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教育勅語を水平社宣言で読み破れ(佐高信)

問題の森友学園理事長の籠池泰典が、
「教育勅語のどこが悪い?」
と叫ぶのを見ながら、私は『橋のない川』(新潮文庫)の作者、住井すゑの次の提言を思い出していた。

「教科書に一つの方法として『教育勅語』と『水平社宣言』を並べて印刷し、表紙をめくったら『教育勅語』がある。その次には『水平社宣言』があるというような教科書をつくったらいいんじゃないか。どっちが人間的であるか、どっちが人間的真実を訴えているか、どっちがより人間的哲学を生かしているか、一目でわかると思うんですね。『教育勅語』をむざむざと葬ってしまって、今の子どもが知らないというのも、ある意味ではマイナスですね。明治、大正、昭和の敗戦まで、このような教育の名のもとに調教をやってきたんだということをくり返しくり返しみんなで反省する必要があるんじゃないかと思いますね」

「朕惟フニ我カ皇祖皇宗」の教育勅語と、「全国に散在する吾が特殊部落民よ団結せよ」で始まり、「人の世に熱あれ、人間に光あれ」と結ばれる水平社宣言を並べて教えよという住井の主張を生かさなかったから、いま復讐されているとも言える。

いいものだけを教えてきた弱さ、いいものを悪いものとの比較に於て教えなかったもろさが、いま、出てきた。

「昼の光に夜の闇の深さがわかるものか」と言い放ったのはニーチェだが、闇との対比に於てこそ、光は意味をもつのである。そのことを住井はよくわかっていた。

住井すゑにお礼を言った児玉誉士夫

住井と永六輔の『人間宣言』(光文社)に「いい話」がたくさん出てくる。

亡夫の犬田卯の遺骨を持っていらっしゃるそうですね、と永が問いかけると、
「これね、遺骨にしてそれを地下へ埋めるということは忍びないですよ、できないですよ。だから書斎の簞笥のいちばんいい場所にあります。もう何十年もたちますけれども。ときどきは骨をかきまわしてやってます」
と住井は笑い、
「ぬかみそじゃないんだから」
と永がまぜっ返すと、
「好きな男の骨なんだもの、ときどきさわって話しかけるっていう意味よ」
と住井は答えている。

『橋のない川』のモデルは水平社宣言の起草者、西光万吉だといわれる。西光はその後、転向したが、住井との深い信頼関係は崩れなかった。

住井が西光の家を訪ねると、西光の妻は仏間に並べて二人の布団を敷き、住井と西光は遅くまで語り合ったという。

あれほどはっきりと天皇制廃止を主張しながら、住井のところには不思議に右翼が糾弾に来なかった。それについて住井は、
「私は来るのを待っているんですがね。もし来てくれれば帰りには左翼にして帰しますから」
と笑っていた。

永との『人間宣言』によれば、『橋のない川』の第四部を発表した段階で、右翼の親玉の児玉誉士夫が、
「いい小説を書いてくれてありがとうございました」
と言ってきたとか。

そして、それから住井が上京するたびに、外車で迎えに来て、乗ってくれ、という。右翼の世話になる気はないからと断ってタクシーに乗ると、護衛のつもりか、その車がついてくる。

そういうくらいだから、住井によれば右翼は、
「土産は持ってくるけど、文句はいってこない」

多分、住井の迫力に気押されたのだろう。

そんな住井を偲びつつ、娘の増田れい子は棺に住井の大好きだったキャラメルを入れたという。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、3月17日号)

最高裁で異例の逆転無罪判決 広島の元人気アナが語ったこと

判決後改憲する煙石博さん(左)。右は支援団体の佐伯穣会長。東京・霞が関。(撮影/片岡健)

「静かな余生の、普通の生活に早く戻れればと思います」

3月10日、東京・霞が関の司法記者クラブ。煙石博さん(70歳)は万感の思いを込めてそう言った。

広島・中国放送の人気アナウンサーだった煙石さんは定年退職後の2012年10月、突如自宅にやってきた広島南署の刑事2人に逮捕された。容疑は銀行で女性客が記帳台に置き忘れた封筒の現金6万6600円を盗んだ疑い。無実を訴えたが、一審・広島地裁で懲役1年・執行猶予3年、二審・広島高裁で控訴棄却の判決を受けていた。

