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「福井中3女子殺害事件」再審は初公判で結審 検察は新証拠出さず有罪主張
粟野仁雄・ジャーナリスト|2025年5月2日5:44PM
「たった一つだけ私が知っている事実があります。この事件は冤罪。私は犯人ではありません」
3月6日、名古屋高裁金沢支部の法廷で前川彰司さん(59歳)は起立のうえ淡々と語った。
1986年3月に福井市で15歳女子(中学3年生)が殺害された事件で犯人とされ、懲役7年の刑に服した前川さんの再審初公判がこの日に開かれ、検察側と弁護側の双方による弁論が行なわれた。同支部は昨年10月23日に再審開始を決定。抗告を断念した検察側は今回も「確定判決は妥当」として有罪を主張したが、新たな証拠は何も提出しなかった。再審はこの日で結審し、判決公判は7月18日。無罪判決は確定的と見られる。

事件発生翌年に殺人容疑で逮捕された前川さんは「殺された女子中学生とは会ったこともない」と終始一貫して無実を主張。有力な物証はなく、原審で有罪とされた根拠は、覚醒剤の使用などにより逮捕されていた暴力団関係者など知人6人の証言だけだった。彼らは警察によるさまざまな“取引”“誘導”により「前川が犯人」とする嘘の証言をした。それにより刑事から結婚祝いをもらった男性もおり、昨年出された再審決定文は「供述を取引材料に自らの減刑や保釈などの利益を図ろうとする態度が顕著」と、これを指弾した。
中でも原審で有罪を決定づけたのは、2人の知人の証言だった。当時放送されていたフジテレビ系の音楽番組「夜のヒットスタジオ」で、出演者のアン・ルイスと吉川晃司が卑猥な踊りをしていたのを見た後、血の付いた服を着た前川さんを見たという内容だ。ところが実際にその番組が放送されたのは事件の1週間後だったことが後に判明。これを弁護側が知ったのは有罪判決確定から25年ほど経った頃だったが、警察は一審の途中ですでに気づいており、捜査報告書にもその経緯がしっかり書かれていた。再審請求審で検察は裁判所から開示を求められた捜査報告書を提出。再審開始決定文はこの件に関しても「罪深い不正行為」と断罪したが、それでも検察は今回も「男性が記憶を混同していても不自然ではない」「巧みに誘導しても全員に全く架空の虚偽供述はさせられない」などとした。
原審の証拠は「勘違い」?
今回の結審後に開かれた会見では、この番組の件について「検察がそれを証拠から撤回しても有罪の立件に影響なしとした理由は」との筆者の質問に対し、弁護団は「事件の日もアン・ルイスと吉川晃司が出演はしていたので検察は『証言者の勘違い』として『影響は限定的』としていた」と回答。吉村悟弁護団長は「検察は番組に関する証言を『補強する有力な証言』としていたのに、客観事実が違っていたとなると『勘違い』で済ます。2人が同じ勘違いをするはずもないし、証拠隠しの不正については謝罪もしない。こんなことをしていては検察は崩壊する」と怒りを込めて語った。
「長い年月を私はこの事件のために犠牲にした」と前川さんは語る。逮捕後、「弟は殺人犯」とされたことに耐えられなかった姉は姿を消した。母親の真智子さんはすでに亡くなった。現在では施設に暮らす父親の礼三さん(92歳)には今回、裁判所が特別席を用意し、前川さんもそれを伝えたが「お前だけで行ってきて」と言われたという。法廷では最後に「今、前を見て歩いている自分がここにいます。以上」と一旦締めた後で再度「無罪です」と強調。会見では「39年の思いをすべては語れないが、言いたいことは言えた」と話した。
なお、原審では一審の福井地裁判決(1990年)が前記6人の証言には信用性がないとして前川さんを無罪としたが、二審の名古屋高裁金沢支部判決(95年)から逆転有罪判決となったことから、再審も同支部が舞台となる。
また、本誌2月21日号記事では原判決で前川さんが警察の引当捜査に同行した義兄の家で犯行を認めたように書いたが、正しくは引当対象の知人が前川さんが殺したとの虚偽証言をしたというものだった。筆者の資料読み違えによる誤記で、お詫びのうえ訂正したい。
(『週刊金曜日』2025年3月21日号)
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