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IS事件に関連しジャーナリスト・常岡浩介氏が国賠訴訟 「公安の違法捜査で人質救えず」

2017年11月10日4:52PM

ISの司令官から送られてきたアラビア語のメッセージ。(撮影/常岡浩介)

2015年に起きたIS(「イスラム国」)による日本人人質殺害事件に関連し、「公安警察に違法な捜査をされて損害を受けた」として、フリージャーナリストの常岡浩介さんが10月3日、東京都と国を相手取り約620万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。常岡さんは、「人質救出の機会があったにもかかわらず、捜査で妨害され機会を逸した。人質殺害の結果を招いた警察の責任は重大」としている。

訴状によると、14年7月下旬、常岡さんは以前から交流のあったイスラム法学者の中田考さんに、「ISの戦士になると言っている青年がいるから取材してもらえないか」と北海道大学の学生(以下、北大生)を紹介され、都内で初めて会った。北大生はイスラム世界やISの活動のことをほとんど知らない様子で、アラビア語はもちろん英語もほぼできないようだった。常岡さんは「ISの戦士」になる覚悟を北大生から感じることはできなかったが、同行取材するのであれば航空券を合わせて購入してほしいという中田さんからの頼みにより、8月5日に航空券を手配した。しかし出発予定日の8月11日、北大生は友人にパスポートを盗まれたとして出発を中止し、盗まれた経緯を警察に話したと伝えてきた。

一方、8月中旬には、湯川遥菜さんがISに拘束された動画がネット上に流され、ニュースとなった。そんな中の8月下旬、常岡さんと中田さんの携帯電話にISの司令官からアラビア語のメッセージ(写真)が届いた。中田さんが翻訳すると、「日本人ジャーナリスト」は生きていているということと、裁判を開きたいので常岡さんには取材者として、中田さんには通訳者としてきてほしいと書かれていた。「日本人ジャーナリスト」とは湯川さんのことだと2人は考え(拘束時の動画で「ジャーナリスト」と名乗っていた)、9月初旬にIS支配地域に行った。だが、空爆の影響で司令官と連絡が付かず、裁判は延期となったため2人は帰国。常岡さんはその後、シリアの内戦取材のために10月7日に出発してトルコ入りする予定だったため、IS司令官に裁判日程の調整を打診し、裁判開廷と英語通訳を現地で用意してもらう約束を取り付けた。

しかし前日の10月6日、東京簡易裁判所から家宅捜索と差し押さえの令状を取りつけた警視庁公安部外事3課が、常岡さん宅に強制捜査に入った。北大生が私戦予備・陰謀の容疑者で、常岡さん宅と郵便受けが捜査対象となっていた。常岡さんは警察官4人に羽交い締めにされて身体検査された上、所有物62点を押収された。取材道具やスマートフォンも押収されたため、IS支配地域に行くことも司令官と連絡を取ることもできなくなり、人質救出の機会は失われた。この後の10月末に後藤健二さんもISに拘束され、翌年湯川さんとともに殺害されている。

【公安のアピールに利用か】

刑法93条が定める私戦予備・陰謀罪は、「外国に対して私的に戦闘行為をする目的」で準備・陰謀することだ。10月3日の提訴日の会見で、常岡さん側の清水勉弁護士は、「私戦予備・陰謀罪は明治時代に刑法ができて以来、今回まで適用されたことはありません。この罪は、強固な意志と組織性をもって準備・謀議しない限りは、犯罪として成立しにくい。実際には空港にさえこないほどの人に適用するのは、きわめて非現実的」と訴えた。

常岡さん側は、北大生に対して同罪は成立せず、それに基づく捜索・差し押さえは違法であり、警察の求めるままに令状を発布した裁判所の判断も違法だとしている。なお、昨年3月にISに参加しようとしてトルコで拘束された日本人には、同罪は適用されていない。常岡さんは小誌に、「拘束された日本人はISへの参加を目指していて、トルコ当局は彼がISメンバーと連絡を取り合っていたと断言している。それにもかかわらず、強制送還後、和歌山県警は彼を1日のみ事情聴取して捜査打ち切りにしている。不自然すぎる」と話した。

常岡さんはまた、会見で、「公安警察は刑事警察と違い、事件処理や解決を目的としないので、私や北大生を逮捕も送検もしていない。法治主義の蹂躙ではないか」と疑問を呈した。常岡さんは強制捜査を受けた約1カ月後の14年11月11日には、私戦予備・陰謀の容疑者になったと公安に告げられている。出頭を要請されたが、拒否しており、現在も「容疑者」の立場だ。

公安警察の内情に詳しいフリージャーナリストの青木理さんは、こう解説する。「戦前の特高警察の流れも汲む公安警察は戦後、『反共の防波堤』を最大の目的としてきた。しかし、冷戦体制が崩壊し、1995年のオウム真理教事件や警察庁長官銃撃事件の捜査などで役割を果たせず、存在意義が問われはじめた。そんな中、9・11後の2002年に『国際テロ対策』の名目で外事3課を新設し、再び存在意義を高めようとしているが、在日イスラム教徒を監視し収集した内部資料を10年に大量流出させ、犯人さえ捕まえられない大失態を演じた。そんな外事3課にとって北大生事件は、自己の存在意義をアピールし、テロの脅威を煽る絶好の機会と捉えたのでしょう。起訴すらできなくても、強制捜査で情報収集はできるし、そもそも公安警察は立件を目指してもいなかったでしょう」。

青木さんは、「ジャーナリストに対するこうした強制捜査は、報道・取材の自由を脅かすもので重大な権利侵害だ」とも話した。裁判の第1回口頭弁論は11月17日15時から。

(渡部睦美・編集部、10月27日号)

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