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柏崎市長選は慎重派が当選――再稼働路線は破綻へ

 東京電力の柏崎刈羽原発を抱えた新潟県柏崎市の市長選挙で一一月一八日、即日開票の結果、現職の会田洋氏(無所属)が、自民党の推薦する元共同通信社論説委員長の新人・西川孝純氏を五七六六票差で破り、三選を果たした。会田氏は「原発の安全性を高めることを優先する」として原発再稼働には慎重とされ、脱原発を求める市民団体からも支持を受けていた。

 今回、自民党県連は「経済活性化」を名目に再稼働を求める地元の一部市議や商工団体の声を受け、西川氏を推薦した形だが、結果的に再稼働をめぐっては市民の支持を得られなかった形だ。

 同日の開票となった同じ原発の立地自治体である刈羽村の村長選挙は、再稼働賛成を表明している品田宏夫氏が四選された。しかし泉田裕彦新潟県知事は反対の姿勢を依然崩しておらず、また原発から五〇キロ離れた湯沢町議会が六月、「柏崎・刈羽原子力発電所の再稼働を認めない意見書」を採択するなど、県内では再稼働を認めない世論が根強い。

 そのため、今回の選挙結果で注目されるのは東電の再建計画への影響だ。東電は今年五月に発表した「総合特別事業計画」で二〇一四年三月期での黒字転換を明記し、「電気料金値上げと原発再稼働が必要」としていた。さらに三井住友銀行など銀行各社も同「事業計画」を発表する以前から、一兆円規模の追加融資の条件として再稼働を要求している。

 だが東電は一一月七日に発表した「再生への経営方針(二〇一三・一四年度)」で、福島原発事故への賠償や除染費用の拡大で「一企業では対処できない」として、「国による新たな支援の枠組みを早急に検討」するよう要求。当初の「事業計画」が、半年で破綻したのを事実上認めた。しかも再建計画の柱であった再稼働も可能ではない現状が改めて明らかになった以上、東電を破綻処理させずに「再稼働と料金値上げで再生させる」という野田佳彦政権の方針も再検討を余儀なくされている。

(成澤宗男・編集部、11月23日号)

「太陽の党」と「減税日本」の合流は“破談”も――「南京大虐殺なかった」同盟

翌日の“破談”も知らず笑顔の河村たかし氏(右)と石原慎太郎氏。(撮影/小谷洋之)

 一一月一四日に野田佳彦総理が「一六日に解散する」宣言してから一夜明けた一五日の午後三時より「太陽の党」(石原慎太郎・共同代表)と「減税日本」(河村たかし・代表)の合流発表記者会見が開かれた。河村氏が「長い間ご指導を頂いています」と持ち上げたように、二人は一橋大学の先輩後輩の間柄。もう一つの共通項が「南京事件」への見解だ。

 石原東京都知事(当時)は二月二四日、定例記者会見で「南京大虐殺」を否定した河村氏の発言について「河村君の言うことが正しい」と擁護した。

 この日も、中国・香港フェニックステレビの李特派員が「南京事件」への見解を質すと、石原氏は「日本軍が、あのわずかな占領の間に(貧弱な)武器体系で四〇万人殺した証拠を出してもらいたい。記録にもありますよ。私は本多勝一という人間とは長い議論をしてきて、結局、最後に彼は折れて(編集部注)。杭州湾に日本が上陸して南京が陥落するまでに殺したのが四〇万人と言っているけど、これもナンセンスですよ。南京の市民を一番殺したのは蒋介石の軍隊だよ。支那人が支那人を殺したんだよ。(中国人は南京から)みんな逃げて、日本軍が占領しなおしたら、市民がたくさん帰ってきたじゃないですか」という旨を答えている。

 まさしく「南京大虐殺はなかった」同盟だ。が、石原氏は翌一六日、「減税切り」を決断。「太陽の党」は「日本維新の会」に合流することとなった。

 なお石原氏が「南京同盟」の河村氏を捨て、維新に走った背景は、維新の会から立候補予定の山田宏・前杉並区長が、愛息子伸晃氏が出馬する東京八区(杉並区)から出るのを阻止するためと言われている。

編集部注:石原氏の発言はまったくの嘘。むしろ本多氏は石原氏に訂正・謝罪を求めている。詳細は本誌三月九日~八月三日号。

(小谷洋之・ジャーナリスト、11月23日号)