しかしこの日、最高裁第2小法廷の鬼丸かおる裁判長は一、二審判決に「重大な事実誤認がある」と認め、煙石さんに無罪を宣告。最高裁で逆転無罪が出たのは直近5年でわずか4件。異例の無罪判決はテレビや新聞で大きく報道され、煙石さんは逮捕から約4年半を経て、名誉回復が果たされた。

ただ、地元広島では、この事件は一審段階から冤罪を疑う声が根強かった。最高裁は無罪の根拠として、「防犯カメラの映像では、被告人が封筒を持ち歩く場面、内容物を抜き取る場面は確認できない」と認め、「封筒を窃取した者がいるとしても、現金を抜き取り、封筒だけを記帳台に戻すとは考えにくい」と封筒に元々現金が入っていなかった疑いを指摘したが、これらもすべて弁護側が一審段階から主張していた。

それだけに煙石さんは無罪を喜びつつ、「『おめでとう』とは思えない。元々お金を盗っていないのに、突然とんでもない火の粉を浴びて苦しめられ、人生を失ったのですから」とも語った。逮捕後はフリーで続けていたアナウンサーの仕事もなくなったという。

「私のように無実なのに濡れ衣を着せられて苦しむ方が出ないように強く願っています」と力を込めた煙石さん。それは裁判中、熱心な支援活動を繰り広げた友人、知人らの願いでもあるという。

(片岡健・ルポライター、3月17日号)

国際女性デー、ウィメンズ・マーチ東京で「女が生きるのマジでつらい」

「女性の力を信じてる」「セクハラNO」「親子断絶防止法反対」など思い思いのバナー掲げて歩く参加者。男性の姿もちらほら。(撮影/宮本有紀)

国際女性デーの3月8日、「連帯」を表す赤い服や帽子などを身に着けた女性たちが歩きながら声をあげる「ウィメンズ・マーチ東京」に約300人が参加。東京・表参道と渋谷に「女が生きるのマジでつらい」「我慢するのはもう限界」などのコールが響いた。

トランプ米大統領の女性蔑視発言に反発し就任翌日に米各地でデモ「ウィメンズ・マーチ」を実現した団体が国際女性デーのアクションを世界に呼びかけ、日本では複数の女性団体有志による実行委員会が企画した。この日、マーチの前には参議院議員会館内で性暴力、セクシュアルハラスメント、賃金・待遇差別、同性愛差別、AV強要などの問題に取り組む人びとが問題提起。「女性たちは十分声を上げてきた。聞かない、聞こうとしない、察知しない側の問題ではないか」と議員に投げかけた。池内さおり議員(共産)が「察知する力を磨きたい。私自身も男尊女卑の風土の中で育ちジェンダーという言葉に救われた。女性たちが自分の人生を切り開いていけるよう力を尽くす」、初鹿明博議員(民進)は「声を聞かない方の問題というのはその通り。議員は票になるところの声を聞きがちだがそうでない議員もいる。そういう議員を増やしたい」と応じた。

マーチに続き、女性の生きにくさを共有し各自の「もやもや」を訴える集会を都内で開催。「女性活躍って産めよ殖やせよ働けよ、か? 冗談じゃない」「北海道大学が痴漢対策で図書館に女性専用席をつくって批判されたが、痴漢とは図書館に行けなくなるくらいの精神的被害を受ける大問題だ」など発言のたびに会場は共感の拍手に包まれた。ほとんどが女性の中、参加した28歳の男性は「マーチで沿道の若い人たちが耳を傾けていた。社会のせいで悩んでいる人が多いことをつきつけられた」との感想。33歳の男性は「ジェンダー問わず個を発揮できる社会にしたい」と話した。

(宮本有紀・編集部、3月17日号)

森友学園に「特別の力学」(西川伸一)

森友学園の籠池泰典理事長は3月10日に、小学校の設置認可申請を取り下げ、理事長を退任する意向であることを記者会見で表明した。政治家の口利きについて記者から質問されると、「ないですよ」を繰り返して強く否定した。だれが信用しようか。

自民党の衆議院議員で学校法人作新学院の学院長でもある船田元氏は、自身の3月6日付ブログに「森友学園の異常さ」と題した文章を載せている。同法人は作新学院大学を1989年に新設した。校地として約5000平方メートルの国有地が払い下げられた。その際、関東財務局が提示する価格どおりに同法人は購入し、「価格面での交渉は全く行わなかった」。

