五年間で総額約一兆円もの血税を「思いやり予算」で在日米軍に供与するよりは、被災地支援に回せ。こうした内容の署名が四月一八日、国会内で政府に渡された。

 民主党内閣は昨年三月、法的根拠に基づかない在日米軍駐留費である年約一八八〇億円の「思いやり予算」を、今後五年間にわたって拠出することを決定。だが総計約一兆円があれば、東北の被災者二五万人に対し、毎月一人当たり一〇万円を三年間支給できる。

 このため、沖縄県名護市のヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表や、同市辺野古で新基地建設反対の座り込みを続けている山口洋子さんら沖縄の有志が中心となり、昨年四月から「『思いやり予算』を凍結し、その金額を被災地の支援・復興と原発災害の収束に使うべきだ」とする署名運動を開始。大田昌秀元沖縄県知事や山内徳信参議院議員(社民党)、桜井国俊沖縄大学前学長など多数の賛同人が名を連ねており、これまで約四万二〇〇〇筆が集まっている。

 一八日の要請集会では、山口さんが昨年すでに提出された一万二〇〇〇筆分を除く約三万筆を出席した外務・防衛両省の担当者に手渡し、「巨額の復興費が必要な今、なぜ米軍用の豪華宿舎や遊興施設などに使われる『思いやり予算』が必要なのか」と質した。

 防衛省の担当者が「東アジアの情勢は依然緊張しているため」などと説明を始めたところ、山内議員が「そんな役人言葉を使わず、自分の肉声で答えろ」と一喝。回答できなくなった防衛省側に代わって外務省の担当者が「在日米軍は昨年の“トモダチ作戦”で貢献している」などと述べたのに対し、同議員は「沖縄にとって米軍は『友だち』でも何でもない。せめて『思いやり予算』の半分でも被災地に回すべきだ」と抗議した。

(成澤宗男・編集部、4月27日号)

 福島県は四月二〇日、福島第一原発事故直後にSPEEDI(放射性物質の拡散予測システム)のデータを受け取りながら、県民に公開せず、削除していたことについて調査結果を発表した。

 県はこれまで、昨年三月一三日以降は原子力安全・保安院から県災害対策本部宛てにファクシミリで、一五日以降は(財)原子力安全技術センターから県災害対策本部宛てにメールでデータを受信していたと説明。しかし国は一一日二三時四九分から県原子力センターに、一二日二三時五四分から県災害対策本部にデータをメールで送信したとし、見解が違っていた。

 しかし調査により、県は県災害対策本部で一二日二三時五四分から一六日九時四五分までに八六通をメールで受信し、二一通を除き、六五通は組織で共有せずに「消失」したと見解を変えた。その原因は「防災対策本部が防護対策の検討に活用するものではないことから、取り扱いについて定められていなかった」からだと言う。

 支離滅裂な理由だが、筆者はこの件を本誌昨年七月二二日号で報じている。当時、県原子力災害対策担当者らは三月一一日深夜から未明にかけてデータをメールで受け取りながら、担当者がメールが大量であることを理由に削除し、責任者が「とても避難の予測には使えない。公表しても誤解を招く」と考えたと述べていた。

 四月二二日に同県で開催された国会事故調査委員会で、田中耕一委員が「きわどい状況になったときに住民がパニックになるだろうと、上に立つ者が大切な情報を隠してしまう」エリートパニックについて指摘していた。福島県でもそれが起きていたのではないか。緊急時に誰も適切に判断できなかったためにどのような結果をもたらし、県民が無用な被曝をさせられたのか。教訓として残さなければ、ミスは再び繰り返される。

(まさのあつこ・ジャーナリスト、4月27日号)

 石原慎太郎東京都知事が購入交渉を進める尖閣諸島の魚釣島など三つの島。その登記を過去まで辿ると、土地売買の経緯や一九三二年以前の所有者が不明のほか、右翼団体が島に建てた建築物などの登記が一切ないなど、いくつかの疑問が出てくる。

 さらに二〇〇二年以降、地主には億単位の賃貸料が政府から(つまり、われわれの税金から)支払われており、“収益物件”としての尖閣諸島の別の相貎が浮かび上がってくる。

 都が購入を計画しているのは、魚釣島(中国名・釣魚台)、北小島(中国名同じ)、南小島(同)の三島。魚釣島は沖縄県石垣市登野城二三九二番。登記によれば三六四万一九八三平方メートルの面積があり、さいたま市の素封家・栗原國起氏の所有。

