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大平正芳の衣鉢継げぬ玉木雄一郎(佐高信)

玉木雄一郎にはガッカリした。「希望の党」の“創業者”小池百合子が「排除」の条件とした安保法制容認と改憲賛成について、11月10日号の本誌インタビューでは、最終的には手直ししたので「まったく心配していません」と言うが、たとえば東京6区で立憲民主党から立候補して当選した落合貴之は、まだ同党が結成されていない段階で「希望の党には行かない」と決めている。そして比例復活もない無所属で立つという重い決断を、その時点ではしているのである。玉木なら、そのくらいの行動はとってほしかった。

自民党のリベラル派が集まる宏池会を率いた大平正芳の遺族が応援する玉木が小池の軍門に降る姿を大平は見たくなかっただろう。

大平の直系の加藤紘一は、イラク戦争の際の自衛隊派遣に反対した。

イラク特措法は2003年7月に成立したが、実際の派遣には国会の承認が必要だった。時の自民党総裁が小泉純一郎で、幹事長が安倍晋三。

八百長的に賛成した公明党の面々と違って、自民党では3人の大物がこれに反対した。宏池会出身の加藤と古賀誠という元幹事長2人に、元政調会長の亀井静香である。

浮わついた人気だけでその椅子にすわった軽量幹事長の安倍は、おそるおそる3人に賛成してくれるように頼む。

野上忠興著『安倍晋三 沈黙の仮面』(小学館)から、それに対する3人の反応とその後の安倍の対応を引いてみよう。

まず、加藤である。
「私はブッシュのイラクの戦いや大量破壊兵器に関する説明にかねがね疑念を持っている。やはり自衛隊派遣は反対だ」

次に古賀。
「私にも今まで歩いてきた歴史がある。そこを踏まえて政治家として信念と良心で決めることですから」

そして亀井。
「これは政治家としての信念だ。処分するならしたらいい。打ち首、獄門何でもどうぞだ」

翌2004年1月31日未明、派遣承認案を採決する衆議院本会議に亀井は欠席し、加藤と古賀は採決前に本会議場を出て棄権した。

一刻も早く立民に入った方がいい

自民党にいてこういう行動をとることがどれほど覚悟の要ることか、玉木にわかるだろうか。

この結果、宏池会の加藤や古賀よりも公明党が“戦争の党”であることが明らかになった。

ついでに言えば、そのとき、タカ派の清和会が主流を占める自民党に「公明党への手前、3人にペナルティなしというわけにはいかない。ケジメが必要だ」という声が強くなる。

それで安倍は何とか3人に「戒告」という処分を下す。党則では「勧告」に次ぐ軽い処分だった。

大平の衣鉢を継いだはずの玉木に加藤や古賀のような勇気があるとは思えない。

“戦争の党”の公明党とくっついたり離れたりの小池に鼻面を引きまわされて自滅するのがオチだろう。

玉木は希望の党の代表となったが、たどるのは前原誠司の運命かもしれない。いまの玉木は、私には“小池雄一郎”もしくは”前原雄一郎”としか見えないのである。

立憲民主党代表の枝野幸男は10月24日に日本テレビで放映された「スッキリ」の中で、
「少なくとも、私もリベラルであると思っているんですよ、自分のこと。多様性を認めて、寛容で社会的な助け合いを大事にする。30年前なら自民党宏池会ですよ」
と言っている。

立憲民主党こそ大平の流れであり、玉木は一刻も早く同党に入った方がいい。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、11月24日号)