国有地払い下げは関東財務局、大学設置認可は文部省(当時)、農地転用は関東農政局の管轄である。三者間でのすりあわせは困難をきわめ、「予定よりも2年遅れでようやく開校にこぎ着けた」。

こうした経験をもつだけに、船田氏の次の指摘には説得力がある。

「だから今回の国有地払い下げにおいて、財務局の提示価格の10数%だったことや、非常に短い時間で払い下げが決まったことを聞くと、どうしても特別の力学が働いたと思わざるを得ないのである」

ところが、3月9日付『読売新聞』の社説は、「膨大な廃棄物が埋まった土地である以上、売却価格の減額は正当であり、政治家の関与はなかった、という見解は理解できる」と書いた。さすが“現政権の御用新聞”と感心するほかない。実はこの社説にも「特別の力学」の作用が疑われる。『選択』3月号の「マスコミ業界ばなし」はそれを示唆している。

「問題の土地の売買を認めた『国有財産近畿地方審議会』のメンバーには、読売新聞大阪本社編集局の現職の管理部長(当時)がいた。さらに、土地を購入した学校法人による小学校の新設を認可した大阪府の『私立学校審議会』にも、読売の現職社員が名前を連ねているのだ」

「特別の力学」が働いたと思われる件はさらにある。前述の籠池氏のまさに記者会見中に、安倍晋三首相は南スーダンの自衛隊PKO部隊を5月末をめどに撤収させる方針を明らかにした。「森友」から注目をそらすかのように。

このニュースは3月11日付の『朝日』、『産経』、『毎日』、『読売』の各紙朝刊で1面トップを大きく飾った。首相は「一定の区切り」を撤収の理由として挙げ、菅義偉官房長官は「治安の悪化は要因になっていない」と説明した。切迫性がないのなら、なぜ10日の発表としたのか。しかも、撤収を決定したこの日の国家安全保障会議の開催時間はわずか10分余りである。政権の方針は、1時間半にわたって開かれた前日の同会議ですでに決まっていたはずだ。

東京版の各紙を見ると、トップは譲ったが、『朝日』と『産経』は「森友」を1面に掲げた。『毎日』と『読売』は社会面に回されている。さすがに大阪版では、両紙も1面にもってきている。

さて、籠池氏の記者会見には彼の長男が同席していた。そこで「共産党と朝日新聞が連動して事態が勃発した」などと述べたという(3月10日付『朝日新聞』)。これぞ「逆ギレ」で、共産党と『朝日新聞』にとっては最大の賛辞だろう。

(にしかわ しんいち・明治大学教授。3月17日号)

福島第一原発事故から6年 脱原発訴え8000人が国会周辺に集結

福島の現状を訴える、いわき放射能市民測定室たらちね事務局長の鈴木薫さん。(撮影/薄井崇友)

福島の原発事故から6年、3月11日に約8000人(主催者発表)が国会周辺に集結し脱原発を訴えた。主催は、毎週金曜日に官邸前抗議をしている首都圏反原発連合(反原連)。

午後5時、国会正門前のステージでは、楽団の「ジンタらムータ」によるブレヒトがナチスにノーを突きつけた歌の替え歌が流れ、主催者のミサオ・レッドウルフさんが安倍政権打倒を訴え悪しき第三勢力の台頭を牽制した。つづいて、いわき放射能市民測定室たらちね事務局長の鈴木薫さんが福島の声をとどけた。

「まだたったの6年です。事故の時、子どもだった人たちが原発の労働者や除染作業員として働く状態が現実になっている。この現実から日本全体の責任を担う大人は逃れられない。子どもたちのために未来を少しでも明るくしたい」

そのあと、古賀茂明、佐藤学、福永正明、落合恵子各氏らの著名人と野党の政治家がスピーチ、元総理の菅直人氏をはじめ各野党は一同に登壇し共闘を誓った。フォーラム4の古賀茂明さんは「柏崎刈羽は絶対に動かさない。希望は新潟にある」と米山隆一新潟県知事への期待を述べ、福島みずほ社民党副党首も「台湾・ベトナムは止めた。日本はいま闘っている。裁判や地方自治体で止める。脱原発の知事をもっとつくっていく」と訴え大きな拍手となった。市民連合・学者の会の佐藤学さんは「皆さんの不屈の闘いが新しい政治の動きをつくり出した」と反原連の活動を讃え、他の登壇者からも同様のエールが続いた。

