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「帰国事業」訴訟控訴審で東京高裁が差し戻し判決 
北朝鮮政府に賠償命令も?

北野隆一・『朝日新聞』編集委員|2023年11月27日6:35PM

 10月30日午後、東京高裁の法廷で谷口園恵裁判長が判決要旨を読み終えると、原告の川崎栄子さん(81歳)と代理人の福田健治弁護士は立ち上がり、泣きながら抱き合った。傍聴席から拍手がわき起こった。閉廷後、裁判所の門前で福田氏は「勝ちました」と声をあげ、川崎さんは「命がけで脱北し、この結果を見ることができました」と笑顔になった。

10月30日、判決後に裁判所前で判決文を掲げて喜ぶ原告や弁護士、支援者ら。(撮影/北野隆一)

 1959~84年に在日朝鮮人ら約9万3000人が北朝鮮に渡った「帰国事業」(帰還事業)で人権を侵害されたとして、北朝鮮から脱出した脱北者らが北朝鮮政府を相手取り1人あたり1億円の損害賠償を求めた訴訟の控訴審。東京高裁は、原告らの請求を退けた2022年3月の一審・東京地裁判決(本誌昨年4月8日号既報)を取り消し「日本の裁判所に管轄権がある」と判断し、審理を地裁に差し戻す判決を言い渡した。

 2018年に提訴したのは、川崎さんら脱北者の男女5人。一審判決後、今年2月に原告の高政美さんが62歳で死去。石川学さん(65歳)は意見陳述のため入院先で撮影したビデオで登場するなど、原告は満身創痍の状況で裁判に臨んできた。

 北朝鮮政府を被告とした異例の裁判では、訴状などの書類を裁判所の掲示板に一定期間張り出して被告側に届いたとみなす「公示送達」が行なわれ、北朝鮮側が欠席のまま審理が進められた。「主権国家に他国の裁判権は及ばない」とする国際慣習法上の「主権免除」原則については、地裁、高裁の両判決とも未承認国である北朝鮮には適用されないと判断した。

 東京地裁判決は、被告らの行為を①原告らを虚偽の宣伝で帰国事業に誘った「勧誘行為」と、②原告を北朝鮮から出国させなかった「留置行為」の二つに分けた。そのうえで、①は20年の除斥期間が過ぎて請求権が消滅したとして請求を棄却。②については国外の行為のため日本の裁判所に管轄権はないとして訴えを却下した。

 これに対し東京高裁は、①と②を含む全体を「一つの継続的な不法行為」と評価。法益侵害は当初は日本国内で発生しており、管轄権は日本にあるとして、地裁でもう一度審理すべきだと判示した。

 高裁は「北朝鮮で十分な食料や住居など生活条件を保障するとして移住を呼びかけたが、実際は物資が乏しく、原告らは市民的自由が制限され出国が許されない状況下で長期間生活を続けざるを得なかった」と認定。「苛酷な人生を送り、人生を奪われる損害が生じた」と述べた。川崎さんは北朝鮮に残る家族と会えない状況で、損害が続いているとも指摘した。

事業推進者らの責任は?

 差し戻し審は今後、東京地裁で審理される。高裁の判断に拘束されるため、北朝鮮政府に賠償を命じる判決が出る可能性がある。

 福田弁護士は判決後の記者会見で「画期的な判決」と評価。賠償が認められれば「日本国内にある北朝鮮の財産の差し押さえを検討したい」と述べた。「帰国事業は『参加者が行きたくて行ったんだろう』などと言われてきた。しかし判決は、原告が虚偽の宣伝にだまされ、北朝鮮政府が主導したと認めた。北朝鮮による人権侵害について、日本の裁判所で責任追及する可能性を開いた」とも話した。

 川崎さんは「全面勝訴でき、とてもうれしい。日本の司法が正義を貫くための制度だと確認できた。私は北朝鮮を出る前から、北送(帰国事業)の問題は司法の場で白黒つけなければいけないと思っていた」と語った。

 原告側は今回、時効などの問題もあって北朝鮮政府のみを被告とした。しかしそれ以外に、日本政府や赤十字、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)などの関係機関にも、帰国事業を支持し推進した責任があるとみている。1950~60年代には社会、共産両党を中心に、自民党を含む各政党がこぞって賛成。59年2月、岸信介内閣が北朝鮮帰国の実施を閣議了解した。『朝日』『読売』『産経』を含む新聞各紙が当初、帰国事業に賛成し北朝鮮に好意的な記事を書いていたことも、忘れてはならない。

(『週刊金曜日』2023年11月24日号)

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