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辺野古埋め立てに加担しない――土砂採取地の闘い冊子に

冊子は1冊500円(カンパ)。問い合わせは全国連絡協議会事務局(TEL 086・243・2927)。(撮影/平野次郎)

冊子は1冊500円(カンパ)。問い合わせは全国連絡協議会事務局(TEL 086・243・2927)。(撮影/平野次郎)

沖縄県名護市の辺野古新基地建設の埋め立てに反対する「辺野古土砂搬出反対全国連絡協議会」が、各地の土砂採取予定地の闘いを冊子にまとめた。タイトルは「どの故郷にも戦争に使う土砂は一粒もない」。

沖縄防衛局によると、埋め立て用土砂の総量約2100万立方メートルの大半は鹿児島、熊本、長崎、福岡、山口、香川各県の計13カ所の採石場から搬出する。この計画に対し「環瀬戸内海会議」と「自然と文化を守る奄美会議」が中心になって昨年5月、全国連絡協議会を設立。土砂採取地を抱える他の地区でも搬出反対の組織が次々と生まれ、沖縄からは「本部町島ぐるみ会議」などが加わった。全国協議会への参加はこれまでに18団体を数え、本土と沖縄のすべての採取地がつながった。冊子はこの1年の10地区の取り組みを紹介する。

熊本県天草市の採石場では、「あまくさ九条の会」の呼びかけで「辺野古土砂搬出反対熊本県連絡協議会」が発足。採石場が以前、高レベル放射性廃棄物最終処分場の候補地になったこともあって運動が広がり、採石会社に搬出反対を申し入れるなどの行動を続けている。

山口県では瀬戸内海の2島が採取地。上関原発建設に反対する市民らが「原発も新基地建設も民意を無視する構造は同じ」と訴え、「『辺野古に土砂を送らせない!』山口のこえ」を結成。2島の砕石会社が北九州市の採取地の3社と同じ系列であることを突き止めた。

土砂採取地ではないが三重県津市では、鉄筋コンクリート製の巨大な箱に土砂などを詰めて海に沈めるケーソンを製造する工場があることがわかり、「辺野古のケーソンをつくらせない三重県民の会」ができた。「何も知らされないまま新基地建設に加担させられる」として、県民や工場労働者に広く知らせるビラ配りなどの運動を展開している。

(平野次郎・フリーライター、6月10日号)

「軍学共同」反対、「今が正念場」――日本の科学を軍事に売るな

5月29日、京都大学で開かれた「『軍学共同』反対シンポジウム」。(撮影/土岐直彦)

5月29日、京都大学で開かれた「『軍学共同』反対シンポジウム」。(撮影/土岐直彦)

防衛省が大学・研究機関を軍事研究に誘う制度を昨年度から設けたことに対し、反対の動きが広がっている。5月29日には、「『軍学共同』反対シンポジウム―平和のための学術を求めて」が京都大学で開かれ、日本の科学の軍事化阻止には「今が正念場」との強い危機感が共有された。戦争協力の苦い経験から軍事研究は絶対にしないと誓った科学者の歩み(日本学術会議総会の1950・67年声明)が突き崩されかねないからだ。

シンポは、「安全保障関連法に反対する学者の会」が主催。防衛省による「安全保障技術研究推進制度」に応募する大学も出てきたため、「戦争への反省をもう一度肝に銘じるべき」と開かれた。

防衛省の公募は民生技術の軍事転用と大学・研究機関との連携を戦略的に強化する狙い。対象の研究は「将来の装備品に適用できる可能性のある萌芽的な技術」。武器への利用は明らかだ。15年度は109件(大学関係58件)の応募で、9件(同4件)が採択された。予算は3億円。今年度は6億円に増額された。日本版「軍産学複合体」形成への動きと懸念される。

シンポで基調講演した池内了名古屋大学名誉教授は、防衛省は04年度から民間との「技術交流」を着々と進めており、「軍学共同」では軍事研究の「下請け機関になる」と明言。軍事・民生両用にわたる科学技術協力について、「どこからカネが出ているのかが判断基準だ」と安易な応募に釘を刺した。

