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「図書館の自由」はどこへ 文科省が「拉致問題図書の充実」を教委などに要請

長岡義幸・フリーランス記者|2022年10月17日11:02AM


 文部科学省は8月30日、「北朝鮮当局による拉致問題に関する図書等の充実に係る御協力等について」と題した事務連絡を各都道府県の教育委員会などに宛てて発した。内閣官房拉致問題対策本部(拉致対)の依頼を受けて〈若い世代に対する拉致問題への更なる理解促進のため(中略)図書館、学校図書館において、拉致問題に関する図書等の充実を図る〉よう、文科省自らが求めたものだ。

文科省が内閣官房の依頼を受けて各都道府県教委など宛てに発した「事務連絡」。(撮影/長岡義幸)

 図書館界では戦前・戦中、政府の進めた「思想善導」の一翼を担い「知る自由」の制限に手を貸した反省から1954年、「権力の介入、社会的圧力に左右されることなく、自らの責任にもとづき、収集した資料と整備された施設を国民の利用に供する」などと前文に記した図書館の自由に関する宣言を日本図書館協会(日図協)として採択。その任務を果たすため「資料収集の自由」「資料提供の自由」「利用者の秘密保持」「検閲の反対」の実践を確認した。

 特定の分野の図書の充実を求めた文科省の依頼は前記自由宣言とは相いれず、公共図書館や学校図書館の職員らに波紋が広がった。

 公共図書館の館長や大学の司書課程の教員などを務めた関係者によると「お上が直接、あの本を扱えと言ってきたのは(戦後)初めてのこと」と指摘する。さらに「文科省も自由宣言のことは知っているから、日図協の問い合わせに、命令ではない、文面には配慮したと説明したという。それだったら最初からこのような文書は出すべきではなかった。公共図書館では、拉致問題の図書を揃え、すでに拉致問題のパネル展示をしているところもある。図書館に来ればわかることです」といぶかる。

 文科省の文書に即応したのは、全日本教職員組合(全教)だ。自由宣言に則り〈内容やテーマを指定して図書の充実や展示を求めたりすることは、子ども、国民の思想を縛るきわめて危険なことであると言わざるを得ません〉として9月8日、事務連絡の撤回を文科省に申し入れた。

“リアル図書館戦争”か?

 マスコミも動いた。共同通信は9月20日、「文科省が特定のテーマの本の充実を図書館に求めるのは異例」と報じ、『信濃毎日新聞』や『京都新聞』、『高知新聞』などは社説で文科省を批判。中小出版社が加盟する日本出版者協議会も9月29日に抗議声明を発表した。

 日図協は近々、批判的見解をまとめる。一見出遅れたように見えるものの、関係者によると事前に文科省と直接、話し合いを持ち、自由宣言に則った原則的な主張をしていたようだ。

 図書館員らで構成する図書館問題研究会(図問研)も本誌発行前後には、文科省の対応を批判する声明を発表する見通しだ。委員長の中沢孝之さん(白河市立図書館館長)は「多くの図書館では問題意識をもって、拉致問題の図書を収集、展示していた。今さら国にこのようなことを言われても困ってしまう。過去の反省にたって図書館の自由宣言がつくられ、今はいろいろな本を読んだり、議論したりできているわけです。にもかかわらず、こんなことがあると危機感を覚えます」と話す。

 他方、文科省の担当者は「結果の報告は求めていません。趣旨を踏まえた上で、可能な範囲でご協力いただくものと想定している」と説明し、内閣官房の拉致対の担当者は「別に強制する意図はない。言いっぱなしです。図書館の自由みたいな話も、文科省の方が言っていた」と語る。

 だが、国の対応に図書館員らが恐れを抱いたのは確かだ。

「図書館の自由」を守るために図書館界に設置された自衛組織の図書隊と「メディア良化法」のもと国に都合の悪い図書類を取り締まる良化特務機関とのせめぎ合い――。有川浩のライトノベル『図書館戦争』では、図書館の自由宣言をモチーフに検閲に対抗する図書館員の奮闘を描いていた。それがフィクションの世界にとどまらず、“リアル図書館戦争”のような事態となってしまった。文科省、拉致対にはあらためて図書館の自由の尊重を求めたい。

(『週刊金曜日』2022年10月14日号)

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