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『神奈川新聞』石橋学記者が逆転勝訴 
「差別を批判する権利」守る

中村一成・ジャーナリスト|2023年10月20日8:51PM

「差別に『どっちもどっち』はあり得ないことが、この判決で改めて示された。もう一つは『報道の自由』。その萎縮も今回、地裁判決が覆ったことで防げたと思う」

 控訴審判決後の石橋学記者の言葉だ。「自由な言論」が、差別と闘う報道、差別を批判する市民的権利をさらに拡張した。

会見で師岡康子(左)、神原元(右)の両弁護士とともに勝訴報告する石橋学記者。(撮影/中村一成)

 講演会での発言を「悪意に満ちたデマ」と報じられたことや、街頭演説時に受けた批判で名誉を毀損されたとして元川崎市議会議員選挙候補の佐久間吾一氏が『神奈川新聞』の石橋記者に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決が10月4日、東京高裁であった。中村也寸志裁判長は一審判決から石橋記者の一部敗訴部分を取り消し、逆転完全勝訴を言い渡した。佐久間氏は判決を不服として、上告した。

 佐久間氏は、排外主義を掲げる政治団体「日本第一党」の元最高顧問、瀬戸弘幸氏らと連携し、川崎市の在日朝鮮人集住地域「池上町」を「(在日による)占領」と貶めるなど、差別と敵意を煽ってきた。2019年には川崎市議選にも立候補、陣営ぐるみで「選挙ヘイト」を繰り返している。

 石橋記者はこれらの言動を「悪意に満ちたデマによる敵視と誹謗中傷」などと報道し、路上でも厳しく指弾した。佐久間氏はそれを名誉毀損として提訴したのだ。

 先頭走者ゆえの「向こう疵」である。「差別を前に中立はない」「両論併記などありえない」。石橋記者が実践してきた「差別と闘う報道」は社を超えて他のメディア記者に波及し、市民の対抗行動とも相乗して、レイシストの活動を弱体化させてきた。追い込まれた彼らは訴訟で、反ヘイト報道の「萎縮」を狙ったのだろう。

 今年1月、横浜地裁川崎支部は記事自体の正当性は認めたが、佐久間氏の言い分の一部を認め、15万円の支払いを命じた。19年5月、JR川崎駅前での街頭宣伝で佐久間氏は、その3年前にヘイトデモがそこで行なわれることの蓋然性から彼らに公園を使わせなかった川崎市の判断を取り上げ、法令適用の誤りがあると批判。演説が事実に反するという石橋記者の指摘を佐久間氏は受け入れず、現場にいた石橋記者は「デタラメ」「不勉強」などと口頭で批判した。

 それが名誉毀損と認定されたのだ。取材者は従順な「御用聞き」ではない。取材が時に激しい議論を伴うのは当然だ。一審判決はジャーナリズムそれ自体の否定であり、危険極まる司法判断だった。

一審判決の問題点を覆す

 ヘイターが街宣で吹聴する「嘘」をそれと指摘することが不法行為なら、カウンターなど成立しない。一審判決は差別と闘う市民の権利を危機にさらすものでもあった。「どっちもどっち」に落とし込み、「公正中立」の体を守りたいという裁判官の心理。さらに言えば、その根底には自分たち司法エリート以外の者が何が差別かを認定することへの傲慢な反感があったのではないか。

 これに対し石橋記者は控訴。「発言は真実に基づき、不法行為は成立しない」などと主張してきた。その主張を二審の東京高裁は全面的に認めた。発言は「事実を基礎」とし「いずれも真実」と認定。市議選に立候補した佐久間氏の公人性にも言及、石橋記者の批判は「意見ないし論評としての域を逸脱したものということはできない」とした。見事な完全勝訴だった。

 一審判決が次の「スラップ訴訟(恫喝訴訟)」をお膳立てするかのごときものだったのとは逆に、二審判決は取材者が佐久間氏に対して厳しい姿勢で臨むことを是とした。この法廷闘争はレイシストの居場所をさらに削り込んだ。

 会見で石橋記者はこう語った。

「今までレイシストに痛めつけられてきた、川崎に暮らす在日コリアンをはじめとするマイノリティの市民たちが、少しでも安心して暮らせるような地域社会に一歩でも近付けたのではないか、その点で意義があったと思っています。これは弁護団と支えてくれた市民の皆さんで勝ち取った判決。差別が罷り通っていた社会から少しでも前進する、その一歩が見出せたんじゃないかと思います」

(『週刊金曜日』2023年10月20日号)

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