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駐日ウクライナ特命全権大使に聞く
「われわれは軍事的解決を望んでいない」

2022年2月10日5:02PM

ロシアによる軍事侵攻の可能性を、ウクライナはどのように見ているのか。
駐日ウクライナ特命全権大使のセルギー・コルスンスキー氏に緊急インタビューした。

セルギー・コルスンスキー・駐日ウクライナ特命全権大使。 1962年、キエフ生まれ。キエフ国立大卒。理学博士。320を超える学術論文と著書7冊。トルコ特命全権大使、米国臨時代理大使などを経て、2020年4月、大統領令により駐日ウクライナ特命全権大使に任命。ツイッター(@KorsunskySergiy)などでも精力的に情報発信を行なっている。(写真の大使の背後に飾られているのは、『巨人・大鵬・卵焼き』として1960年代に人気を博した力士、大鵬。父がウクライナ人)

――ロシアはさらなる軍事侵攻をしてくるでしょうか。

 ロシアとウクライナの現状について語る時、2014年からすでにロシアによる侵略が起こっていたことを念頭に置かなければなりません。ロシアはウクライナ南部のクリミアを占領して併合しようとし、東部のドネツク、ルガンスク州に侵攻し軍事占領しています(注1)(注2)。

 この間、われわれは現在の停戦状態を維持し、平和を望むとロシアに伝えてきました。もちろん、占領をいいとは思っていません。ただ、占領地を軍事力で奪回しようとすれば、ロシアも軍事力で対応してくるでしょう。ロシアの軍事力は世界第2位です。一方、私たちは第22位。戦争をするわけにはいかないのです。

 ロシアは、ウクライナに侵攻するつもりはないと言っていますが、真に受けてはいけません。なぜなら、14年に侵略が起きるまで、誰もロシアがわれわれを攻撃するとは予想していなかったからです。ロシア・ウクライナ両国は1997年に平和条約「ウクライナ・ロシア友好・協力・パートナーシップ条約」に調印し、国境不可侵などを約束してきたのですから。

 現在、ロシア軍は「演習」という名目でベラルーシの国境に集結しています。ベラルーシの国境からウクライナの首都キエフまでは150キロメートルしかないので、あっという間に到達されてしまう。西側国境を除く、ウクライナ周辺の全国境が今やロシアの支配下にあり、非常に危険な状態です。

【侵攻されれば大打撃に】

――ロシアが侵攻してくるとしたら、どこから攻撃を仕掛けてくると考えられるのでしょうか。

 いくつかのシナリオが考えられます。

 一つ目は、ドネツクとルガンスクのロシア支配領域で、局所的な攻撃を行なうというものです。ウクライナ侵攻の口実を作るための一種の挑発(特殊工作)です。

 二つ目は、クリミアと接するマリウポリやオデッサをアゾフ海、黒海から攻撃し、占領することです。目的は、クリミアからドネツクまでを陸路で接続するためです。この場合、オデッサはウクライナにとって主要な輸出港なので、経済的な観点から見てもわれわれに大打撃になります。

 三つ目は、ウクライナ国内の親ロシア派の人々がロシアの攻撃と同時に蜂起し、親ロシア政権を建てるというものです。が、これは完全にナンセンスです。2014年のウクライナ東部戦争で、ウクライナでは1万4000人が犠牲になりました。誰かが殺されなかった都市や村を見つけるのは難しい。ロシアに協力する人はいないでしょう。

 私たちは、ロシアが正面から侵略してくることはないと信じていますが、どのような展開にも対応できるように準備を進めています。たとえば現在、国軍とは別に、一般市民による領土防衛軍を組織しています。普段は平和な生活を送っている人たちも訓練を受け、市街戦の戦い方を学んでいます。

 一方でロシアは、米国と北大西洋条約機構(NATO)に対して昨年末、安全保障上の保証を要求しました(注3)。なぜ、ウクライナに対してではなく、米国に向けられたのでしょう。ロシアのプーチン大統領の頭の中はいまだに、1980年代、前世紀のブレジネフ末期かゴルバチョフ初期の時代で止まっているからでしょう。世界には米国とソビエト連邦の二つの超大国があり、この二つが世界で起こることを決定することができた時代です。ウクライナを含む世界中のことを、この二つの国で勝手に決めてよいと思い込んでいるのではないでしょうか。

 しかし、すべての国は自分たちの未来をどう展望するか選択する権利があります。ウクライナも当然そうです。自分たちで国を発展させたい。私たちはロシアと戦うつもりも攻撃するつもりもない。軍事的解決を望んでいません。そっとしておいてください。

【日本も例外ではない】

――米国とNATOは、ロシアがウクライナに侵攻した場合、経済制裁は行なうが、軍事的対応は行なわないと明言しています。明言したのは正しかったのでしょうか。

 それは正しいです。彼らには何の責任もないし、私たちは軍事的な対応を求めたこともない。NATOと米国に軍事装備の援助を要請し、英国はすでに実行してくれました。最新式の対戦車装備も提供してくれました。

 ロシア軍が行動を起こせば、米国と欧州は制裁を課すでしょう。そして、ウクライナに軍備を提供してくれるでしょう。私たちは自分で戦うことになります。これでいいのです。

――では、日本にはなにを求めますか。

 日本がロシアに実効性のある経済制裁を加えることが私たちの望みです。

 また、ウクライナへの経済協力を拡大することです。日本からの投資、貿易の拡大、産業や企業文化の創造への支援などをさらに進めることができれば、われわれにとって意味が大きい。