また金子元久筑波大学教授は、大学に対する運営費交付金削減による構造的な研究資金不足が「軍学共同」研究にも手を挙げさせる深刻な背景を浮かび上がらせた。

「軍学共同」をめぐっては、大学教授らでつくる2団体が反対の署名運動を展開。4月下旬には、2団体が共同記者会見、大学関係者と科学者に警鐘を鳴らすとともに、安倍政権による武器輸出原則容認が問題の背景にあると指弾した。

(土岐直彦・ジャーナリスト、6月10日号)

歴史学会が「慰安婦」問題で声明――日韓合意「決着ありえない」

声明を読み上げる歴史学研究会の久保亨氏(右端)。(撮影/片岡伸行)

声明を読み上げる歴史学研究会の久保亨氏(右端)。(撮影/片岡伸行)

「慰安婦」(=日本軍性奴隷)問題をめぐる日韓合意(2015年12月)に対して、歴史学会が学問的立場からNOを突きつけた。合意から約半年、日本国内での決着ムードが漂う中、歴史学関係15団体は5月30日、「『慰安婦』制度の責任を曖昧にし、当事者を置き去りにしたままの決着はありえない」などとする「声明」を発表し、衆議院議員会館内で会見した。

声明ではまた、桜内文城氏(当時「日本維新の会」衆議院議員)の「捏造」発言を容認した「吉見裁判」(歴史学者の吉見義明中央大学教授を原告とした裁判)の判決(1月20日)について、名誉毀損を認定しながら「意見ないし論評」だとして免責した「不当な判決」だと指摘。歴史学会として「見過ごすことはできない」とし、司法のあり方に危機感を示した。

会見には、声明原案をまとめた歴史学研究会の久保亨・前委員長、同・石居人也事務局長、歴史教育者協議会の桜井千恵美事務局長、同・丸浜昭副委員長、埼玉学園大学名誉教授で歴史科学協議会の服藤早苗委員長、それに吉見裁判支援の会の加藤圭木事務局長が出席。声明は3月から準備し、83団体が加盟する日本歴史学協会を通じて賛同を呼びかけたもの。

日韓合意で「関与」と曖昧にされている日本政府と軍の役割は「主導」であり、女性たちが強制的に連行され、自由を奪われた「慰安婦」制度の本質は性奴隷制度であることがこれまでの歴史研究で実証されている。にもかかわらず、政府間で一方的に「解決」を宣言し、教科書からも「慰安婦」問題の記述が削られる事態が進行していることを憂慮。「議論を封殺するかのごとき手法では、抜本的な解決はありえない」と指摘した。

5月31日には吉見裁判の控訴審がスタートしたが、日韓合意をめぐる声明とこの裁判は、いずれも歴史修正主義の動きを危惧する歴史学会からの“申し立て”である。

(片岡伸行・編集部、6月10日号)

「イラク戦争公聴会」で柳澤協二氏、安保法危機感から――「生きているうちに」と証言

「第1回イラク戦争公聴会」で証言する柳澤協二氏。東京・千代田区。(撮影/林克明)

「第1回イラク戦争公聴会」で証言する柳澤協二氏。東京・千代田区。(撮影/林克明)

5月31日、衆院第一議員会館国際会議室で「第1回イラク戦争公聴会」が開催された。検証委員会は、専門家、市民、国会議員有志で構成される。

冒頭、総合司会を務めた検証委員でジャーナリストの志葉玲氏は、「昨年来の安保法制の審議は、戦争の実態からずれている。それは、イラク戦争そのものと日本が関わったことをきちんと検証していないからだ」と、民間主導の検証委員会設置の意義を訴えた。

海外では、詳細な検証を行なっている例もある。自衛隊が派遣されたサマーワ近辺で軍に治安維持活動をさせたオランダ政府は2009年3月、元最高裁長官を中心とした検証委員会を設立し、10年1月にはイラク戦争を支持したオランダ政府の判断は正当化できないと結論づけた。