 那覇地方法務局石垣支所が管理している九八年八月一二日作成の閉鎖登記簿によれば、面積は当初三六七万二三一〇平方メートルあった。三二年三月五日に、当地で鰹節工場などを営んでいたという古賀善次氏が売買によって取得したことになっているが、売買相手や価格記載はない。

 閉鎖登記なのにそれ以前の所有者名はない。七八年四月二四日に栗原氏に売却された。

 南小島は石垣市登野城二三九〇番と地番は一番若い。当初は三二万七三一〇平方メートルあり、魚釣島と登記していた。現在は三二万四六二八平方メートルに減少。七四年六月二一日に栗原國起氏が売買で取得。こちらもそれ以前の登記はない。

 九一年六月二九日に、最近マスコミに地主代理人として登場する弟の栗原弘行氏に売却されたが、〇二年に國起氏が買い戻している。

 北小島は石垣市字登野城二三九一番。二五万八八四二平方メートルと三島の中では最小。当初は二六万一〇〇〇平方メートルあった。こちらも魚釣島の登記が残る。南小島と同じ経緯で売買の記録があり、七四年六月二一日以前の登記はない。

 栗原國起氏は魚釣島で鰹節工場やアホウドリの羽毛採取をしていた古賀家と親交があり、これらの島を譲り受けたと言われる。魚釣島には鰹節工場や関連施設以外にも住宅などの廃屋、右翼団体日本青年社が建てた魚釣島灯台、尖閣神社が、北小島には北小島灯台が存在するが、これらの登記はなく、手続きが明らかでない違法建築物の疑いが濃厚だ(注)。

 栗原家はほかに久場島(中国名・黄尾峡)も所有しているが、久場島を除く前記三島は、靖国神社への参拝を繰り返した小泉政権時の〇二年四月一日から国と賃貸契約を結んでいた。政府は以後毎年、魚釣島に二一一二万三四九二円、南小島に一八八万二八三六円、北小島に一五〇万一二七二円、合計二四五〇万七六〇〇円を支払っている(賃料は〇六年以降のもの)。

 小泉政権時の賃貸契約は「尖閣諸島の平穏且つ安定的な維持管理」(一〇年一〇月二一日、国会内閣委員会での仙谷由人官房長官・当時の答弁)が目的とされているが、違法建築物で脱税の疑いもあるこの島にこれほどの税金投入が必要なのか。

 栗原國起氏への賃貸料は今年度末までに累計二億六二五〇万八八四八円。土地の固定資産税を支払ってもなお余りある。登記上は「原野」と記され、電気、ガス、水道もない尖閣諸島は、実は莫大な利益を生み続ける“収益物件”だったのだ。

 栗原家はさいたま市大宮公園の近くで菱屋会館という結婚式場を営んでいたが、会館は一時新興宗教団体の研修施設に提供されていた。社名も七五年一一月二〇日に菱屋興産オート株式会社となり、自動車の販売や不動産取引業にシフトしている模様だ。

(注)古賀家の鰹節工場は久場島にあったとする異説もあるが、関連施設も含めて建物登記は一切ない。また一九七八年に右翼団体日本青年社が建てた魚釣島灯台は、二〇〇五年二月一四日付官報四〇三二号の海上保安庁告示三七号で正式な灯台として公示された。日本青年社はホームページや機関誌『青年戦士』三九八号(同年七月二五日発行)で政府譲渡を明らかにした。ただし北小島灯台、尖閣神社は明らかでない。

(和仁廉夫・ジャーナリスト、4月27日号)

肌寒い雨模様の中、テント内で抗議のハンストを続ける市民ら。4月23日。(撮影/弓削田理絵)

 関西電力大飯原発(福井県おおい町)の再稼働に反対する市民たちが、四月一七日正午から経済産業省前テントひろばでハンガーストライキを行なっている。初日には、作家の落合恵子さんやルポライターの鎌田慧さんらが応援に駆けつけ、その後も澤地久枝さん(作家)、服部良一さん(社民党衆議院議員)ら国会議員も訪れているという。

 二〇日でハンスト四日目に入った江田忠雄さん(9条改憲阻止の会)は、今回のハンストの意味を「これまではデモや集会に参加して、(自宅に)帰って、ビール飲んで、ということを繰り返していた。食事を断つことで自分の意思を再確認する場でもある」と言う。そして、五月五日の「子どもの日」には、子どもたちに“原発ゼロ”をプレゼントにすることが一つの目標だと語る。

