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「市場原理主義」トランプ大統領にFRBは抵抗できるか(佐々木実)

リーマン・ブラザーズが経営破綻したことを契機とした世界的金融危機は、時代を画する出来事だった。米国の経済学者ジョセフ・スティグリッツはつぎのように解説する。

〈2008年9月15日、リーマン・ブラザーズが破綻した日は、市場原理主義(束縛を解かれた市場は独力で経済的繁栄と成長を確実に達成するという考え方)にとって特別な意味を持つ日となる。ベルリンの壁の崩壊が共産主義にとって特別な意味を持つのと同じことだ。市場原理主義というイデオロギーが持つ問題点は、この日を迎える前にすでに知られていたが、この日以降は、誰もこのイデオロギーを本気で擁護できなくなった。〉(『フリーフォール』徳間書店)

「リーマン・ショック」による未曽有の金融危機の教訓が「ドッド・フランク法」だ。金融危機を防ぐため、金融機関の監督強化やリスクの高い金融取引を禁じることなどを定めた金融規制改革法で、オバマ政権が2010年に成立させた。

ところが、世界的金融危機から10年も経たないうちに、震源地となった米国が再び金融の規制緩和に舵を切った。トランプ大統領は就任早々、金融規制の緩和に関する大統領令に署名、ドッド・フランク法を抜本的に改正する方針を打ち出している。

米連邦準備制度理事会(FRB)は金融界を監督する立場にある。FRBのジャネット・イエレン議長はトランプが大統領に就任する前から、ドッド・フランク法は金融危機を防止するために重要であり、「時計の針を戻したくない」と議会で明言していた。8月下旬にワイオミング州ジャクソンホールで講演した際も、金融規制の見直しは「緩やかであるべき」とのべた。金融界への対応をめぐり、大統領とFRBの足並みは乱れている。

FRBは今月はじめ、イエレンを支えるスタンレー・フィッシャー副議長が10月に辞任すると突然発表した。副議長の任期は来年6月までなので任期途中での辞任だ。トランプ大統領には辞任の理由を「個人的な理由」と伝えたというが、フィッシャーもイエレンと同じく金融規制の緩和には批判的な立場である。

トランプ政権はフィッシャーの辞任表明前、もうひとりのFRB副議長に元財務次官のランダル・クオールズを指名していた。上院の承認を受ければ副議長となるが、金融規制緩和に積極的と見られている。一方、来年2月に任期を終えるイエレン議長の後任候補と目されていた、ゴールドマン・サックス前社長のゲーリー・コーン国家経済会議(NEC)委員長は人種差別問題でトランプ大統領を批判したため、FRB議長に指名されない公算が大きいと伝えられる。

フィッシャー副議長が辞任すると、7人の枠があるFRB理事(議長、副議長を含む)は4人が空席という異常事態となる。FRB幹部人事と連動する形で、金融規制の行方も先が見通せない状態だ。

トランプ政権らしい混乱ともいえるが、米国政府の金融界への対応は米国にとどまらない影響を及ぼす。ドッド・フランク法の改正は、その内容如何では、息の根を止められたはずの「市場原理主義」というイデオロギーを蘇生させる可能性もある。

(ささき みのる・ジャーナリスト。9月22日号)