英国は下院外交委員会に二つの独立調査委員会で検証したものの、野党やマスコミから追及が甘いと厳しく批判され、首相と議会の承認のもとで09年7月に「イラク戦争検証委員会」を設置した。ブレア元首相ら政権中枢にいた人物が公開の公聴会で証言し、その様子はネットでも見られる。今年7月に膨大な報告書を出す予定だ。

翻って日本は、外務省が12年に検証結果を4枚の報告書にまとめただけ。「政府がきちんと検証する様子は今のところないから、自分たちでできることから着手したい」(前述・志葉氏)ということだ。

【「だからこそ検証が必要」】

初回の証言者は、小泉純一郎政権で内閣官房副長官補でイラク開戦時は防衛研究所長だった柳澤協二氏。政治と軍事をつなげる役割を果たしてきた人間として「生きているうちにしゃべりたい」と、ざっくばらんな態度で語り、検証委員の質問にも真摯に答えた。

「いまこそ検証する意義がある。成立した安保法によって自衛隊員が戦闘の当事者になる可能性があるからです。アメリカ兵士のPTSD(心的外傷後ストレス障がい)が問題となっており、自衛隊員が帰国後に精神的に崩壊しないとも限らない。軍の崩壊は日本社会の崩壊につながる」と強い危機感を持ちながら柳澤氏は続けた。

イラク開戦の最大の理由であった、イラクが大量破壊兵器を保持していたからという点はどうか。当のアメリカも、そのような証拠はなかったとすでに認めている。では、嘘をついてアメリカやイギリスはイラクを攻撃したのか。

「『嘘ついたのではなく、みんなが間違えた』という趣旨のことをブッシュ元大統領は語っている。(多くの情報が結果的に誤っていたのは事実、とブッシュ氏は05年12月に明言している)。だからこそ検証が必要なのです。

情報機関と政策決定者の関係は重要だ。一方、軍や政治は戦争が避けられないなら準備をしなければならない。すると『大量破壊兵器があるとはいえない』から何度かやりとりして『ないともいえない』となり、それを繰り返していくうちに、『ある』ことが前提でことが進められてしまうのです。警告を発するのも情報機関の役割だが、いつしか政策決定者を喜ばす情報=大量破壊兵器持っている、と伝えてしまう。こういうことが重なり、サダム・フセインが大量破壊兵器を持っていると私も信じていました」

国際法違反との指摘には、「当時から国際法違反だと認識していた。しかし、アメリカを誰も止められない。(金だけ出したと批判された)湾岸戦争時のトラウマからも抜けだせなかった。アメリカのおかしさを口にしたら、仕事はできない状況だった」と率直に述べた。

さらに、イラク戦争直前に全世界で1000万人の反戦デモが起きたときも「そんなの関係ねー、国会追及の答弁づくりのほうが大事、という雰囲気だった」と官僚たちの本音を語ったことも印象的だった。

公聴会は1カ月に1度のペースで開き、1~2年で報告書をまとめる予定だ。

(林克明・ジャーナリスト、6月10日号)

民主的意思決定経ず、独裁化する安倍首相と今井首相秘書官――「リーマンショック前」の裏側

資料を説明する玉木雄一郎衆院議員。6月1日、東京・千代田区。(撮影/横田一)

資料を説明する玉木雄一郎衆院議員。6月1日、東京・千代田区。(撮影/横田一)

安倍首相の消費増税延期に対して、民進党が徹底追及をスタートさせた。6月1日の首相会見を受けて、それまでサミットで配布された文書を調査していた「『リーマン・ショック前夜』検証チーム」を、「安倍政権公約違反調査チーム」に名称変更。首相の側近である今井尚哉首相秘書官に出席要請をしながら、安倍政権の独裁的体質を浮彫りにしようとしているのだ。

調査チームの玉木雄一郎衆院議員は、「これは世界経済の危機ではなくて、日本の統治機構、民主的意思決定プロセスの危機といえます」と強調した上で、こう続けた。

「サミットで各国首脳に配布されたA4で4枚の文書には、英語版と日本語版があるのですが、日本語版には全ページに『リーマンショック』という文言が入った解説が加えられていた。新興国の景気減速と08年のリーマンショックを並べることで世界経済のリスクを強調、アベノミクスの失敗を新興国の要因にツケ回して、増税延期を正当化する内容でした。