「原発いらない福島の女たち」の森園かずえさんは、体力的なことで食事を摂っているが経産省前に座り込んでいる。ただ、忙しくて食べる時間がないため「半(日)ストライキ」だと言って笑った。福島では放射線があることが日常となり、「高線量地域から少し線量の低い地域にくると、大丈夫だと思ってしまう人がいる」状況を危惧する。

 一方、二一日・二二日に福島県で開催された国会事故調査委員会では、委員会終了後、浪江町住民と大熊町住民とのタウンミーティングが行なわれた。「私たちと同じような経験を二度としてほしくない」と大熊町住民。福島原発の事故でいまだ避難を余儀なくされている両住民からは、事故原因も解明されず、いまだ収束していない段階での原発再稼働に対して疑問や憤りの声が聞かれた。

 福島を無視して再稼働を急ぐのはなぜなのか。ハンストは、現在国内で唯一稼働する北海道電力泊原発(北海道泊村)が停止する五月五日まで行なう予定だ。

(弓削田理絵・編集部、4月27日号)

東京電力放射能汚染事件の責任を追及する福島地検への集団告訴が6月にも予定されている。参加する人々の思いを7回にわたって紹介する。

「責任の重さを感じつつ」 福島原発告訴団長・武藤類子さん(58歳)

 どうして東京電力の責任において除染は行なわれないのだろう。どうしてSPEEDIの情報を隠した人が何の責任も問われないのだろう。どうして原発の再稼働は、安全性を軽視してきた同じ役人が判断する立場にいるのだろう。どうして放射能「安全」キャンペーンにより人々に無用な被曝を負わせた人が、健康調査の責任者なのだろう――。

 震災から1年。どう考えても不思議で理不尽な話が福島県で起こり続けています。人々はそれに翻弄され、がっかりし、疲れ果て、「そんな話はもう聞きたくない」と、放射能への警戒心を手放していきます。癒やされず、解消もされない悲しみと怒りが、やるせないあきらめとなって県内に漂っているような気がします。「復興」という言葉が空しく県内をこだましています。

 私は、福島県田村市で飲食店を経営していました。手作りの野草茶や、家庭菜園で作った野菜、近くの山で採れる山菜や木の実を調理して、店のメニューにしていました。店では、山から切り出した木を薪ストーブで燃やし、暖房にしていました。東京電力が引き起こした原発事故で、そのすべてが安全ではなくなり、店は休業せざるを得ませんでした。

 このままでは前に進めない。この原発事故の原因はどこにあるのか、誰にあるのかをしっかりと調べ、明確にしてほしい。そして、その責任をきちんと追及してほしい。それを訴えていくことが、次世代に対する私たちの責任だ――そんな思いが、私たちに刑事告訴を決意させました。人の罪を訴えるということは、同時に自分たちの責任も問われるものでもあるような気がしています。告訴団長を引き受け、責任の重さを両肩にずっしりと感じつつも、事故でいったんバラバラにされた大勢の福島県民が新たにつながる機会にしたいと、前向きに考えていきます。

 それぞれの福島県民が原発事故で受けた被害をしたためた陳述書を書き、訴えていくこの刑事告訴が、事故の責任を明確にするだけでなく、県民一人ひとりの力を取り戻す大切な機会にもなると考えています。そして、市民の苦しみを直視せず、なお原発を推進し、利権をむさぼろうとしている巨大な力にくさびを打ち込み、新しい価値観の21世紀を築くことになると信じて、取り組んでいきます。

(まとめ・明石昇二郎(ルポライター)、4月20日号)

軽快なリズムにのったリーダーの一声に、すかさず十数人の男女が応える。伝統的な掛け合い芸能。(撮影/松村洋)

 東京・日比谷公園で四月一五日、ビルマ(ミャンマー)の伝統芸能タンジャが行なわれた。

 ビルマの四月はティンジャン(ダジャン)の季節。伝統暦の新年を迎えるにあたって、水をかけ合う陽気なお祭りだ。東京では水は飛び交わないが、ビルマ料理の屋台が並び、大勢のビルマ人でにぎわった。バンド演奏や伝統舞踊が続き、最後を飾ったのが、在日ビルマ人のミンガラードウ舞踊団による恒例のタンジャだ。

