週刊金曜日公式ブログ 週刊金曜日ニュース

南阿蘇村の地獄3兄弟(小室等)

「地獄三兄弟」に会ってきた。

熊本県南阿蘇村河陽の老舗旅館〈地獄温泉 清風荘〉。地元民にとって地獄と言えば、あの地獄ではなく、清風荘のことで、「熊本県地獄」で郵便物は届くそうだ。「地獄三兄弟」とは、その〈清風荘〉を営む社長の河津誠さん(五四歳、長男)、副社長の謙二さん(五三歳、二男)、専務の進さん(五一歳、三男)たち三人、正しくは「地獄温泉の三兄弟」です。

二〇一六年四月一六日、南阿蘇村、震度七の地震。江戸時代から二〇〇年以上の歴史を誇る地獄温泉も、本震で、施設の壁にひびが入るなど大きな被害を受け、村道が土砂崩れでふさがり、宿泊客、従業員計五一人が一時孤立するが、自衛隊ヘリで救出される。

地震から一〇日後、三兄弟はそれぞれ示し合わせたわけでもなく徒歩で山をかき分け宿に向かう。泉源と水の無事を確認、敷地内は地割れができ、明治時代に建てられた本館に歪みはあれど、風呂施設も無事。再開のめどは立つ。希望を胸に、調理の腕を生かして炊き出しなど、村民のためのボランティア活動に邁進するが……。

六月二〇日、熊本に豪雨。降り続く大雨で地獄温泉にも大規模な土石流。本館も、もっとも古い「元湯」も飲み込み、被害は全体の三分の二に及ぶ。気持ちが折れかかる。村全体としても、交通流通の要所、阿蘇大橋が崩落。地元民は不自然な崩れ方だと言う。「ぐるっとどんだけ見回しても、あのサイズの崩落はあそこしかない。もっと細く小さくしか崩れないんですね、山は」と誠さんも言う。四月一四日の前震で大橋が架かる地盤は緩んでいたはず。

五月になって、〈地震発生後、南阿蘇村にある九州電力水力発電所の水路から、阿蘇大橋の方向へ二〇万トンもの大量の水が流れ出ていた〉との報道。人的崩落の側面が考えられるのに、追跡されるべきニュースは途絶えていると言う。メディアは弱り切っている。

本当の地獄になってしまった地獄温泉、笑えない。それでも、泉源と水は生き残ってくれた。三兄弟は元気だ。異口同音に言う。村の仲間たちと家族が無事なら、何だってやり直せる。最低でも三年間無収入の覚悟を決めた三兄弟は今、文字通り地獄からの生還に全力を注いでいる。

隣の「垂玉温泉 山口旅館」の山口さんにも会った。メルヘン村のペンション「風の丘・野ばら」の栗原さんにも。南阿蘇村に復興の手が届く順番は後の方だろう。待っていられない。避難所で結束も生まれた。地震から一年、新住民、旧住民一つになって、南阿蘇村の村おこしがはじまっている。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、3月10日号)

やさしさがない安倍外交(西谷玲)

国会では森友学園問題が火を噴いている。野党は徹底的に追及すべきだ。外交に目を転じれば、トランプ米大統領と安倍晋三首相は先月の訪米で蜜月関係を築けたという。トランプの無茶苦茶にはまるで意見せず、「Trumpabe」(トランペイブ、トランプ=安倍)の様相である。

さて、外交のもう一つの懸案、安倍政権の行き当たりばったり、戦略のないさまがよく表れているもの……それは、日韓関係である。

「慰安婦」問題で象徴として建てられた少女像をどうするのか、解決が見えていない。昨年末に釜山の日本総領事館前にも少女像が設置された。日本はそれに抗議して、この1月に駐韓大使と釜山総領事を一時帰国させた。

その後どうなっているかと言えば、韓国外相が、少女像撤去を要請する文書を釜山市や同東区に送っている。が、何の効果もないどころか、今月1日の、日本統治下での大規模な独立運動の記念日である「3・1節」には、各地で新たな少女像の設置、除幕式が続々と行なわれた。さらに、今計画中のものもあるという。こんな状況で大使と総領事をまた派遣させるわけにもいかず、日本政府はまさに振り上げたこぶしのやり場に困ってしまっている状況である。

ご存知の通り、朴槿恵大統領はスキャンダルで弾劾訴追され、4月にも退陣、6月にも新たな大統領を選ぶ選挙が行なわれそうである。つまり、国政の混乱状況がずっと続いており、それまで現政権は当事者能力をとても持ちえない状態なのだ。しかも、次の大統領選では文在寅氏をはじめとして、野党の候補が勝つであろう可能性が高い。文氏は「慰安婦」問題に関する日韓合意を批判しており、少女像問題に対しても撤去の必要はないという意見である。

このような情勢のなか、大使と総領事を帰国させてしまったら、その後の落としどころに困ると予測するのは容易だっただろう。それなのに確固たる戦略もなく、行き当たりばったりで対応するからこんなことになるのである。

ある元外交官が言った。「安倍外交にはやさしさがない」。

こんな状況を生んだのは、まさにこのことに起因するのではないだろうか。毅然たる、決然たる、断固たる……そんな勇ましい言葉ばかりが躍る安倍外交。しかし、外交とは何枚腰、そして硬軟両様の使い分けが必要。さらに、人の心の重さをどう考えるか、どう見えるかがとても大切だ。外交だけでなく、政治全般がそうなのだが。

元「慰安婦」の人たちが何に怒っていて、何が赦せないかといえば、突き詰めていけば、やはり心の問題ではないだろうか。やさしさ、思いやり、心の底から悪かったと思う気持ち……。それが安倍首相に見えないというのである。

「慰安婦」問題について、歴代の首相はずっとお詫びの手紙を書いてきた。確かに一昨年末の日韓合意で日本は政府から10億円を拠出することに合意した。それは画期的には違いない。いつまで謝ればすむんだ、という声もわからないでもない。首相には「嫌韓」な人々の支持が多い以上(森友学園を見よ)、あそこまで譲歩したのも画期的であるともいわれる。それも理解したうえで、でも、心が必要なのだ。これは政治家でなければできないし、一流の政治家だったらできることだ。

(にしたに れい・ジャーナリスト。3月10日号)