問題の文書は、詐欺師まがいの代物。サミット前の月例経済報告には「世界の景気は、弱さがみられるものの、全体としては緩やかに回復している」と楽観的に捉えていたが、配付文書には「悲観的予測」が並ぶ。「世界のエネルギー・食料・素材など商品価格はリーマンショック前後の下落幅である55%と同じ」「新興国の投資伸び率はリーマンショックより低い水準まで低下」という具合だ。この文書を配布して安倍首相はサミットでリーマンショック級の経済状況を共有しようとしたが、キャメロン英国首相に「危機とまで言うのはいかがなものか」と一蹴された。

【今井氏関与の真偽答えず】

この検証チームの5回目会合が開かれた1日、関係省庁の官僚が出席する中、玉木氏らは「『リーマン資料』極秘準備 経産主導、財務・外務反発」と銘打った同日付『毎日新聞』の記事の事実関係について問い質した。関連部分は以下の通りだ。

「(文書の)作成は経済産業省出身の今井尚哉・首相政務秘書官と菅原郁郎・同省事務次官らの『経産省ライン』が主導したとされる。ペーパーは、サミット開幕を2日後に控えた24日、首相官邸で開かれた関係省庁の『勉強会』の席上、突然配布された。予定通りの増税実施を求める財務省にとっては『寝耳に水』(幹部)。(中略)麻生太郎副総理兼財務相は『何がリーマン・ショック前だ。変な資料作りやがって』とうなった」。

しかし「『毎日』の記事は事実か、それとも誤報なのか」という質問に対し、官僚たちは今井氏の関与の真偽を答えようとしなかった。サミット関連文書を取りまとめた外務官僚はもちろん、財務官僚も経産官僚も「政策の調整プロセスについては逐一お答えしない」と繰り返すだけだった。

玉木氏は呆れた。「今井秘書官を中心として資料を極秘に作成し、外務省も内閣府も他の関係省庁も知らされずに、5月24日の勉強会で知らされたのが本当だとしたら、総理の意向を受けた一部の人たちだけで説明資料を作成、民主的過程を経ずに独断で政策を一夜にして変えてしまうことになる。近代民主主義国家にあってはならないことだ」。

山井和則衆院議員もこう批判した。「予算委員会の審議で首相が増税と繰り返し答弁したのに、国会が終わってから全部引っくり返した。『国会で説明はしない。選挙で信を問う』というのでは、民主主義国家ではないでしょう」。

しかし2日と3日の調査チームの会合への出席要請を受けた今井氏は、理由も言わずに欠席。しかも、消費増収分を充てるはずだった社会保障の充実のうち、何をやめて何が残るのかについても厚労省の担当者は「年末の予算審議で検討」と不明確なまま。

「今井氏は『(文書を)示すと言ったら示す』と外務省関係者に発言したと『毎日』は報じましたが、強権的体質の今井氏は安倍首相とよく似ている。官邸独裁政治という状態です」(玉木氏)

日本の意思決定過程(民主主義)が危機的状況にあるのは確実だ。

(横田一・ジャーナリスト、6月10日号)

袴田事件、新たな証拠捏造疑惑――「脛の傷は逮捕後に」

袴田事件(1966年6月)の再審を求めている元プロボクサー袴田巖さん(80歳)が、逮捕後に「犯行時に被害者に蹴られてできた」と供述した右足の脛の傷が、逮捕当日の身体検査調書などに記載されていないことが分かった。弁護団は証拠捏造の疑いを指摘。「死刑判決の事実認定に重大な誤りがあった」として、改めて再審開始を求める意見書を5月16日に東京高裁へ提出した。

医師の鑑定書によると、右足脛の傷は4カ所で、長さ1・5~3・5センチ。袴田さんがいったん犯行を「自白」した二日後の66年9月8日に確認された。その約1年後に発見された「5点の衣類」のズボンには右足脛の位置に「2・5×4センチの、裏地にまで達する損傷」があり、傷は衣類が袴田さんの犯行着衣だと認定する重要な根拠になった。