参加者からは「鹿児島がだめだ」と三反園訓鹿児島県知事の再稼動容認への批判(40代男性)や大統領の弾劾を勝ち取った「韓国のように自分たちも頑張りたい」との声も聞かれた(50代女性)。また、毎週金曜日の官邸抗議に参加しているグループの1人、つのいてんこさんは「デモで何が変わるの? とよく言われるがデモは社会を変える両輪の片方、もう一つは日常生活の中で価値観をシフトしていくこと。よりよい社会を求める普通の生活者として声を上げていきたい」と話した。

(薄井崇友・フォトグラファー、3月17日号)

 

東京でも「森友学園的」補助金疑惑 日本会議に所属する政治家親族の保育園

田中ゆうたろう杉並区議の家族が経営する明愛幼稚園。隣接するのが補助金疑惑の明愛保育園(東京都杉並区和田)。(撮影/三宅勝久)

“森友学園問題”が国会を揺るがすなか、日本会議に所属する田中ゆうたろう東京都杉並区議会議員(自民党、会派名・美しい杉並)の家業である幼稚園と保育園をめぐり、うさん臭い事実が発覚した。

(1)「公共目的」に使うという建前で幼稚園が国有地の払い下げを受ける、(2)その土地を幼稚園から保育園に貸し付ける、(3)保育園は杉並区に「賃借料」に対する補助金を申請する――といった複雑なやりかたで、計約4800万円(4759万2000円)の補助金が支払われていたのだ。

保育園用地に関する補助金は賃借が対象で購入の場合は認められない。制度を悪用した「値引き工作」である疑いは濃厚だ。

幼稚園の運営主体は学校法人山本学園で、理事長は田中区議の祖母・山本澄氏。田中区議は副園長である。一方保育園は社会福祉法人明愛会で、理事長は田中区議の母親・田中悦子氏。田中区議自身も理事だ。もともと一家で幼稚園を経営していたのが、2014年に保育園事業を新設。疑惑の補助金は開園作業に伴って浮上した。

【補助金取得の“からくり”】

問題の土地は東京・杉並区和田の明愛幼稚園に隣接する公務員宿舎跡の国有地403平方メートル。これを山本学園が財務省から随意契約で購入したのは2013年2月のことだ。

代金は約1億9000万円。通常国有地の売却は入札で行なわなければならないが、「公共目的」なら随意契約でも構わない。関東財務局によれば、山本学園の方から「公共目的」だとの申請があり、それを認めて随意契約に応じたという。売却金額が比較的小さいことから第三者機関である国有財産関東地方審議会にも諮られず、財務省内部で売却を決定したという。

13年11月、社会福祉法人「明愛会」の設立を杉並区が認可。理事には前教育委員で「新しい歴史教科書をつくる会」教科書の強力な推進者だった宮坂公夫氏(故人)らが名を連ねた。そして土地購入から1年もしない14年1月、明愛会と山本学園との間でこの旧国有地を賃貸借する契約が結ばれる。

やがて保育園施設の建設工事が始まる。受注したのはニッケン建設(株)。建設費は1億6600万円。工事と並行して補助金の手続きもなされる。建設関係(整備費)で約1億1600万円、加えて土地の賃借料(定期借地一時金)として約4800万円の補助金申請が区に対してなされる。賃借料4800万円の補助金申請の根拠は前述した山本学園との「賃貸借契約」だ。借地料34年分の前払い。補助金の財源は杉並区と東京都でそれぞれ半額を負担している。

補助金はすべて認められ、計約1億6400万円の補助金が明愛会に支払われる。建設費のほぼ全額を補助金でまかなった計算だ。

この補助金は保育所不足解消を目的とした制度で、「保育所の創設、改築、大規模施設整備等に要する経費」に加えて「土地又は建物の賃借料」も対象になる。しかし、「土地の買収又は整地に関する費用」は対象外だ。

