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北、核開発のルーツは
「帝国日本」遺産

佐々木実|2018年6月8日7:00AM

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の核開発のルーツは、じつは帝国日本が統治していた植民地朝鮮にあるとする見方がある。『日本統治下の朝鮮』(中公新書)で東アジア経済論が専門の木村光彦青山学院大学教授が提示している。

帝国日本は1910年8月に大韓帝国を併合して朝鮮とし、統監府に代えて朝鮮総督府を設置した。1945年の敗戦まで日本が植民地朝鮮を支配したわけだが、戦後、金日成が核開発に強い関心を抱いた重要な背景として、帝国日本がウラン鉱開発と重化学工業を「産業遺産」として残したことが挙げられると木村教授は指摘している。

統計データから復元された朝鮮経済を見て驚くのは、現在の韓国と北朝鮮の姿とは反対に、戦中まではむしろ北部で著しく工業が発展していたという事実である。

鉱物資源が豊富だったなどの理由があるようだが、1937年に日中戦争が勃発すると、朝鮮でも経済の統制化と軍事工業化が進み、北朝鮮の工業も色合いを変えた。

〈北朝鮮では、近代兵器工業の核たる特殊鋼・軽合金の生産、ロケット燃料やウラン鉱の開発まで行われた。これらの事実は21世紀の今日まで一般にはほとんど知られていないが、対米戦争のなかで、朝鮮がいかなる役割を担ったかを語るうえで見落とせない。
朝鮮では米軍は空襲を実施しなかった。そのため内地と異なり、朝鮮の工場群は敗戦時まで無傷であった。〉

重化学工業が著しく発展したのは三井、三菱、住友などの財閥が積極的に投資したためだった。際立っていたのは、野口遵を創業者とする新興財閥、日本窒素肥料株式会社である。

野口は1927年に朝鮮窒素肥料株式会社を設立、北朝鮮東部の興南に世界有数の化学コンビナートを建設した。鴨緑江水力発電株式会社を設立して電源開発を始め、世界最大級の水豊ダムを建設したりもしている。植民地の資産すべてを失った戦後、水俣病の加害企業「チッソ」として知られるようになる。

1945年8月8日、ソ連(当時)が日本に宣戦布告して朝鮮半島に侵攻、北部を支配下に置いた。ソ連軍政当局が採用したのは、戦時中に帝国日本が追求した統制経済である。日本企業を国有化する一方、全資産の国有化を意図した土地改革も実施した。『日本統治下の朝鮮』は、戦中と戦後の経済体制の連続性に着目している。

〈国家樹立後、金日成政権はこの政策の継承・発展を図った。朝鮮戦争後には、農業および中小商工業の集団化を推進し、経済の全部門を国家の支配下に置いた。これによって、人的物的資源の国家総動員体制が完成する。すなわち、戦時期に帝国日本の一部軍人・官僚が目指した経済体制の変革が、戦後、金日成政権の手によって実現したのである。〉

ソ連軍政とその後の金日成政権は帝国日本が残した軍事工業の活用を経済建設の柱としたが、全体主義イデオロギーという点でも戦中と戦後は連続していた。

日本支配下の朝鮮と北朝鮮の連続性を示す実証研究からは、非核化問題で国際政治の宿痾となっている国の異なる相貌が見えてくる。

(ささき みのる・ジャーナリスト。2018年5月25日号)

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