しかし、今年3月に検察が開示した逮捕当日(8月18日)の静岡県警の身体検査調書には、7カ所の傷の記録があったものの脛の傷は書かれていなかった。弁護団が調べたところ、同日の医師による鑑定書や、留置場に収容した際の留置人名簿にも、記録はなかった。

弁護団は「傷は逮捕後にできた」と結論づけ、「ズボンの損傷が脛の傷に合わせて作られた可能性をうかがわせる」と主張。5点の衣類が「捏造された疑い」に触れた2年前の静岡地裁の再審開始決定をもとに「捏造の可能性が一層高まった」と述べている。

逮捕当日の身体検査に9月と同じ警察官が当たっていたことも判明したため「警察は脛の傷が逮捕後にできたと知っていた」と強調し、傷が「警察官から暴行を受けて生じた可能性」にも言及した。

弁護団は逮捕当日の右足脛の写真を開示するよう求めたが、検察は「見当たらない」と回答。西嶋勝彦・弁護団長は「逮捕時に傷があった証拠は示されず、この問題は決着がついた」と自信を見せた。

(小石勝朗・ジャーナリスト、6月3日号)

横浜入管でまたも人権侵害か――医療妨害や暴力行為

外国人への深刻な人権侵害が続く東京入国管理局横浜支局(横浜入管)。2010年、この収容所から強制送還されたガーナ人男性が、空港で入管職員に制圧行為を受け死亡した。昨年8月にも、イスラム教徒の被収容者に豚肉を提供するという事件があり、マスコミ報道された。

そんな横浜入管でまたもやひどい人権侵害の疑いである。「仮放免者の会」がブラジル人男性Aさんに面会して聞き取ったところ、体調不良のために外部の病院に複数回受診した際(入管に医師の常駐はなく、被収容者が外の病院での受診を希望してもなかなか認められない)、診察に立ち会った入管職員に治療を妨害されたという。職員は医師に「血液検査だけして下さい。他の検査はしなくていい」と言ったり「入管は予算で動いている。予算がない」などと言ったという。どのような検査・治療を行なうかは、医師と患者本人が相談して決めるべきもの。職員の行為は無資格者による医療行為に当たり、違法である。

さらに、Aさんは、入管職員に暴行を受けたと主張する。4月26日、居室に突然入ってきた入管職員が、Aさんに別の部屋に移れと言ってきた。Aさんは移る理由を尋ねたが、職員はそれには答えず、Aさんの腕を持って強く引っ張り無理やり部屋の外へ出そうとした。Aさんは抵抗したが、その際、手首と唇が切れて出血した。「仮放免者の会」はAさんに面会して、けがの状態と、着ていたTシャツについた夥しい血痕を確認している。

「仮放免者の会」が5月13日に行なった申し入れに対して、横浜入管は、職員が医療妨害したというのは「あくまで本人の主張」、暴行については「職員が腕を掴んだ事実はあるが、血がどこから出たのかはわからない」などと主張している。横浜入管は説明責任を果たすべきである。密室の人権侵害は終わらせなければならない。

(永野潤・仮放免者の会、6月3日号)

沖縄事件、「女たちは怒っている!」

会場には日米地位協定改定や基地撤去を求める声が渦巻いた。5月26日、東京千代田区。(写真/坂本洋子)

会場には日米地位協定改定や基地撤去を求める声が渦巻いた。5月26日、東京千代田区。(写真/坂本洋子)

元米国海兵隊員の軍属が沖縄で女性を強かんし殺害した事件を受け、参議院議員会館で5月26日、「女たちは怒っている! 沖縄女性殺害に関する緊急集会」が開催され、約300人が参加した。

沖縄からの報告を行なった参議院議員の糸数慶子さんは、「基地があるがゆえの米軍による事件や事故が絶えない。事件が起きるたびに『綱紀粛正』『再発防止』と言うが、もう聞き飽きた。講じられた対策がちっとも役に立っていない」と述べ、日米地位協定の改定と辺野古新基地建設中止、米軍基地の全面撤去を求めた。

