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育鵬社教科書の影に首相グループ──安倍晋三氏の異常な執着(池添徳明)

 横浜、大阪両市の教育委員会は8月5日、2016年度から市立中学校で使う社会科(歴史、公民)の教科書に育鵬社版を選びました。大阪は初めてで、横浜は4年前に続く決定です。育鵬社の教科書が「勢いを増している」背景には安倍晋三首相グループの影があります。『週刊金曜日』6月5日号に掲載した特集「誰が教科書を殺すのか」をネット配信します。

 

育鵬社の最新版教科書の出版記念集会が今年5月13日、東京・六本木ヒルズで開かれた。集会のキャッチコピーは、「あなたのまちにも育鵬社教科書を」「『日本がもっと好きになる!』教科書を全国の子供達に届けよう」。

登壇した日本教育再生機構理事長の八木秀次・麗澤大学教授は、「育鵬社の教科書は学習指導要領を徹底するだけでなくその先を行っている。人物に焦点を当てて歴史を描いている。公民は、国家とは何かを中学生に理解させたい思いで執筆した。天皇や安全保障は他社を圧倒している」と胸を張った。

その上で、「今回は新しい教育委員会制度でのはじめての採択。首長のもと総合教育会議が設置され、教科書採択の方針について話し合うことができる。前回の採択で育鵬社は業界5位で4%のシェアを得た。神奈川県では52%~53%だ。一つでも多くの自治体で採択されるように協力をお願いしたい」と檄を飛ばした。

        安倍内閣のもとで結果を

4年前に同じ場所で開かれた育鵬社教科書の出版記念集会で、安倍晋三氏(当時野党)は、「改正教育基本法の趣旨に最もかなっているのが育鵬社の教科書です」と誇らしげに語った。しかし今年の関係者の高揚感は、この時とは比較にならないほど大きかった。

今年の集会には、安倍首相の盟友中の盟友と言われる参議院議員の衛藤晟一・首相補佐官も登壇し、次のような趣旨を述べた。

「安倍政権は、日本の前途と歴史教育を考える議員の会(教科書議連、1997年~)の議員が中心になって誕生させた。第三次政権の中核は議連メンバーが占める。安倍首相と『慰安婦』問題を追及し教育基本法を改正した。もう一つが教科書だ」

「この素晴らしい育鵬社の教科書を採択できるように努力したい。私どもの考えと近い首長を選んで、そこで教育行政がきちんと行なわれるように、その意思を受けた教育長が選任されなければいけない。教育長と首長がどういう教科書を採択するか、決める権限がある。いよいよ本番だ。教科書採択にかかっている」

安倍首相と安倍政権を支える議員たちが、いかに「教育改革」に執着し執念を燃やしてきたか、実によくわかる発言だ。

士気は高まる一方だ。『朝日新聞』が、「従軍慰安婦」の一部記事を取り消し謝罪したのも大きい。八木氏はこう述べて参加者を鼓舞した。

「虚構は暴かれた。これまで扶桑社・育鵬社の教科書を採択しようとする自治体や学校は、中国や韓国の圧力に屈してきた。だが圧力は効かなくなった。制度も変わった。大きな変化の後に迎えるはじめての採択だ」

「安倍内閣のもとで教育再生をどんどん進めている中で、結果を出さなければ恥ずかしい。育鵬社の教科書がどれだけ採択されるのかによって、安倍内閣の教育改革の真価が問われる」

         理念骨抜きの教委制度

育鵬社の教科書は、「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権の主張と、見事に合致した内容で貫かれている。

育鵬社は、従来の歴史教科書を「自虐史観だ」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」(つくる会)から分裂した「教科書改善の会」や、日本教育再生機構理事長の八木秀次氏らが支援する。八木氏は育鵬社教科書の執筆者で、安倍首相の私的諮問機関・教育再生実行会議の委員でもある。

