姉ウィシュマさんの遺影を携え衆議院本会議の傍聴に向かうワヨミさん（左）とポールニマさん。遺影持ち込みは許されなかった。（西中誠一郎）

「入管法改正案の今国会での成立を断念するというニュース速報が、たった今出ました」

５月18日昼前、東京・永田町の国会議員会館前で入管法改悪に反対して座り込んでいた人々に向け、拡声器からアナウンスが流れた。

歓声が沸く中を、２人のスリランカ人女性が国会議事堂に向かって歩いていた。３月６日に名古屋入管で死亡したスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさん（当時33歳）の妹のワヨミさん（28歳）とポールニマさん（26歳）だ。

２人は姉の死亡事件の真相解明を求めて５月１日に来日。新型コロナウイルス感染症対策で２週間の自主隔離期間後、16日に名古屋市内で、死後２カ月が経つウィシュマさんの葬儀を執り行なった。17日には弁護士や国会議員、支援者らとともに名古屋入管を訪問し、記者会見を行なった後、国会審議傍聴や上川陽子法務大臣らとの面会のため名古屋から移動。永田町に到着した直後の出来事だった。

難民申請者を含む非正規滞在の外国人への「退去強制手続き」を大幅に強化する入管法「改正」案（政府案）が４月16日に衆議院本会議で審議入りして以来、法務委員会開催日の国会前では法案に反対する市民たちが座り込みを続けてきた。法務委員会では野党議員がウィシュマさん死亡事件の真相について徹底究明を要求。特に法務省出入国在留管理庁（入管庁）が調査のうえ４月９日に公表した同事件の「中間報告」をめぐっては、同庁による調査の「虚偽記載」や「事実改竄」が厳しく追及されることとなった。記載内容に、昨年12月からウィシュマさんとの面会支援を続けてきた外国人支援団体「ＳＴＡＲＴ」による面会記録、あるいは彼女を診察した外部病院の医師の所見（ＴＢＳなどが入手のうえ報道）とは食い違う部分が相次いで発覚したからだ。

野党は「彼女が隔離収容されていた『単独室』の監視カメラの動画の開示など事件の真相究明が法案審議の前提」との認識で一致。与野党間の緊迫した協議が２週間あまり続くうち、国際人権法にも著しく違反する内容の政府案に反対する世論が急激に広がっていった。

【「法相としての謝罪」拒否】

18日夕刻、ワヨミさんとポールニマさんは上川法務大臣と佐々木聖子入管庁長官との面会を前に法務省前で報道陣の取材に応じた。「葬儀で姉さんにやっと会った時、やせ細って別人みたいだった」と言う２人は、姉がいた「単独室」がトイレの横にベッドがあるなど「狭くて動物の部屋のようだった」ことや、「中間報告」を英語で読み「嘘を書いている」と思ったことを証言。姉の死から２カ月以上を経ても何の説明もしていない日本政府に対し、監視カメラの動画の開示と、法務大臣による謝罪を求めた。上川氏は数日前まで遺族との面会を拒否していたが、17日に急遽応じる意向を伝えてきた。

約１時間半後、面会を終えて弁護士らと一緒に出てきた２人は、上川氏が「一人の人間として、子を持つ母親として哀悼の意を述べた」ことを明らかにした。ただし「入管行政を司る法務大臣として」の謝罪はなく、監視カメラ動画の開示も拒否した。ウィシュマさんの健康状態や医療処遇に関する詳しい説明についても、７月中に公表予定の「最終報告書」を待ってほしいとの回答だったという。

「お母さんは姉さんが死んでから体調を崩し、日本に来られなかった」とワヨミさんとポールニマさんは語る。「動画が開示され、詳しい説明を聞かない限り真実は分からないし、母にも伝えられない」と答えた２人は、「最終報告書」が公表されて動画も開示されるまで在留期間を延長したい意向だ。

入管法改悪はひとまず撤回されたが、ウィシュマさん死亡事件の真相究明からはまだ程遠く、第三者による再検証も今後の喫緊の課題だ。入管による長期収容は依然として続く。いつ再収容されるか分からない仮放免状態の難民申請者や非正規滞在者は現在も公的な行政サービスから排除され、生活困窮状態が拡大している。誰一人取り残されることのない多文化共生社会の実現を急がなければならない。

（西中誠一郎・ジャーナリスト、2021年5月28日号）