集会には、米兵による神奈川でのレイプ被害者のキャサリン・ジェーン・フィッシャーさんも参加し、自身の体験を通して地位協定の問題を指摘、改定を強く主張した。

ジェーンさんが被害を振り返り、「沖縄で起きていることと同じで、みんなが私のことを無視した。裁判にも一人も来てくれなかった。私はいつも一人だった」と、涙ながらに訴えると、会場からすすり泣く声が聞かれた

作家の落合恵子さんは、「あと何度憤りと悲しみにみちた集会を行なわなければならないのか」と声を震わせた。

女たちの戦争と平和資料館の池田恵理子さんも駆けつけ、戦時性暴力と安倍政権を批判した。最後に、在沖米軍基地の全面撤去を求めるアピールを採択した。

(坂本洋子・フリージャーナリスト、6月3日号)

「ニッポン一億総活躍プラン」で給付型奨学金は先送り――参院選若者対策メド立たず

政府が31日に閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」は少子化をにらみ、「次世代育成支援」を柱に据える。しかし、目玉と目されていた、返済不要の給付型奨学金については「検討」にとどめ、結論を年末に先送りした。大学生らを対象とするこの制度、18歳選挙権が適用される7月の参院選を見据えて政府・与党一体で打ち上げたのはいいが、巨額に上る財源を賄う見通しは立っておらず、実現可能性は大きく揺らいでいる。

5月18日、政府がまとめた一億総活躍プランの給付型奨学金に関する表記は、「世代内の公平性や財源などの課題を踏まえ検討する」との一文にとどまった。加藤勝信担当相は「文科省案も取り入れ、政府として議論していく」と説明し、年末の予算編成で議論する方針を示したものの、学生支援団体からは失望の声が上がった。

学生支援団体らが期待を寄せていたのは、安倍晋三首相が踏み込んだ発言をしていたからだ。首相は3月29日、2016年度予算の成立を受けた記者会見で「本当に厳しい状況にある子どもたちには、返還がいらなくなる給付型の支援でしっかり手を差し伸べる」と述べ、給付型制度の創設を表明した。

当時は匿名ブログが発端となり、待機児童問題への批判が起きている最中だった。子育てや教育分野で得点を稼ぎたい政府・与党は一体となって素早く動いた。

首相の表明から6日後の4月4日、自民党教育再生実行本部の渡海紀三朗本部長ら自公両党の文教族が官邸を訪れ、給付型奨学金を補正予算案に含めるよう首相に求めた。「検討する」と応じた首相は、卒業後の所得に応じて月々の返還額が決まる「所得連動返還型」の奨学金を2017年度から導入することや、無利子の奨学金を拡充する方針に触れ、「安倍政権は、給付型奨学金の突破口になることをやっている。ぜひ皆さんに理解してほしい」と胸を張った。

【政府内に根強い慎重論】

参院選を前に政府・与党が大学生に秋波を送るのは、国の奨学金事業には「貸与型」しかないという事情がある。有利子と無利子の制度があるが、いずれも返済を要する。日本学生支援機構の制度を利用している学生は無利子が約45万人、有利子は約96万人。この20年で3倍に増え、大学生の二人に一人は受けている。しかも、増えた分の大半は有利子の利用者だ。

背景には、非正規雇用の割合が4割に達し、教育費を負担できない親が増えていることがある。また、12年の「大学卒業から1年未満に初職についた人の非正規の割合」は、24・3%(総務省調査)。07年調査から2倍近く増えており、就職しても奨学金の返済が「教育ローン」として重くのしかかる。奨学金を返済できず、個人信用情報機関に登録された件数(ブラックリスト入り)は、10~14年度の累計で約5万1000件に上る。ブラックリストに載ると、クレジットカードを作れず、住宅ローンが組めなくなることもある。

野党は、「どこまできちんとした対策を打ち出すのかが問われる。一応言うには言ったが、まだ中身はない」(志位和夫共産党委員長)などと牽制している。これに対抗し、政府は土壇場で一億総活躍プランの文言を「給付型奨学金の創設へ向けて検討する」へと修正し、一歩前向き感を出した。

