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米メディア研究者ダグラス・ラシュコフ氏が来日講演 
「デジタル生存競争」の深層語る

岩本太郎・編集部|2023年12月21日4:07PM

 米ニューヨーク市立大学教授でメディア研究者のダグラス・ラシュコフ氏がこのほど来日し、12月6日に東京都内で講演を行なった。著書『デジタル生存競争 誰が生き残るのか』の邦訳が6月に刊行されたのを記念し、版元のボイジャー(東京都渋谷区)の招きで企画されたものだ(※)。

12月7日、ボイジャー本社で取材に応えてくれたラシュコフ氏(右)と萩野正昭氏。(撮影/岩本太郎)

 ラシュコフ氏については前著『チームヒューマン』邦訳版(こちらもボイジャー刊)が出た直後の本誌2021年6月11日号でもブロガーの小池モナ氏が紹介しているが、翻訳された著書や論文の数が限られていることもあってか、日本での知名度はまだそれほど高くはない。他方「米国のデジタル業界では知らない人はいない」(ボイジャー代表の鎌田純子氏)と言われるほどの論客であり、日本における電子出版分野の先駆的な版元であるボイジャーは20年刊の『ネット社会を生きる10ヵ条』以来、彼の邦訳を電子版と印刷版の双方で出版している(訳者はいずれも堺屋七左衛門氏)。

 その主張の骨子は、デジタル環境が技術面も含めてますます高度化する過程で顕在化してきた負の側面に警鐘を鳴らすことにある。00年代初頭以降、世間が新興のメディアであるインターネットがもたらす利便性をもてはやす中でも、ラシュコフ氏は一貫して、たとえばコンピュータウイルスやフェイクニュースの危険性、人間どうしのリアルなコミュニケーションの欠如などの問題に光を当ててきた。

 とはいえ、決してデジタル技術自体に否定的なわけではない。地域通貨のように市民がこれを活用してコミュニティ再興を図る「デジタル分散主義」には期待を寄せる一方、マーク・ザッカーバーグ(フェイスブック)やイーロン・マスク(X=旧ツイッター)ら一部の“億万長者”らが率いるSNSのもとに情報や富が集中し、それを利用するはずの市民が逆に利用される状況を厳しく批判する。

 今回の講演でも、壇上で身ぶり手ぶりをしながら「SNSは(植民地時代の)宣教師に似ている。彼らの後からやってきたのはAI(人工知能)を携えたコンキスタドール(征服者)だ」「デジタル経済は16年まではうまくいったが、同年にトランプが大統領選挙に勝ったことで人々は初めてそれが失敗だったと気づいた」など、巧みに比喩も交えながら熱弁。最後は「狂った億万長者を追い出そう」と締めくくった。

「革命は楽しくやろう」

 翌7日、ボイジャー創業者の萩野正昭氏の厚意により、筆者は同社オフィスでラシュコフ氏に単独インタビューする機会を得た。

 持参した本誌へ興味深げに目を通したラシュコフ氏は、本誌が現在デジタル化に力を入れているとの筆者の説明に「インターネットに記事を載せないことのメリットもあると思う。Z世代がテイラー・スウィフト(米国の有名歌手)のレコードをお金を出して買うように、デジタルネットワークが自分たちにとって決して良いものではないと若い人たちは気づき始めている」と回答。「むしろ物理的な雑誌の周りに若い人たちが集まってくることによる力を大事にすべきだ。政府や企業が何百万ドルもかけたプロパガンダで広める嘘を、数百ドル程度でも市民がプロのジャーナリストに払うことで検証していくべきだ」と述べた。

 自らを「左派の人間」と認めるラシュコフ氏は、利潤追求の果てに火星への移住を企ててまで自分たちだけが生き残ろうとする前述の億万長者たちよりも「私たちのほうが幸せなのだ」と説く。そのうえで今の左派のあり方にも「とかく暗い話をしがちだが、それではいけない。革命は楽しくやるべきだ」と注文。米国でも左派だと言うだけで半分以上の国民からそっぽを向かれるそうで「ウーバーのプラットフォームはそこで働くドライバーのものだと言うほうがマルクス主義を強調するより伝わる」とも語り、いま社会にあるニーズを的確につかんだうえで、そこをベースにした市民との対話、ひいては広範なコミュニケーションに委ねていくことの大切さを強調した。

※この来日講演の模様は近日中にボイジャーの公式サイトで映像で公開される予定。
https://www.voyager.co.jp/

(『週刊金曜日』2023年12月15日号)

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