――日本では、専門家や政治家の中に親ロシア派がいて、クリミア併合の正当性を主張したり、優先すべきは中台で、ウクライナではないなどの旨を主張したりしています。

 こうした意見については知っていますが、日本の公式見解ではありません。公式見解では、クリミアの併合を認めないと明確に示しています。そして、日本はG7(主要7カ国)の一員でもあります。

「ウクライナは日本から遠いからどうでもいい」という考えは大きな間違いです。

 ヨーロッパの中心にある人口約4000万人の国で戦争が起これば、世界中に深刻な影響がある。日本も例外ではありません。

――日本は、国土がロシアに占領されているという意味で、ウクライナと同じ立場にあります。しかし、森喜朗さん、安倍晋三さんといった政策決定に関わる政治家が、「プーチン氏との信頼関係を構築する」として宥和的な政策を取ってきたことをどう見ていますか。

 私は日本政府に助言する立場にはないですが、言えることは、プーチン氏を信用してはいけないということ。安倍元首相はプーチン氏と(第1次政権時を含めて)27回も会談したのに、北方領土問題はなにも解決しませんでした。一方で会談と同時に、プーチン氏は国内の憲法改正に着手し、2020年に憲法を改正しました。これによって、プーチン氏のさらなる長期政権が可能となり、ロシアでは領土変更の可能性についての議論さえ不可能な状態になりました。

 北方領土の択捉島に巨大な軍事基地があることは誰もが知っていることでしょう。沿岸防衛用地対艦ミサイルシステム「バスチオン」や地対空ミサイルシステム「S300V4」のための空軍基地が建設されたのです。そこには原子力潜水艦があります。戦車すらあります。なぜでしょうか?

 占領されたクリミアは、ウクライナが十分に観光開発した景勝地でした。ですが、今のクリミアは巨大な軍事基地です。それが答えです。プーチン氏は軍事拠点を拡大したいのです。

 わが国は平和国家です。これまでに一度も誰かを攻撃したことはありません。われわれは武力による国境変更を望みません。私たちは、日本がこの困難な時期に私たちを助けてくれることを期待し、信じています。

※1月20日、在日ウクライナ大使館にて。

(注1)
 旧ソ連時代のロシア語の地名が日本では知られているので、地名はウクライナ語ではなくロシア語に統一。

(注2)
 2014年2月、ウクライナの首都キエフ中心部のマイダン・ネザレージノスチ(独立広場、通称マイダン)で大規模な民衆デモが起きた。民衆の要求は、強権的で親ロシアのヤヌコビッチ大統領の辞任。警察や内務省特殊部隊と民衆との武力衝突となり(死者・行方不明者は数百人)、同大統領はキエフから逃亡。同年6月に民主化と改革を目指す親欧米のポロシェンコ政権が誕生した。これは「マイダン革命」と呼ばれた。
 この親ロシア政権の転覆に対してロシアは同年3月、記章を付けない覆面のロシア軍兵士集団をウクライナ南部のクリミアに侵入させ、占領。ロシア軍管理下で住民投票を行ない、賛成多数として「併合」を宣言し、実効支配を進めた。
 これと並行してウクライナ東部ドンバス地方の2州(ドネツク、ルガンスク)では、侵入したロシア軍兵士とウクライナからの分離派勢力が蜂起し、ウクライナ国軍や民兵組織との武力衝突に発展。半分ほどの土地が分離派の実効支配に陥り、分離派は「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の創設を宣言した。
 この「ウクライナ東部戦争」解決のため、15年2月には、ベラルーシの首都ミンスクで「ミンスク2」と呼ばれる停戦合意が調印され、ウクライナ、ロシアのほか、仲介役のドイツ、フランスが署名。欧州安保協力機構(OSCE)が現地で監視活動を行なっている。が、双方は停戦違反を繰り返し、停戦は形骸化。最近までも衝突は続いていて、これまでの死者数は1万4000人に及ぶ。

(注3)
 ウクライナ国境地帯から撤退するよう要求した米国とNATOに対し、ロシアのプーチン大統領はソ連崩壊後のNATOの東方拡大に強く反発。東方拡大しないとの約束が当時反故にされたと主張し、今回は、将来ウクライナがNATOに加盟しないなどの東方不拡大の「法的な保証」が必要だと要求した。さもなければ軍事的な対応を考えると、事実上の「最後通牒」を突きつけた。
 米国、NATO、OSCEはそれぞれロシアと会談を重ね、「最後通牒」に文書で回答するとした。「法的な保証」を出すことはないと見られていたが、予想通り、1月26日、米国、NATOはロシアの要求を拒否する旨を文書で伝えたと発表。これに対しロシア側は、米国とNATOの回答の分析には時間が必要とし、外交の扉を閉じていないとの立場を示した。米政府も協議再開を望む立場だが、政治解決の糸口は見つかっていない。
 2014年のマイダン革命までは、ウクライナでは、欧米に接近すべきという意見とロシアと関係を深めるべきという意見が絶えず争っていた。14 年以降は、欧州連合(EU)との連合協定に署名し、欧州への接近が規定路線となったが、協定の中核は「包括的自由貿易協定」で、この時点ではあくまで経済面での接近だった。NATOは政治的・軍事的同盟で、ロシアの行動は、ウクライナを欧米の方向へと背中を押す結果となっている。

(聞き手・翻訳・人物写真/常岡浩介・ジャーナリスト、『週刊金曜日』2022年2月4日号記事を一部加筆)

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