とはいえ、政府が結論を先送りした年末になれば、給付型奨学金に見通しが立つわけではない。対象範囲の線引きが難しく、広げれば数千億円に上る財源が必要となるからだ。菅義偉官房長官は「高校卒業後に働く方もいる一方、大学進学者に返還不要の奨学金を給付することの是非、対象者をどう選定するかといった課題がある」と認めている。

OECD(経済協力開発機構)34カ国中、給付型奨学金がないのは日本とアイスランドだけ。ただ、アイスランドの大学授業料は極めて安い。日本は際立って教育を受けにくい環境にあるが、政府高官の一人は「簡単に進展しない」と漏らし、対象を大幅に絞り込まざるを得ない、との見方を示す。

(吉田啓志・『毎日新聞』編集委員、6月3日号)

米国大統領の広島訪問とは何だったのか――オバマ演説の「光と影」

献花後、演説に臨むオバマ大統領。5月27日、広島平和記念講演。(撮影/浅野健一)

献花後、演説に臨むオバマ大統領。5月27日、広島平和記念講演。(撮影/浅野健一)

バラク・オバマ米国大統領は5月27日、初めて広島を訪問した。オバマ氏は平和記念資料館を10分訪れた後、慰霊碑に献花し、約十数秒間黙祷したが、頭は下げなかった。筆者は慰霊碑の西側で取材した。

「71年前の雲一つない明るい朝、空から死が落ちてきて、世界は変わった」。オバマ氏にしてはゆっくりした口調で演説は始まった。「(広島に来たのは)10万人を超える日本人の男性、女性、子どもたち、数千人の朝鮮人、そして12人の米国人を追悼するためだ」。

オバマ氏は「我々は、私が生きている間にはこの目標(核兵器の完全廃絶)を実現させることはできないかもしれないが、絶え間ない努力で破局の可能性を減らすことができる」と強調した。当初数分とされていた演説は17分間に及んだ。

オバマ氏は日本原水爆被害者団体協議会の坪井直代表委員に歩み寄り、手を握りながら話に耳を傾け、原爆の犠牲になった米兵捕虜を調査した被爆者の森重昭さんをハグした。その後、原爆ドームを見上げて広島を去った。平和公園での滞在はたった52分だった。

演説は格調高く、哲学的だが、用意された原稿を読み上げただけだった。本来は被爆者と対話して、資料館をじっくり見学した上で、所感を述べるべきだった。

オバマ氏の後ろに、「核のフットボール」と呼ばれる核攻撃命令の暗号を収めたブリーフケースを手に、将校がいた。平和公園が汚された。平岡敬・元広島市長は民放テレビで、「原爆は空から降ってきたのではなく、米国が投下した。原爆を使った過ちを認めることから未来を語るべきだ」と述べた。

オバマ氏が朝鮮半島から日本へ徴用などで移り住んだ人々が犠牲になったことに言及したのはよかった。広島で死亡した朝鮮人被爆者は5万人とされる。

2009年のプラハの広場では大群衆の中でオバマ演説が行なわれた。しかし、この日、公園に入れたのは招待者約100人(被爆者は4人)と約600人の報道関係者だけで、熱気のないセレモニーだった。「8・6平和記念式典」では1万1000席が用意される。

米国は世界中の核弾頭約1万5000発の7100発(約47%)を保有する。オバマ氏はノーベル平和賞を受賞した後、核兵器とその運搬手段の最新化のため、今後30年間で1兆ドル(約110兆円)の予算を承認した。核で世界を威圧する米軍最高司令官が自分の生存中に核廃絶はできないだろうと、他人事のように論評したのは残念だ。オバマ氏は大統領の任期中に、「核兵器禁止条約」の実現可能性を真剣に検討するなどの勇気を持ってほしい。

