは難しい。被害の大きさを考慮すれば当然のことである」。裁判所の判断を評するコメントにも怒りがにじむ。
事の発端は、音楽イベントに参加した少年を取り上げた『神奈川新聞』の記事。男は2018年1月22日、ネットで公開された記事を引用し、少年の実名を挙げて前述の中傷をブログに投稿した。
少年と家族は同年2月に弁護士に相談。男は代理人を通して「侮辱する意図で作成したものではない」と釈明するなど、自らの行為と被害に向き合う真摯な姿勢が見られないことから、同年7月、侮辱罪での刑事告訴に踏み切った。
弁護団の会見で、師岡康子弁護士は「匿名でも犯罪として処罰されることが示され、同様にネットで差別を楽しむ者たちにも教訓になる」と略式命令の意義を語るとともに、一層強調したのが被害に対する量刑の見合わなさだった。
【これが償いと呼べるか】
一般的な犯罪以上の打撃を与える差別事件に、例えば米国には量刑を加重するヘイトクライム法があるが、日本には人種差別を禁じる法律自体がなく、ヘイトスピーチ解消法も罰則規定のない理念法にすぎない。「人間として認めないという侮辱では済まない傷を本人や家族に負わせた」(師岡弁護士)にもかかわらず、量刑が30日未満の拘留か1万円未満の科料という侮辱罪での告訴は苦渋の選択にほかならない。ヘイトクライムを想定していない現行法の理不尽さが浮き彫りになっている。
匿名の発信者を特定する困難さもネット被害が軽く見積もられている裏返しだ。「通信の秘密」が重んじられた結果、管理会社やプロバイダーに発信者情報の開示を求める手続きは煩雑で時間も費用も要する。量刑の軽さと相まって被害者はほとんどが泣き寝入りさせられている。少年へのヘイト書き込みも公開リンチさながらに横行したが、告訴できたのはとりわけ悪質なブログ1件にすぎない。
ネット企業の多くは利用規約で差別書き込みを禁じているもののほぼ野放しの状態。少年は「これから知り合う人に見られたらどう思われるだろう」という苦痛を一生負い続ける。法的な歯止めと救済の仕組みの欠如が、事情聴取で人間否定のヘイトスピーチを再度直視させられる二次被害を強い、1年かけて得た結果を公表すればまた標的にされる恐れを抱かせている。ヘイトスピーチを禁止し、非公開、無料で迅速に対処する第三者機関の設置が急務と師岡弁護士は問い掛ける。「規制慎重論には現行法で対処可能との意見もあるが現行法で最大限に対処した結果がこれだ。償いと呼べるのか」。
少年が寄せたコメントもこう結ばれる。「国がルールをつくって、もう誰も自分のようなつらい想いをすることなく、安心してインターネットを利用できる環境が整うことを願っています」。泣き寝入りはしないと正義を示した少年に払わせてしまった犠牲に報いることこそがわれわれ大人の責務だ。
(石橋学・『神奈川新聞』記者、2019年1月25日号)