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ジブリの大冒険Ⅱ

想田 和弘|2023年8月14日1:30PM

『週刊金曜日』6月30日号で「ジブリの大冒険」と題して、宮﨑駿監督の新作『君たちはどう生きるか』の「宣伝なし戦略」について書いた。同作を公開するにあたって、監督インタビューはもちろん、予告編やテレビCM、新聞広告、試写会すらなしだという方針に、僕は心底驚いたからである。

 それは大きなリスクを孕む、常識破りの大冒険だと思った。前情報で知ったことを映画館へ確認しに行くような観客に対する、不敵な挑戦でもあっただろう。

「だが、宣伝なしで、本当に観客は来るのか?」

 映画界の末席にいる僕は、ジブリの果敢な挑戦にスリルとサスペンスを感じた。そして公開がスタートした週末に、興味津々、岡山市中心部にあるシネコンへ向かった。

 果たして、約300席ある大きな劇場は、見事に埋まっていた。しかも若い世代が多い。僕はその光景を奇跡のように愛でた。

 驚くべきことに、満席だったのはこの劇場だけではなかった。東宝によれば、同作は公開後4日間で135万人を動員し、興行収入が21億4000万円を突破。同監督の大ヒット作『千と千尋の神隠し』(2001年)を超えるペースだという。

 何ということだ。宣伝などせずとも観客は来たのである。人は本当に興味のあることに関する情報は自力で集めるし、失敗するリスクを厭わない。作品自体は「偉大なる失敗作」のようにも感じたが、社会実験としてきわめて興味深い結果を示したと思う。

 思い出したのは、13年前に米国で参加したフラハティ・セミナーである。ドキュメンタリー映画の父と呼ばれるロバート・フラハティは生前、先入観なく世界や作品を観ることの重要性を説いた。そのため、彼の名を冠した1週間に及ぶ合宿セミナーでは、作品の監督やタイトル、尺も伏せられたまま、次々に映画を鑑賞し議論した。僕の作品も何本か上映され、議論の俎上に載ったが、それはとてつもなく新鮮でドキドキする体験だった。

 ただし、これは約150人のドキュメンタリー作家やその卵が集う、いわばツワモノ向けのセミナーである。それをジブリが135万人の一般客に向けてやってのけ、成功させたことには感嘆するしかない。ジブリだからこそ可能だった快挙なのだろうが、映画作家の一人として、観客の一人として、勇気づけられる出来事であった。

(『週刊金曜日』2023年8月4日・11日合併号)

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