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木を植えた人々
編集委員コラム 風速計
想田和弘

2022年8月26日7:00AM

 

 自分の軸が揺らいで心が混乱したときに、必ず読み返す本がある。フランスの作家ジャン・ジオノの『木を植えた男』である。草も生えぬ不毛の大地に、黙々と木を植え続ける男の話だ。孤独で寡黙な彼は、二度の世界大戦もどこ吹く風で、カシワやカエデやブナなどを一本一本、丁寧に植えていく。その結果、豊かな森が生まれ、干上がっていた川に水が戻り、動物たちや人々が生き生きと生活できるようになる。

 他人や社会がどうあれ、自分のなすべき仕事を淡々と続けていけばいいのだ。『木を植えた男』を読み終えるころには、僕の精神の混乱は収まり、迷いも消えている。この短い小説には、そういう力がある。フィクションではあるが、この「男」は僕にとってはお手本である。

 だから随分前にテレビ番組で中村哲医師の活動を知ったときには、思わず涙が出た。アフガニスタンで診療活動をする中村は、大干ばつで飢餓に苦しむ無数の人々に接する。そこで白衣を脱いで用水路の建設に着手し、乾き切った大地に緑を蘇らせていく。おかげで65万人もの人々が農地を耕作して生活できるようになる。「木を植えた男」は現実にも存在していたのである。

 その番組を撮ったのは、日本電波ニュース社の谷津賢二カメラマンである。彼は1998年に中村医師に出会って以来、中村が凶弾に倒れるまで21年間、活動を撮影し続けた。そして約40本のテレビ番組を制作し、日本中に中村の存在と活動を知らしめた。診療所や用水路建設などの原資は日本の一般市民の寄付によるそうだが、谷津の番組がなければ中村の活動も資金が集まらず、実現しなかったのではないだろうか。

 本誌8月5日号でも紹介したが、谷津らは現在、ドキュメンタリー映画『荒野に希望の灯をともす』を公開中だ。21年かけて撮った中村の映像を劇場用に再編集した作品である。上田未生プロデューサーによると、用水路建設が始まった頃には、その実現性に多くの人が疑問を抱いたそうだ。また、アフガニスタン戦争が長期化すると、中村の活動への日本社会の関心も薄れていき、視聴率が取れないため、撮影をやめかけたこともあったそうである。

 しかし彼らは記録を続けた。他人や社会がどうあれ、木を植え続けたのである。

 できた映画は実に感動的だ。今、いちばん皆に観てほしい作品かもしれない。

(2022年8月19日号)

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