つまり、かりに問題の国有地を直接明愛会が購入していれば4800万円の補助金はなかった。明愛会に土地を買うだけの資金がなければ、国有地を借りて補助金で賃借料を国に払えばよい。あるいは山本学園が、買った旧国有地を明愛会に無償で貸す、または寄付する方法もある。そうした公費支出を減らす常識的なやり方を採用せず、あえて賃貸借という手段をとったのは奇妙だ。「4800万円」が目的だったと考えるほかない。山本学園は「公共目的」を条件に随意契約で国有地の払い下げを受けた。だがじっさいは「営利目的」だから、財務省との契約に違反している可能性がある。

こんなことが見逃されてよいものか。関東財務局東京財務事務所は「国有地購入の目的が保育所だとは聞いている。それ以上は個別の案件なので……」と歯切れが悪い。杉並区保育課は「手続きが整っており、問題はない」と説明。山本学園と明愛会、田中区議に質問文を送ったが、本稿の締め切りまでに回答がなかった。

(三宅勝久・ジャーナリスト、3月17日号)

下駄の雪についた識者という泥(佐高信)

拝啓 城山三郎様

先日、早野透さんと松田喬和さんの共著『田中角栄と中曽根康弘』(毎日新聞出版)の出版記念会に出て、公明党前代表の太田昭宏氏と会いました。同党の高木陽介氏も一緒でしたが、私は2人に、
「共謀罪を通したら承知しないからな」
と浴びせました。

2人はモゴモゴ釈明していましたが、公明党が自民党にベッタリとくっついて“下駄の雪”となっているのは、およそ15年前とかわりありません。2001年から2003年にかけて城山さんは本当に鬼気迫る勢いで個人情報保護法に反対しました。それは呼びかけた私をハラハラさせるほど激しいものでしたが、この法案は創価学会の池田大作名誉会長が自民党と公明党が連立を組む際の条件としたといわれ、私たちは「権力者疑惑隠し法」だと批判しました。

当時、公明党の国会対策委員長だった太田昭宏氏は、城山さんに“理解”を求めようと「お会いしたい」と申し入れたのですね。それで城山さんが、サタカさんも一緒にと向こうに答えたら、
「その人は別の機会に」
と同行を断られました。

私がテリー伊藤さんとの共著編『お笑い創価学会――信じる者は救われない』(光文社)を出して、学会から“仏敵”扱いされていたからでしょう。

「信仰に自信がないんだね」
と城山さんは笑っていましたが、私もそう思いました。

公明党の“下駄の雪”ぶりはますますひどくなっています。共謀罪についても、それは必要と支持する「識者」も現れましたが、そういう人は下駄の雪についた泥とでも言うべきでしょうか。

紫綬褒章を断った城山三郎さん

城山さんのことは誰よりも知っていると自負していた私が脱帽した加藤仁さんの『筆に限りなし』(講談社)に、城山さんと石原慎太郎氏の遣り取りが引かれています。

一橋大学では城山さんが先輩で、文壇では石原氏が先輩という関係だったわけですが、ある時、石原氏が城山さんに、
「どうしていつまでも、あんなことにもたもたしているのですか」
と尋ねたのですね。

「あんなこと」とは天皇制のことで、それにこだわって『大義の末』(角川文庫)という小説を書き、「天皇制への対決」という評論を発表した城山さんに、石原氏は、
「天皇制なんかほっておけば消えちゃいますよ」
と言ったとか。

それに対して、講師を務めた愛知学芸大の女子学生たちが編んだ卒業文集『葵』の座談会で城山さんはこう語ったわけですね。

「僕はほっておけば消えるという気持が八〇パーセント、今まで天皇制の果たしてきた役割を書き続け、言い続けなければならない気持が二〇パーセント、それが戦中派の責任であると思う」

少年兵の体験もあって、「おれには国家というものが、最後のところで信じられない」と紫綬褒章を断った城山さんは、若いころからの読書会「くれとす」の仲間の国立大学名誉教授2人が、瑞宝中綬章を受けた時、
「そんなのもらって、うれしいのか」
と激しく毒づいたのですね。

「汚ねぇぞ」
「恥を知れよ」
と続けて、城山さんの怒りはしばらくおさまらなかったそうですが、『筆に限りなし』のこの箇所に私は呆然としました。城山さんの怒りのマグマを書き落としたと思ったのです。

