青森、放水量急増で危険に曝され、漁業権も侵害――ダムが漁民の命を奪う
2016年6月6日10:17AM
ダムからの放水が漁民の命を奪った。
白神山地に源を発し、岩木山南麓を北東に流れる岩木川。水死事故は、その中流、青森県弘前市内で5月13日に起きた。亡くなったのは杉村正衛さん(78歳)。伝統漁のシゲタ漁を50年余り営んできたベテラン漁師であった。
そんなベテラン漁師がなぜ亡くなったのか。事故当日、現場近くでシゲタ漁を営んでいた3名の漁民は、水位が膝まで下がった後、急激に腰まで上がり、命の危険を感じたと証言する。
シゲタ漁は、シゲタと呼ばれる人工の産卵床にウグイをおびき寄せ、投網で捕獲する漁法である。河川敷に張ったテントに住み込んで客とウグイ料理を楽しむ。漁民だけでなく地域住民も共に楽しめ、地域の文化になっている漁法である。
シゲタ漁では漁民が川の中に入らなければならないため、急な増水は命の危険につながる。しかし、昨年までは、漁民が命の危険を感じることはなかった。
シゲタ漁の漁期は4~5月であるが、今年のシゲタ漁は、杉村さんが亡くなった5月13日が初日であった。12日までシゲタ漁がまったく営まれなかった理由は、津軽ダムの放水量が多すぎて、漁民が命の危険を感じていたからだ。
5月2日、岩木川漁協のシゲタ漁漁民と石岡浩一組合長らは、ダムの放水量を減らしてもらうべく、国交省津軽ダム工事事務所と交渉を持った。その結果、58t/秒を超えていた最大放水量を13日から30t/秒に下げてもらうことになった。そのため、13日に初めてシゲタ漁を開始したのである。
とはいえ、漁民は30t/秒で納得していたわけではない。昨年までの最大放水量は17t/秒であった。昨年までは、目屋ダムからの放水だったのだが、今年は目屋ダムをすっぽり覆う形で津軽ダムが造られ、その試験湛水のために放水量が著しく増えたのである。漁民は、昨年までと同様の17t/秒を望んでいるが、顧客からの注文に応える必要などから、漁期が終盤に入った13日に、危険を感じながらもやむを得ずシゲタ漁を開始したのであった。
【もう一つの事故原因】
杉村さんの水死事故の原因は、もう一つある。シゲタ漁の漁場の上流に弘前市が上水道用に設置しているラバーダム(ゴム製の堤体で、中の空気量を調整することで堤体の高さを調整するダム)があり、その操作によっても漁場の水位は増減する。12日まで漁民が身の危険を感じて川に入れず、かつ13日に杉村さんが亡くなったという事実は、「30t/秒+ラバーダム操作」のもとでは、シゲタ漁漁民の命を脅かすことを示している。
漁民は漁業権(漁業を営む権利)を持っている。「30t/秒+ラバーダム操作」のもとではシゲタ漁を営めないということは、それがシゲタ漁漁民の漁業権を侵害していることを意味する。
漁業法によれば、漁業権は物権的権利であり、妨害排除請求権を持つ。したがって、シゲタ漁漁民は「30t/秒+ラバーダム操作」を排除できることになる。
さらに、漁業法は、組合員の「漁業を営む権利」を侵害した者には、刑罰を科す旨規定している。刑罰を科せられるということは、国家社会の秩序を乱したということである。したがって、ダム操作がシゲタ漁漁民の漁業権を侵害していることは、国交省および弘前市が国家社会の秩序を乱していることを意味する。
岩木川で川の中に入ることを要する漁業はシゲタ漁だけではない。カジカ漁(通年)もヤツメウナギ漁(10~5月)もそうである。それらの漁業でも漁民は漁業権を侵害され、命の危険に曝されることになる。
弘前市は、原因究明を踏まえて再発防止策を作ることを約束しているが、津軽ダム工事事務所は、「30tを減らす気はない」との態度を変えていない。
漁業権を侵害するばかりか、漁民の命を奪うようなダム操作が許されていいはずはない。
(熊本一規・明治学院大学教授、5月27日号)