一方、つくる会の創設者である藤岡信勝氏らは、自由社から歴史と公民の教科書を出している。

つくる会系のメンバーが執筆した歴史・公民の教科書(扶桑社版)は出版当初、「あまりに右寄り過ぎる」としてほとんど採択されなかった。経営的に厳しい状況が続いたが、横浜市の大量採択で息を吹き返したと言われる。

今年4月に導入された新しい教育委員会制度では、名実ともに首長の権限が強まる。教育委員会制度の見直しは、安倍政権が推進する「教育改革」の目玉の一つだ。新制度では教育委員長と教育長を一本化。事務局トップの教育長に権限を集中させ、その上で首長に教育長の任免権を与える。

教育委員会は、教育が国家にコントロールされた戦前の苦い経験を反省して生まれた。しかし安倍教育改革は、政治的中立と独立を守ってきた教育委員会制度を、根本から否定するに等しい。

今後は教育委員会の理念が骨抜きにされ、教育に政治が土足で踏み込むことになりかねない。教科書採択にも、政治家の意思がこれまで以上に反映されるだろう。

        管理統制と支配着々と

安倍政権の「教育改革」の方向は一貫している。国による教育の管理統制や支配だ。

第一次安倍内閣(06年~)で安倍首相はまず、教育基本法を改正し、愛国心を教育の目標として盛り込んだ。さらに、教員免許に有効期限を設けて、更新研修を義務付ける免許更新制を導入した。

第二次安倍内閣(12年~)では教育委員会制度を見直したほか、道徳の教科化を実現。教科書検定基準を改定し、政府見解に基づいた記述をすることなどが追加された。

今年5月には、安倍首相の私的諮問機関・教育再生実行会議が、教員採用試験の共通化を提言。現在は都道府県や政令指定市が独自に実施している採用試験を、国と自治体が共同で行なうという。

一方、自民党の教育再生実行本部は同月、教員免許の国家資格化を提言。国家試験を行ない、一定の研修を経て国が免許を与えることを検討しているという。現在は大学の教員養成課程を修了すれば、都道府県が免許を与えている。

いずれも国が教員の資格と採用に深く関与し、管理統制する方向で動いているのは明らかだ。

        苦悩する現場教師たち

育鵬社の歴史教科書を使い、公立中学校の教師が模擬授業する様子を取材したことがある。

日露戦争の勝利はアジア諸国民に希望を与え、韓国併合で朝鮮は発展したことが授業を通して淡々と刷り込まれていく。教科書の記述を先生の話術と問いかけでわかりやすく説明するが、実際には一面的・断定的で、雰囲気に飲み込まれる授業が展開される。戦争で疲弊する国民の描写はなく、他社の教科書にある「帝国主義」「植民地」の言葉は一切出てこない。

「強制した」「奪った」という言葉は使わない。文献から都合のいいところを引用し、生徒に深く考えさせず、強引に一方的な結論へ導く授業だった。

「子どもたちが教科書の影響を受けているのがよくわかる」と現場の教師。支配を正当化するのが育鵬社教科書の特徴だという。

育鵬社採択地区の教師は、「間違った歴史を教えているのではと思いながら授業をしている。教え子を再び戦場に送らないと言える自信がない」とこぼす。

「これまで30年間の教師生活の中で、今ほど教材研究をしている時はありません」。なんとか工夫して、まともな授業をしようと苦悩する現場の言葉が重い。

それでも育鵬社の教科書を反面教師的に使い、他社と比較して、子どもたちに考えさせることは可能なのでは。教師の力量で工夫した授業はできないのか。

そんな質問を公立校の教師にぶつけてみたら、事態はずっと深刻だった。副教材やプリントはすべて管理職に提出し、事前に許可を得なければならない。新聞記事を使った教材さえ「偏っている」と言われることがあるという。

「そもそも最近の若い先生は、与えられた指導書に忠実な授業をするので、教科書に疑問を持ったりしないんですよ」

生徒は試験前になると教科書の指定範囲を熟読する。教科書の影響力は想像以上に大きい。

(いけぞえ のりあき・フリージャーナリスト。2015年6月5日号)

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