城山さんが存命なら、共謀罪まで認めてしまう“下駄の雪”とそれについている泥に「汚ねぇぞ、恥を知れよ」と言うでしょう。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、3月10日号)

南阿蘇村の地獄3兄弟(小室等)

「地獄三兄弟」に会ってきた。

熊本県南阿蘇村河陽の老舗旅館〈地獄温泉 清風荘〉。地元民にとって地獄と言えば、あの地獄ではなく、清風荘のことで、「熊本県地獄」で郵便物は届くそうだ。「地獄三兄弟」とは、その〈清風荘〉を営む社長の河津誠さん(五四歳、長男)、副社長の謙二さん(五三歳、二男)、専務の進さん(五一歳、三男)たち三人、正しくは「地獄温泉の三兄弟」です。

二〇一六年四月一六日、南阿蘇村、震度七の地震。江戸時代から二〇〇年以上の歴史を誇る地獄温泉も、本震で、施設の壁にひびが入るなど大きな被害を受け、村道が土砂崩れでふさがり、宿泊客、従業員計五一人が一時孤立するが、自衛隊ヘリで救出される。

地震から一〇日後、三兄弟はそれぞれ示し合わせたわけでもなく徒歩で山をかき分け宿に向かう。泉源と水の無事を確認、敷地内は地割れができ、明治時代に建てられた本館に歪みはあれど、風呂施設も無事。再開のめどは立つ。希望を胸に、調理の腕を生かして炊き出しなど、村民のためのボランティア活動に邁進するが……。

六月二〇日、熊本に豪雨。降り続く大雨で地獄温泉にも大規模な土石流。本館も、もっとも古い「元湯」も飲み込み、被害は全体の三分の二に及ぶ。気持ちが折れかかる。村全体としても、交通流通の要所、阿蘇大橋が崩落。地元民は不自然な崩れ方だと言う。「ぐるっとどんだけ見回しても、あのサイズの崩落はあそこしかない。もっと細く小さくしか崩れないんですね、山は」と誠さんも言う。四月一四日の前震で大橋が架かる地盤は緩んでいたはず。

五月になって、〈地震発生後、南阿蘇村にある九州電力水力発電所の水路から、阿蘇大橋の方向へ二〇万トンもの大量の水が流れ出ていた〉との報道。人的崩落の側面が考えられるのに、追跡されるべきニュースは途絶えていると言う。メディアは弱り切っている。

本当の地獄になってしまった地獄温泉、笑えない。それでも、泉源と水は生き残ってくれた。三兄弟は元気だ。異口同音に言う。村の仲間たちと家族が無事なら、何だってやり直せる。最低でも三年間無収入の覚悟を決めた三兄弟は今、文字通り地獄からの生還に全力を注いでいる。

隣の「垂玉温泉 山口旅館」の山口さんにも会った。メルヘン村のペンション「風の丘・野ばら」の栗原さんにも。南阿蘇村に復興の手が届く順番は後の方だろう。待っていられない。避難所で結束も生まれた。地震から一年、新住民、旧住民一つになって、南阿蘇村の村おこしがはじまっている。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、3月10日号)

やさしさがない安倍外交(西谷玲)

国会では森友学園問題が火を噴いている。野党は徹底的に追及すべきだ。外交に目を転じれば、トランプ米大統領と安倍晋三首相は先月の訪米で蜜月関係を築けたという。トランプの無茶苦茶にはまるで意見せず、「Trumpabe」(トランペイブ、トランプ=安倍)の様相である。

さて、外交のもう一つの懸案、安倍政権の行き当たりばったり、戦略のないさまがよく表れているもの……それは、日韓関係である。

「慰安婦」問題で象徴として建てられた少女像をどうするのか、解決が見えていない。昨年末に釜山の日本総領事館前にも少女像が設置された。日本はそれに抗議して、この1月に駐韓大使と釜山総領事を一時帰国させた。

その後どうなっているかと言えば、韓国外相が、少女像撤去を要請する文書を釜山市や同東区に送っている。が、何の効果もないどころか、今月1日の、日本統治下での大規模な独立運動の記念日である「3・1節」には、各地で新たな少女像の設置、除幕式が続々と行なわれた。さらに、今計画中のものもあるという。こんな状況で大使と総領事をまた派遣させるわけにもいかず、日本政府はまさに振り上げたこぶしのやり場に困ってしまっている状況である。

