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「北朝鮮帰国事業」裁判で原告敗訴も主権免除の「壁」を一部突破

北野隆一|2022年5月6日1:22PM

 1959~84年に在日朝鮮人ら約9万3千人が北朝鮮に渡った「北朝鮮帰国事業」(帰還事業)で人権を侵害されたとして、北朝鮮から脱出(脱北)した脱北者5人が北朝鮮政府を相手取り、総額5億円の損害賠償を求めた訴訟の判決が3月23日に言い渡された。被告席の北朝鮮政府が不在の法廷で、東京地裁の五十嵐章裕裁判長は原告の請求をすべて退けた。ただ、判決理由に、北朝鮮政府を相手取った訴訟を日本の裁判所が裁くことができる、との判断が盛り込まれたことは注目される。

3月23日、判決を聞くため東京地裁に向かう原告の脱北者と弁護士、支援者ら。(撮影/北野隆一)

 2018年8月に訴えを起こしたのは、東京都在住の川崎栄子さん(79歳)ら60~80代の男女5人。帰国事業によって1960~70年代に北朝鮮に渡り、2001~03年に脱北して日本に戻った。

 判決は、原告が「北朝鮮による一体の継続的不法行為」と主張した一連の行為を二つに分けた。帰国事業への参加を勧誘した行為を「勧誘行為」、北朝鮮に渡った原告を北朝鮮内に留め置いた行為を「留置行為」と定義。二つの行為は「時期、場所、態様及び目的を異にし、一連一体の不法行為とみることはできない」と述べ、「別個の行為」として分離した。

 このうち「留置行為」について判決は、「北朝鮮が自国民一般に対して行った出国制限の一環」と判断。不法行為が行なわれた場所は北朝鮮であるとして、日本の裁判所の管轄権を否定し、訴え自体を「不適法」として却下した。

 一方、「勧誘行為」は日本国内で行なわれたと判決は認定し、日本の裁判所の管轄権を認めた。さらに「主権国家は他国の民事裁判権に服しない」とする国際慣習法の原則「主権免除」をめぐっては「承認された国家の間でのみ観念し得るもの」との解釈を示した。日本の国内法「対外国民事裁判権法」の「国」は「未承認国を含まない」として、北朝鮮政府については「わが国の民事裁判権から免除されない」と判示した。

【北朝鮮政府の関与認める】

 判決の事実認定には、最新の歴史研究が大きな役割を果たした。『読売新聞』記者の菊池嘉晃氏が発掘した旧ソ連の外交文書によると、金日成首相(当時)が1958年8月、ソ連の臨時代理大使に対し「朝鮮人帰国に関して積極性を発揮するのは日本に住む朝鮮人自身となる。朝鮮総連がしかるべき要望をし、その後に共和国政府による声明が続く」と述べたと記されている。在日朝鮮人の中から自発的に起こったとされていた帰国運動が、実はあらかじめ北朝鮮政府が設定した筋書きに沿ったものだったとうかがわせる内容だ。

 判決は原告が提出したこの外交文書を引用。帰国事業への勧誘について北朝鮮政府の関与を認め「北朝鮮は朝鮮総連とともに、または朝鮮総連を通じて、主体的に帰国事業を推進した」と認定した。

 在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が北朝鮮を「地上の楽園」と表現し、衣食住などの環境に恵まれた国だと宣伝したことについて判決は「帰国事業当時の生活水準は本邦(日本)よりも明らかに劣り、朝鮮総連の宣伝内容は事実に反する」と判断した。支援者からは「北朝鮮と朝鮮総連が在日朝鮮人をだまして渡航させたことを認めたものだ」として、判決を「一歩前進」と評価する声も出た。

 しかし原告の請求は、不法行為から20年たつと損害賠償請求権が消滅する「除斥期間」が経過したことを理由に棄却された。原告が帰国事業で北朝鮮に渡って約半世紀。北朝鮮にいる間は権利を行使できなかったとしても、脱北して日本に戻り、訴えを起こせる状況になって13~17年たっており、配慮すべき「特段の事情」も認められないと判決は述べた。

 敗訴となった判決の結論について原告は「非常に不当だ」として控訴の意向を示している。原告の川崎栄子さんは判決後の記者会見で「勝訴したら家族と再会できる道が開けるんじゃないかと期待していた。その道が遠のいてしまった。大泣きしたい気持ちです」と憔悴した表情で語った。

(北野隆一・『朝日新聞』編集委員、2022年4月8日号)

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