 タンジャの真髄は自由な風刺にある。本国では軍事政権が上演を禁じてきたが、国会補欠選挙で国民民主連盟(NLD)が圧勝した直後の今年は、その禁が解けた。民主化は少し前進したかに見えるが、舞踊団のウ・ウィンシュエ団長は「日本で難民申請した人の多くはまだ安心していません。タンジャで毎年、軍を批判してきたけれど、今年も今の“民主化”を信用しないで、というのがぼくらのメッセージでした」と言う。

 切れ味の良い掛け合いや替え歌で権力者の嘘を楽しく撃つ。タンジャのような知恵と技が、じつは日本にも今必要なのではないか。

(松村洋・音楽評論家、4月20日号)

 前田武志国土交通相は、本誌四月六日号の記事「八ッ場ダムの再開決めた前田国土交通相の事情」(永尾俊彦氏)が気になるらしい。同記事は、前田大臣がかつて「遊水地をつくったら八ッ場ダムはいらんやないか」と語ったとしている。

 前田大臣は「(利根川と)鬼怒川の合流点までに田中、菅生、稲戸井の遊水地がある。あそこのことが『週刊金曜日』に書いてあるんだよ」と、四月一一日、筆者との単独会見で自ら語り始め、遊水地は千葉県柏市などその下流域の地には治水効果があるが、「東京や埼玉には効果がない」と弁解した。

 前田大臣はこの日、岐阜県の下呂市長選前に下呂建設業協会に対して「年来の同志が立候補する」との挨拶文を国交省の封筒で送った問題で、追及を受ける日だった。

「公職選挙法違反だ」との批判を浴びることになったが、こうした中で単独会見を設けるとは、よほど弁解したかったのだろう。

 筆者は、審議の非公開性などについて質問していたが、約束の時間が過ぎたところで冒頭の弁解が始まった。紳士的に墓穴を掘ってくれた、としか言いようがない。

 前田大臣が「遊水地は、都市部に近ければ近いほど治水効果がある」と永尾氏の取材でも答えているように、守りたい地から近いところでなければ治水効果はない。都心からの距離が、遥か遠い群馬県で造る八ッ場ダムの治水効果が低いことは、国交省資料でも明らかだったが、前田大臣は、八ッ場ダム不要発言を自らの言葉で裏付ける形となった。

(まさのあつこ・ジャーナリスト、4月20日号)

 大阪高裁(坂本倫城裁判長)は四月一二日、行政上の水俣病認定を熊本県に求める裁判で勝訴した原告女性(大阪府在住)を逆転敗訴とし、一審を覆した。この女性は、二〇〇四年の関西訴訟最高裁判決で、(司法上の)水俣病と認められていたが、熊本県による水俣病認定を求めていた。女性は上告する方針だ。

 争点の一つは一九七七年(昭和五二年)に環境庁環境保健部長が通知した、複数の症状の組み合わせを認定の条件とする「52年判断条件」の妥当性だった。一審では感覚障害だけでも水俣病とする原告女性の訴えを認め、52年判断条件には医学的根拠はないとした。

 ところが今回の大阪高裁判決は52年判断条件を是認した。今年二月には別の訴訟で、感覚障害のみでも水俣病だと認定する福岡高裁判決が出ており、大阪高裁は52年判断条件の見直しを迫るこの間の流れにストップをかけた格好だ。

 判決の内容次第では、水俣病の幕引きを計りたい環境省のもくろみが崩れるおそれがあった。同省は現在、特別措置法による「救済策」の周知に力を入れている。これは、従来からある補償の手厚い行政認定とは別の制度で、訴訟や行政認定申請の取り下げが条件。感覚障害だけでも行政上の水俣病が認められるとなると、特措法による救済よりも行政認定を選ぶ人が増えかねないからだ。

 二〇一〇年五月以来、五万人以上が申請をしている救済策だが、窓口は七月末まで。その後名乗り出る被害者の対応について同省の大坪寛子特殊疾病対策室長は一三日、同省を訪問した原告弁護団らに、行政認定制度があると説明した。

 しかしここ数年の熊本県による認定件数が毎年〇~二人であることから、環境省が52年判断条件に固執する限り、今後も切り捨てられる人が続出することは目に見えている。行政認定に比べ条件のゆるい救済策の申請期限延長を希望する声も上がっているが、環境省に見直しの動きはない。

(奥田みのり・ライター、4月20日号)