ご存知の通り、朴槿恵大統領はスキャンダルで弾劾訴追され、4月にも退陣、6月にも新たな大統領を選ぶ選挙が行なわれそうである。つまり、国政の混乱状況がずっと続いており、それまで現政権は当事者能力をとても持ちえない状態なのだ。しかも、次の大統領選では文在寅氏をはじめとして、野党の候補が勝つであろう可能性が高い。文氏は「慰安婦」問題に関する日韓合意を批判しており、少女像問題に対しても撤去の必要はないという意見である。

このような情勢のなか、大使と総領事を帰国させてしまったら、その後の落としどころに困ると予測するのは容易だっただろう。それなのに確固たる戦略もなく、行き当たりばったりで対応するからこんなことになるのである。

ある元外交官が言った。「安倍外交にはやさしさがない」。

こんな状況を生んだのは、まさにこのことに起因するのではないだろうか。毅然たる、決然たる、断固たる……そんな勇ましい言葉ばかりが躍る安倍外交。しかし、外交とは何枚腰、そして硬軟両様の使い分けが必要。さらに、人の心の重さをどう考えるか、どう見えるかがとても大切だ。外交だけでなく、政治全般がそうなのだが。

元「慰安婦」の人たちが何に怒っていて、何が赦せないかといえば、突き詰めていけば、やはり心の問題ではないだろうか。やさしさ、思いやり、心の底から悪かったと思う気持ち……。それが安倍首相に見えないというのである。

「慰安婦」問題について、歴代の首相はずっとお詫びの手紙を書いてきた。確かに一昨年末の日韓合意で日本は政府から10億円を拠出することに合意した。それは画期的には違いない。いつまで謝ればすむんだ、という声もわからないでもない。首相には「嫌韓」な人々の支持が多い以上(森友学園を見よ)、あそこまで譲歩したのも画期的であるともいわれる。それも理解したうえで、でも、心が必要なのだ。これは政治家でなければできないし、一流の政治家だったらできることだ。

(にしたに れい・ジャーナリスト。3月10日号)

群馬、東京で追悼碑めぐる動き――朝鮮人犠牲者、直視せよ

追悼の言葉を述べる芦沢一明渋谷区議。3月4日、東京都慰霊堂。(撮影/山口祐二郎)

3月1日。群馬県高崎市の県立公園「群馬の森」に存在する「記憶 反省 そして友好」の朝鮮人強制連行犠牲者追悼碑について、県が碑の設置更新を不許可決定し撤去を迫ったことに対し、碑を管理する市民団体が撤去処分取り消し等を求めた訴訟の第12回口頭弁論が行なわれた。原告は、群馬の森の入口から碑まで行く様子を撮影した映像を流すなどをした。

記者会見で原告弁護団の下山順弁護士は、「県は碑が論争の対象になり憩いの場じゃなくなると主張するが、昔も現在も普通に利用者は憩いの場として使用している。また、2004年4月に開催された除幕式の動画を見る限り、県が問題としている中山敏雄氏の政治的発言はなかったことが発覚した」と話した。

朝鮮人追悼碑が設置されているのは群馬の森だけではない。東京都墨田区にある横網町公園にも、関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑が存在する。関東大震災時の混乱の中での差別煽動デマにより起こったジェノサイドで命を奪われた朝鮮人を追悼する碑だ。横網町公園内の東京都慰霊堂では3月4日、東京大空襲72周年朝鮮人犠牲者追悼会が行なわれた。多くの日本人と在日コリアンが集まり、献花をし焼香をした。慰霊堂には、東京大空襲で犠牲になった朝鮮人犠牲者の遺骨が納められている。日本の植民地支配により連行され、東京大空襲の爆撃で被害に遭った朝鮮人は推定で負傷者が4万人以上、死者は1万人を超える。主催者の西澤清氏は、「一刻も早く犠牲者の遺骨を故郷の遺族のもとに奉還する決意を新たにした」と話した。日朝友好促進東京議員連絡会代表の芦沢一明渋谷区議なども出席し追悼の言葉を述べた。

東アジアの平和と友好のために、日本は過去を隠蔽するのではなく、歴史を直視し、真摯に向き合う姿勢が必要ではないだろうか。

(山口祐二郎・フリーライター、3月10日号)