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来年7月の公明党との選挙協力を優先した首相官邸――軽減税率の危ういポピュリズム

2015年12月2日10:36AM

2017年4月の消費税10%への引き上げ時の導入が検討されている軽減税率について、自民党と公明党が目指していた11月中の大筋合意は絶望的になりつつある。与党税制協議会・消費税軽減税率制度検討委員会で審議している両党は、軽減税率の適用品目として、精米と生鮮食品(軽減額は年間3400億円)のみにしたい自民党と、そこに加工食品を加えて「酒類を除く飲食料品」(同1兆3000億円)としたい公明党との溝が埋まらないためだ。

落としどころが見えないため、両党は少人数での非公開協議をはじめている。自民党の宮沢洋一党税制調査会長、林芳正税調小委員長代理と、公明党の斉藤鉄夫党税調会長、北側一雄税調顧問の「2プラス2」で、マスコミ非公開の場で合意形成をはかっている。

しかし、軽減税率の議論は政策的にも政局的にも波乱含みだ。

自公両党は軽減税率による税収減の穴埋めとして民主党政権時代に導入が決まった「総合合算制度」(4000億円)を取りやめることで一致。同制度は医療費や介護費などの自己負担額に上限を設けるもの。これについて森信茂樹東京財団研究員は「政策の逆流だ」と指摘する。

「軽減税率では消費額が大きい人ほど軽減額も大きくなる。つまり高所得者に利益が偏るんです。一方で、総合合算制度がなくなって苦しくなるのは低所得者。いまの議論のまま進めば、低所得者から高所得者へとお金が移ってしまいかねません」

【自民党と官邸の不協和音】

この議論は永田町、霞ヶ関の憎悪と敵意をむき出しにもしている。「あんな人事介入は初めて見た」(財務省関係者)と霞ヶ関を驚かせたのが10月の自民党税調会長の交代劇だった。財務省が出した「マイナンバー還付案」がマスコミの袋叩きにあうと官邸は、同案を財務省とともに主導してきた野田毅党税調会長(当時)を更迭し、「還付案」ではなく「軽減税率」を主導できる宮沢洋一経済産業相(同)にすげかえたのだ。

官邸にとって、かつて小沢一郎衆議院議員に臣従して離党した野田税調会長は煙たい存在だった。昨年、官邸が消費税10%への引き上げ時期を1年半先送りにすると表明すると、野田氏は「絶対に許されない」と抗戦。先送りは経産省の持論だったが、経産省寄りの安倍晋三首相、菅義偉官房長官、今井尚哉首相秘書官(経産省出身)ら官邸中枢は野田氏の「公認外し」までちらつかせて屈服させた。この時の「官邸vs.野田」は、「経産省vs.財務省」の代理戦争だったとも言える。

「野田さんは(更迭に)抵抗しました。というのも谷垣禎一幹事長との約束があったのです。9月の総裁選で野田さんは谷垣禎一幹事長から選挙管理委員会の委員長を引き受けてほしいと頼まれ、税調会長の続投を条件に引き受けました。ところがこの約束は党内の話に過ぎず、官邸は与かり知らないとして野田さんの更迭に踏み切ったのです。さすがに谷垣さんや高村正彦副総裁も野田さんの続投を求めたのですが、官邸は顧みませんでした」(自民党担当記者)

軽減税率は公明党の“お題目”。官邸は、野田氏より来年7月の参院選を見すえて公明党との選挙協力を優先し、菅官房長官は10月11日のテレビ番組で「軽減税率は与党の連立合意」と釘を刺した。歴代の総理ですら頭が上がらなかった党税調が、官邸の支配下に落ちてしまっているその象徴が今回の軽減税率の議論なのだ。

ところで、この議論では安倍首相の姿が見えない。財務省は「還付案」を世に出す前、田中一穂事務次官、佐藤慎一主税局長らが首相に直に説明している。その時の首相の反応は「財務省と党税調で進めてください、という程度のものだった」(官邸担当記者)。にもかかわらず世の反発が予想以上とみるや、それを奇貨として野田氏を切った。首相の責任は不問に付されたまま、軽減税率の論議は「低所得者対策」というお題目だけが残るポピュリズムと化している。

(野中大樹・編集部、11月20日号)

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