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「映画祭の意味」想田和弘

想田和弘|2024年2月19日3:16PM

想田和弘・『週刊金曜日』編集委員

 岡山県・牛窓で撮影した拙作『五香宮の猫』(2024年、観察映画第10弾)が、今月開かれるベルリン国際映画祭に招待された。本稿が掲載される頃には、妻でプロデューサーの柏木規与子とともにベルリンに到着しているであろう。世界初上映は2月17日に行なわれる予定である。

 同映画祭は、世界三大映画祭のひとつに数えられる。去年は132カ国から約2万人の映画関係者が集まり、11日間の開催期間で約32万枚のチケットが売れたという。

 インターネットを通じて、自宅に居ながらにして世界中の人々とつながり、世界中の映画を観ることができる時代である。しかしそれでも人々は、世界各地からベルリンへと向かう。そして映画館の暗闇の中で他人と一緒に映画を観る。

 いったいなぜだろう?

 そもそも僕が映画というメディアに魅せられたのは、映画を通じて他者の世界を疑似体験し、その人の視点で世界を体感することができるからだと思う。僕はイランには行ったことがないが、いくらイランが“国際社会”から悪者扱いされても親しみを感じるのは、イラン映画を通じて人々の生活や喜怒哀楽に触れてきたからである。国際政治では顔の見えぬ記号的な存在になりがちな人々も、優れた映画の中では体温のある存在になる。

『五香宮の猫』を観る観客は、牛窓の小さな神社を中心とした小さな世界を疑似体験し、そこで懸命に生きる猫や人々の視点で世界を見つめ直す時間を持つことができるのではないか。僕にはそういう期待がある。同時に、世界中から選りすぐられベルリン映画祭で上映される約200本の映画には、同じような可能性が内包されている。

 映画祭は、映画が持つそういう力を信じる人たちが一堂に会し、お互いの世界観や視点を共有し、祝福し合うためのお祭り。平和の土壌を耕す場である。お祭りなので、人々が物理的に集い、場と空気をともにすることでしか成立しえないものだ。

 もっとも、パレスチナへの苛烈な暴力を続けるイスラエルの方針をドイツ政府が支持し続けているため、ベルリン映画祭を含む「ドイツ」のボイコットを呼びかける動きもある。大量殺戮を何とか止めたいという気持ちは僕も同じである。しかし僕自身は異なる方法を選ぶ。映画祭に参加することで、自分のなすべきことをしたいと思う。

(『週刊金曜日』2024年2月16日号)

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