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〈壁の向こうの他者の声を聞く〉崔善愛

崔善愛・『週刊金曜日』編集委員|2024年4月1日8:43PM

崔善愛・『週刊金曜日』編集委員。

 指揮者ダニエル・バレンボイム(81歳)は、パレスチナ系米国人の批評家エドワード・サイード(1935~2003年)とともに1999年、パレスチナとイスラエル、周辺アラブ諸国の若者らを集めてオーケストラを結成、現在も活動を続ける。

 42年にアルゼンチンで生まれたユダヤ人のバレンボイムは、10歳で両親、祖父母とイスラエルに移住(現在の国籍も同国)。そんな彼が2004年、イスラエル国会議事堂でこう演説した。「絶え間ない苦難と止むことのない迫害をみずからの歴史にもつユダヤ人が、隣国の人びとの権利と苦しみに無関心でいてよいのか?」。

 彼は子ども時代、オーストリアのバート・ガシュタインという町の大きな滝の前でユダヤ系の友人から、「ナチス時代にユダヤ人がその滝に投げ落とされた」という話を聞く。それ以来、ユダヤ人ではない人に会うたびに「戦争中、なにをしたのか? あの多くのユダヤ人虐殺に積極的に参加したのか、それとも、消極的に関与したのか?」と考えずにはいられなくなった。

その後、イスラエルに入国したときに初めて、子どもながらに安住の地を得たと感じたという。ホロコーストを経験していなくても、その歴史が繰り返し語られることで「ユダヤ人」になってゆく。このような民族の自覚の仕方は、私にもある。

 毎年9月1日になると、集会や報道などで関東大震災時の朝鮮人・中国人虐殺の証言に触れてきた。日常的にも、日本の侵略と強制連行を起因として日本に住むことになった人々の話を聞きながら育った。それによって私は「在日朝鮮人」になった。20歳ころから「朝鮮に帰れ」「殺す」という脅迫状を受け取るように。今も病院で名前を呼ばれると、身体がかたくなる。

 一方、日本人からは、子ども時代に「拉致されないように気をつけなさい」と親に言われて育ったという話を聞く。日本は朝鮮を怖がり、朝鮮は日本を怖がる。「民族の記憶」によって人々が束ねられ、その枠で人を信じたり、疑ったりする。

 バレンボイムは、オーケストラに参加したパレスチナとイスラエルの若者が恐れや憎しみを抱えながらも、互いの音を聴き合うことで変化をもたらすと信じた。

 どんなかすかな声にも耳を傾ければ、壁の向こうからも、侵略と暴力の被害者の嘆きが聞こえる。

(『週刊金曜日』2024年3月29日号)

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