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明るい未来への一歩なのか
福島県双葉町の一部地域が避難指示解除

堀切さとみ・ドキュメンタリー映画『原発の町を追われて』制作者|2022年9月15日8:02PM

 8月30日午前0時、原発被災地の福島県内で唯一「全町避難」が続いていた双葉町の一部地域が避難指示解除された。同町には東京電力福島第一原発の5、6号機があり、全町避難を余儀なくされたが、11年5カ月ぶりに人が住めるようになった。解除されたのは双葉駅周辺が中心の「特定復興再生拠点区域」で、町面積の約1割(約555ヘクタール)にあたる。

8月30日午前0時の避難指示解除に合わせて双葉駅前で行なわれたキャンドルイベント。(撮影/堀切さとみ)

 29日21時。双葉駅前広場にはたくさんのキャンドルが灯されていた。町民有志と町づくり会社「ふたばプロジェクト」が企画したという。集まったのは報道陣が圧倒的に多いが、たまたま通りかかったという大学生のグループや小学生の姿もあり、都会の駅前を思わせる賑わいだ。午前0時には町民がステージ上に設置されたドアを開け「双葉だるま」と抱き合った。筆者が初めてここを通ったのは2012年。放射線量が高く、車の中から防護服を着て通り過ぎるだけだったことを思うと、何ともいえない不思議な感覚だ。

「生活するのにすべてが整っているわけではないが、避難当時の厳しさを思えば、町に戻ることについては何とかなるんじゃないかと思っている。住んでよかったという町づくりを目指したい」

 伊澤史朗・双葉町長はそうあいさつした。「5年後には帰還者1400人、移住者600人」との目標を掲げるが、見切り発車の感は否めない。受付を担当していた町民の男性は「正直なところ帰るという選択肢はない。小さい子どもが2人おり、町には学校も病院もないから」と話した。

 双葉町消防団の福田一治さん(51歳)は「今回解除になった区域は、すでに道路も通れるし、準備宿泊も始まっていた。今日からはそこで火気使用もOKってことになるんだよね。われわれが夜警して守ってきた行政区なのに、どの家が解除区域でどの家が区域外なのか。それさえよくわからない」と複雑な心境を吐露した。

 避難指示解除は故郷を追われた人たちにとって悲願だったはずなのに、すでに家を解体し、更地になったところも多い。そして解除されればもう避難者とみなされなくなる。「帰れるようになったのになぜ帰らないのかと、避難先で聞かれそうで怖い」という声を、筆者は何人もの町民から聞いた。

復興住宅の入居も進まず

 帰還を諦めていない人もいる。避難先の埼玉県加須市から参加した鵜沼久江さん(69歳)は「帰って農業をやりたい。でも田圃は水源(請戸川上流の大柿ダム)の汚染がひどいから簡単に再開することはできないよね」と現実を見据える。鵜沼さんの自宅は中間貯蔵施設に隣接する帰還困難区域で、帰れる見通しはたっていない。それでも一部避難指示解除で少しは希望が持てるのではと思ってきたが、環境大臣や復興大臣があいさつにも来ないイベントを見て失望。「中間貯蔵施設を受け入れた町への扱いって、こんなもんなのかな。双葉町民は見捨てられていると思った」と語る。

 今回町に戻る人と、来月オープンする駅西側の復興住宅の入居予定者とを合わせても合計100人に満たない。午前10時には防災式典も行なわれ、消防車やパトカーが駅前から出動した。住民の安全を守るというが、今なお収束の目途がたたない福島第一原発について、触れられることはない。

 伊澤町長に聞くと「3・11規模の地震があっても再臨界することはないと専門家から聞いている。万が一そうなっても常磐道にインターチェンジもできたし、人口が少ないから簡単に避難誘導できる」との答えが返ってきた。本当に明るい未来への一歩になるのか、見守っていきたい。

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