 停止中の浜岡原発がある静岡県御前崎市の市長選は四月一五日に投開票され、農・漁業団体や町内会組織、連合静岡、中部電力等の支持・推薦を受けた石原茂雄現市長が投票総数の五七%にあたる一万二〇一八票を獲得し再選された。

 対立候補の一人、水野克尚氏は中電・浜岡原発の再稼働に関し、三月三一日に内閣府が南海トラフ大地震による津波予想を発表するまでは曖昧な態度だったが、発表後は再稼働反対を鮮明に。しかし結果は六八四〇票。共産党推薦で再稼働反対・永久停止を一貫して掲げ続けた村松晴久候補は一八九一票で惨敗という結果になった。

 世論調査などでは、浜岡原発の再稼働に反対する市民が七割を超えていたことから、マスコミはいっせいに再稼働か永久停止かを御前崎市民が選択する選挙になる、などと報じてきた。だが、結果的に御前崎市民は、再稼働問題を避けて従前どおりの地域利益優先型、地縁型候補を選んだと言える。

 再選した石原候補の「再稼働問題は中電の津波対策が完成し、国の安全確認を待って市民が決定すればよい」という巧妙な争点隠しが奏功し、経済政策を中心にとりあげた戦術が成功した形だ。

 これと並行して現職の強みを生かし、自治会組織や各業界団体等の徹底した囲い込み戦術を展開。自民党、民主党など二大政党の衆参国会議員、自治体議員の大半が応援に入り、中電労組を核とする連合静岡が行動部隊となって人海戦術を敢行した。

 極め付きは中電役員が堂々の激励支援。結果として御前崎市民はこの選挙を浜岡原発の再稼働か廃炉かを選択する選挙にすることを避けることで、再稼働に有利な状況作りに加担してしまったのだ。

 このことは、反原発の市民運動が現地の人々に、危険が切迫している現実を伝えきれていないことの裏返しでもある。

(白鳥良香・浜岡原発を考える静岡ネットワーク、4月20日号)

 韓国で四月一一日、四年に一度となる総選挙の投開票が行なわれ、三〇〇議席(小選挙区二四六、比例代表五四)のうち、保守与党セヌリ党が一五二議席を獲得。劣勢との事前の予想を覆し、単独過半数を確保した。一方、総人口の半数が集中するソウルなどの首都圏では革新系の野党候補が圧勝。無党派層の多くが保守陣営に批判的であることを示した。

「党を信じ支持してくれた国民に感謝します」。総選挙から一夜明けた一二日、セヌリ党のトップを務める朴槿恵選挙対策委員長は、記者会見で支持者への謝辞を述べた。現有の一六二議席よりは減らしたものの、過半数の確保にメディアは「大逆転勝利」(朝鮮日報)などと報じ、韓国初の女性大統領を目指す朴氏が、大統領選に向けた足場固めに成功したと記した。

 朴正熙元大統領の娘として高い知名度を誇る朴氏は、総選挙の公認選びで多選議員を引退させ、多くの新人を抜擢することで党改革をアピール。不正事件などで窮地に陥った党を立て直した「救世主」として党内をほぼ完全に掌握した形だ。

 最大野党の民主統合党は、李明博政権下で社会格差が拡大、雇用も悪化したと主に経済政策を批判し、政権への審判を争点に掲げた。だが、李大統領と距離を置き、社会福祉を充実する政策を打ち出したセヌリ党を前に、思った以上の支持が伸びず、議席を伸ばしたものの与野党逆転には至らず、韓明淑代表が辞任するに至った。

 だが、首都圏一一二議席のうち、セヌリ党が獲得したのは四三議席。首都圏の無党派層は反保守の傾向があり、インターネットを通じた情報発信にたけており、投票率が上がると野党側に有利に働くとの見方が一般的だ。

 大統領選は議員選挙より投票率が高くなるため朴氏にとっては脅威となる。また、セヌリ党地盤の南部釜山では、故盧武鉉前大統領の秘書室長だった文在寅氏が民主統合党から出馬して当選するなど、保守地盤に風穴をあけたのも注目だ。野党の大統領候補には、文在寅氏のほか、若者を中心に人気の高い安哲秀ソウル大教授への期待感が高く、一二月の大統領選を控え、各党の候補者選びなど、韓国政界は動きが一層慌ただしくなる季節を迎える。

(北方農夫人・ジャーナリスト、4月20日号)