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米兵による傷害事件、1年半経っても刑事裁判始まらず 
被害者は怒り吐露

稲垣美穂子・フリーランスライター|2024年1月19日3:35PM

 2022年7月9日の夜、当時、米海軍横須賀基地を母港とする第7艦隊イージス駆逐艦ミリアスの乗組員だったクリーガー・ダニエル米兵(当時28歳)が、隣接する逗子市内の海岸からJR逗子駅に向かって歩いていた市民4人に突然背後から体当たりをして突き飛ばしたり地面に叩きつけたうえ、蹴るなどの暴行を加える事件が起きた。

昨年12月8日、弁論後の集会で記者や支援者に思いを述べるAさん(右)。(撮影/稲垣美穂子)

 同米兵は逃走の末、逗子駅で身柄を拘束され、逗子警察署へ連行された。だが同署は逮捕をせず、彼の身柄を解放し在宅捜査としてしまった。

 事件を受けて同年9月、逗子市議会は「謝罪と賠償を求める決議」を採択。11月には横浜地方検察庁横須賀支部が傷害事件として同米兵を起訴した。しかし被告弁護人および代理人についた高野隆弁護士が公判前整理手続きを要求。事件から1年半経つ今も刑事裁判が始まらないという異例の状況が続いている。そのため、事件からちょうど1年が経った昨年7月10日、被害者4人が米兵に合計約2100万円の損害賠償を求め提訴した。

 被告側は接触したことは認めつつ、事件当日はアルコールの影響により「精神上の障害により自己の行為の責任を弁識する能力を欠く状態」(民法713条)であったため「賠償の責任を負わない」と主張。そもそも「アルコールの影響によってせん妄を伴う急性アルコール中毒に陥ったのは、2015年に経験した脳損傷の影響によるもの」であるため「故意又は過失によって一時的にその状態を招いた」(同条但し書き)ものには当たらないとして争う姿勢だ。

 これに対し、被害者4人の代理人を務める呉東正彦弁護士は「高次脳機能障害判定テスト等も行なわれておらず、他にも顕著な結果はない。脳障害との関連性を裏付けるものはない」と反論。同米兵が被害者を倒したうえで攻撃行為をしている以上とても故意がなかったとは言えず、かりに飲酒や脳障害による影響があったとしても免責される理由にはならないとしたうえで、「米兵犯罪の多くが飲酒による酩酊状態が原因である中、これではまったく免責されてしまう。本人が払えないならば、SACO合意(※)に基づき、政府に支払いを求める」との方針を明らかにし、今後反論する予定だ。

地元市民にも不安広がる

 この事件では逗子警察署が事件直後に同米兵を帰してしまったため、警察に対する被告の供述はない。今回被告代理人が依頼した鑑定医が録取したものが事件後初の被告の供述となる。つまり事件直後ではなく、1年後の身体状況や供述をもとにしていることも問題の一つだ。

 12月8日、横浜地裁での第2回弁論後に開かれた報告集会には多くの市民が駆けつけた。

 原告4人のうち最も重い被害を受けたAさんは、そうした警察側の姿勢に対し「まず〝責任がない〟という主張に驚いた。約1年半も放置しておきながら何でそういうことができるのかと呆れる。苦し紛れの言い訳としか思えない」と憤った。

 飲食店や海の家を経営するAさんは事件当日、海の家の営業を終えて従業員たちと帰宅中の道で襲われ顔面や手の骨折を負い、後遺症を患っている。「突然背後から今まで受けたことのない衝撃を受け、記憶はそこまで。あれから電車を待つ時、階段を降りる時、一人で歩いている時も恐怖を感じるようになった」と第1回口頭弁論で当時の状況や思いを訴えた。仕事に復帰したのは事件から3カ月後。リハビリも兼ねた通院は1年ほど続き、その間の医療費も自己負担だ。「人生の中で自分がこうした犯罪被害者になるなど夢にも思わなかった」と驚きを隠せない。

 市民の中にも不安の声が広がっている。横須賀で長年活動を続けている「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」は、裁判所に対し「迅速かつ公正な救済の判決を求める署名」を実施中(https://cvn.jpn.org/syomei/)。次回弁論は2月9日10時半から横浜地裁502号法廷にて開かれる。

※日米両政府が設立したSACO(沖縄に関する特別行動委員会)が1996年12月にまとめた最終報告書。沖縄県内の米軍施設返還計画のほか、日米地位協定の見直しなどが盛り込まれた。

(『週刊金曜日』2024年1月12日号)

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