「米国の核の抑止力」に頼る安倍首相が終始横にいて長々と演説までしたのは不適切だった。被爆者代表と広島市長が同行すべきだった。

オバマ氏は米海兵隊岩国基地で米兵3000人を慰問した後、広島入りした。基地では、「みなさんが地域の平和と安定を守っている。日米を世界最強の同盟にする」と演説した。元海兵隊員の軍属による沖縄女性遺棄事件のことは頭になかった。オバマ氏は岩国基地訪問のための2時間を広島で被爆者との対話のために使うべきだった。(浅野健一・ジャーナリスト、6月3日号)

【覇権を求める大国のエゴ】

わずか10分足らずの原爆資料館訪問。用意された被爆遺品から12歳で逝った「サダコ」が病床で折った鶴をじっと見つめる大統領。

「実は折り鶴を持ってきました」

突然、そう切り出したオバマ。去り際に、自ら折った「折鶴」を記帳した芳名録のぺージにそっと、置いた。

日系三世の筆者の母は、この町で被爆。人間の尊厳を吹っ飛ばしたのは自国アメリカの爆弾。廃墟の一角で、混乱する自らに問い続けた酷い記憶の数々は終生語ることなく、「ヒバクシャ」であることを隠し通した。5月27日夕刻、オバマ氏広島到着の一報が、友人のそっと差し出してくれたイヤホーンから私の耳の奥に届いた時、さすがに胸がこみ上げた。元安川のほとりに佇み、オバマの演説を万感迫る思いで耳を傾けた。

彼の口調はいつになく静かである。71年の歳月を経て、17分以上にも及んだ演説は、核なき世界への決意のほどがひしひしと伝わっていた。「科学の発見によって、人々は海を越えコミュニケーションができ、雲の上を飛び、病を直し、宇宙への理解もできるようになった。だがその一方、より効率の高い殺人機をも生み出しているのだ」。

こうして「光と影」を巧みに融合させるのはオバマの特徴である。さらに彼は、宗教観にまで言及。すべての偉大な宗教において「自分の宗教の名の下で殺戮を肯定する信仰者が歴史的にも存在すること」を認めた。だが、その宗教は国家の戦争を正当化するために利用されてきた事実には踏み込んでいない。もっと言えば、広島・長崎の犠牲者のみならず、すべての戦争犠牲者を追悼した一方で、国家的指導者達の戦争責任を追及することはなかった。

2009年4月、チェコ・プラハ。核兵器を使用した唯一の国の大統領による、核軍縮を訴える演説は世界の人々を感動させた。以後、戦略核兵器削減条約(新START)をロシアとの間で結び、彼の描く方向に世界は流れるかのように見えた。包括的核実験禁止条約(CTBT)への批准も然りである。だが、実現することはなかった。

一方、テロ集団による核物質の入手阻止をめぐる核安全保障サミット開催の業績も残した。こうしてみると、核軍縮を推しすすめようとした彼の姿勢に偽りはない。だがしかし、アメリカをはじめロシアは大量の核を保有する現実。さらには、新型長距離巡航ミサイル(LRSO)の開発を進め、今後30年間で1兆ドルの予算を承認したオバマ。さきごろ開かれたスイスでの国連核軍縮作業部会においては、非核保有国が求める核兵器禁止条約の制定に反対。会議をボイコットしている。これがオバマ政権の実体であり、覇権を求める大国のエゴが透けて見える。

原爆ドームを背に、深い哲学に裏打ちされたオバマ大統領の演説は、多くの日本人の心を捉えたにちがいない。だがその背景にはこのような「影」も潜むことを忘れてはならない。

ほぼ閉ざされた道半ばでの任期終了が迫る中、オバマ自身が考察し続ける人間の内に潜む残虐性そして戦争の長い歴史に言及、さらには自身の生存中、核兵器なき世界は実現しないかもしれない、と消極的に語る。最後に「広島・長崎は核戦争の始まりではなく道義的な目覚めの始まり」であると締めくくり哲学者の片鱗も見せた。

「王は哲学者になるべきである。さもなければ人類の不幸はなくならない」――古代ギリシアの哲学者プラトンの名言を、想起させる広島訪問となった。(マリィ タナベ・ジャーナリスト、6月3日号)