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30年前の代替わり──天皇報道と記者たち

山口正紀|2019年1月10日6:43PM

記者に残された課題

今回のXデー報道が日本のジャーナリズムに残した負の遺産はあまりにも大きい。私たち記者は、このXデー報道全体について、一人ひとりの体験に基づき、深く掘り下げて反省を重ねていかなければならない。本稿をしめくくるにあたって、今、記者につきつけられた課題を整理しておきたい。

第一点は、天皇に対する無条件の敬語報道の問題である。天皇報道においてマスメディアは、戦前も戦後も一貫して敬語を使っている。この敬語使用は、天皇を無条件に「尊敬すべき存在」とする前提に立ったもので、これに縛られている限り、記者はけっして客観的、批判的な報道をすることはできない。あの「崩御」報道は、日常的な敬語使用の延長線上で行なわれたものであり、「崩御」使用を阻止するためには、敬語報道そのものを問い直すしかなかった。

第二点は、権威、権力に頼った“客観報道”の弱点である。日本のマスメディアは“日常の報道”で常に「客観、公正、中立」を標榜しながら、実際には、「○○によると」という形で、権威あるもの、すなわち警察や行政機関によりかかった報道に終始している。その悪しき典型が、無罪推定の法理を踏みにじる犯罪報道だが、天皇報道においてもそのパターンが適用され、結局、政府、警察などの見解が無批判に紙面の中心を占めてしまった。犯罪報道などにおいて権威に頼り権力に思考を内面化してしまう習慣を身につけてしまうと、記者が記事を書く際の拠り所は、市民の立場から権力の立場に知らずしらずのうちに移行してしまう。逮捕された者に対する一方的な犯人扱いの呼び捨てと、天皇への敬語使用は表裏一体である。天皇という日本社会でもっとも権威づけられている存在を対象とする報道であれば、なおさら権威に頼らず、市民の立場に立った記者自らの責任に基づく取材報道スタイルの確立は不可欠である。

第三点は、ものごとの核心を見抜く洞察力と批判精神の衰退である。天皇の死を「歴史の転換」などという皮相かつ歪曲した視点からとらえるマスメディア幹部の論理に、数多くの記者が無批判に動かされ、断片的な情報をただ伝えるだけの「歯車の一部」にされたことを、ジャーナリストの原点に返って反省しなければならない。また、そうならないためには、記者はもっと視野を広げ、歴史に学ぶ姿勢を強めなければならない。

第四点は、マスメディア内部の言論の自由の問題である。マスメディアは宮内庁を“菊のカーテン”と呼ぶが、それ以前にメディア内部にもっと厚い菊のカーテンがある。天皇批判タブーである。そして、このタブーに挑む言動に対しては、メディア内部で厳しい統制が行なわれる。社内論議抜きのXデー予定稿とそれに基づく取材、報道の指示に、なぜもっと大きな議論が起きなかったのか。それは、異を唱えること自体に大きな勇気が求められるほどの社内における言論の自由の閉塞が大きな原因である。

私たち記者は、今、目の前にこのような大きな課題を突きつけられている。今回の天皇Xデー報道でマスメディアが「やってしまったこと」の意味を考えれば考えるほど、気分は重く、前途は暗く見える。もう一度、『マスコミ市民』特集号から、引用しよう。〈仲のいい他社の記者とは「もう天ちゃん(天皇)が死んだらオレたちお互いに新聞記者っていうのはよそうな。戦前から戦中にかけ大本営発表で読者をだまくらかして戦場へ送り、戦後の憲法下で死んでいく天皇に、崩御などという戦前に逆行するような紙面づくりに加担したんじゃ、もう本来の記者とはいえないよ」と。こんな内容の会話を交わして別れたが、それがとうとう実現してしまった〉(「新元号を抜け」=内山健)。

そのとおりだと思う。けれども、私たちは、そこに立ちどまっていてはならない。重い課題を真正面に見すえて、新聞記者として生きていく可能性を探っていきたい。

(山口正紀、人権と報道・連絡会世話人、新聞記者=当時)

※『検証・天皇報道』(総合特集シリーズ44、法学セミナー増刊。日本評論社。1989年10月20日発行)より。
『週刊金曜日』2019年1月11日号には紙幅の都合上、約半分の記事を掲載。ここに全文を掲載します。(ネット掲載にあたり、機種依存文字などの表記は修正しました)

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