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40歳代後半~50歳代前半男性の賃金が下落するわけ(鷲尾香一)

「デフレを脱却するスピードを上げるには、賃金、給与という形で実体経済に表れてくることが一番早い」

覚えておいでだろうか。デフレ経済からの脱却を目指す安倍晋三首相が、低迷する個人消費を盛り上げるために、日本経済団体連合会など経済団体に対して賃上げを要請した時の言葉だ。

厚生労働省が2月に発表した2016年の賃金構造基本統計調査によれば、一般労働者の所定内給与は前年比0.0%と横ばいだった。

それよりも問題なのは、雇用構造的に企業が賃上げを抑制しているのが明らかなことだろう。

賃金構造基本統計調査を見ると性・年齢階級別では、45~54歳男性と60歳代前半男性と60歳代女性の賃金が下落していることがわかる。労働者数を勘案すれば40歳代後半~50歳代前半の男性が最大の賃金押し下げ要因となっているのは明らかだ。企業規模別にみると、大企業の男性賃金のみが全体を押し下げている格好だ。

ではなぜ、この年齢階級の男性の賃金が下落しているのか。その要因として考えられているのは、大企業のこの年齢階級は、バブル期前後の売り手市場で大量採用された世代であり、年齢的にも昇進率の低下などにより平均賃金が下がっている可能性が高いと見られている。

60歳代前半男性と60歳代女性の賃金の下落については、定年延長等による賃金低下が影響していることが明らかだ。

しかし40歳代後半~50歳代前半の男性の賃金下落については、実は、別の要因が働いている可能性が高い。

通常、昇進が止まった時、給与が据え置かれることはあっても、引き下げられることはないだろう。だが、今は給与の引き下げが行なわれているのだ。その要因は、定年延長にある。

60歳で定年を迎えても、本人が希望すれば企業には継続して雇用する義務がある。企業は定年延長後の給与を大幅に引き下げるとともに、その支払いに備えるため40歳代後半~50歳代前半の給与引き下げを行なっているケースが多いのだ。もちろん、その後は給与の据え置きを続けるか、引き下げる。間違っても、引き上げることはない。

40歳代後半~50歳代前半は、大学生の子どもがいたり、親の介護が始まる時期でもあり、生活費がかかる年齢層。加えて、老後の生活費を考えなければならない年齢でもある。当然、貯蓄に力を入れることになる。

60歳代になっても、年金受け取りの開始時期まで給与所得があればいいが、定年とともに大幅に減給されるため、消費を控える。

つまり、デフレ経済の脱却に必要な個人消費は定年延長などの要因を背景に企業側が賃金の引き下げを行なっている以上、盛り上がる可能性は低い。

賃上げを実現し、個人消費を活性化しようとするならば「企業は利益のXX%は給与として従業員に配分しなければならない」といった規則を作るとか、定年延長後の給与の引き下げに歯止めを掛けるとか、年金受け取り開始年齢を60歳からとして定年後すぐに受け取れるようにするなど、何らかの対策が必要ではないか。

(わしお こういち・経済ジャーナリスト。7月14日号)

成長だけを追う安倍晋三首相が踏むわだち(高橋伸彰)

この6月9日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2017」(以下「骨太の方針2017」)の冒頭で、安倍政権は4年半にわたるアベノミクスの成果として「名目GDPは過去最高の水準に達した」と自賛した。確かに、16年度の名目GDPは2次速報値で537.5兆円となり、「新3本の矢」が掲げる20年度600兆円経済の実現も射程に入ったように見える。

その一方、『朝日新聞』と『日本経済新聞』が6月30日付の朝刊で報じた一般会計の16年度決算見通し(7月上旬公表予定)によれば、税収額は55.5兆円程度と7年ぶりに前年度を下回る見込みだ。中でも法人税は当初予算で12.2兆円を計上しながら「15年度実績(10兆8千億円)に届かなかった」(『日経』)という。

安倍首相は就任半年後の13年6月11日に開催された「世界経済フォーラム」の挨拶で、「成長なくして、財政再建なし(中略)まずは、成長です。そのための、『アベノミクス』です」と述べ、財政再建は成長で実現できると持論を披露した。財界の強い要望に応じ15年度から法人税減税に踏み切ったのも、減税で成長率は高まり税収は増えると期待したからだろう。

しかし、16年度の税収は6月30日夜の「ロイター」によれば55.5兆円と、過去最高の60.1兆円(1990年度)に4.6兆円も及ばない。名目GDPが過去最高になっても税収が追いつかないのは、90年度と比較して消費税が4.6兆円から約17.2兆円に13.6兆円増えるのに対し、最高税率の引き下げと預金利率の低下で所得税が26.0兆円から17.6兆円に、また90年度の37.5%から16年度には23.4%にまで税率が引き下げられた法人税が18.4兆円から10.3兆円に、合わせて17兆円近くも税収が減るからだ。

実際、上記の報道では『朝日』も『日経』も「成長頼みに限界」と見出しを打ち、アベノミクスの財政再建シナリオに疑問を呈している。

それにもかかわらず「骨太の方針2017」では財政健全化の目標として「2020年度までの基礎的財政収支(PB)の黒字化」に加え、新たに「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」が明記された。 『日経』の6月11日付社説は、これが将来的に「財政健全化の先送り」に発展しないかと懸念する。債務残高対GDP比の引き下げを図るために成長を優先し財政赤字を拡大すれば、PBの黒字化と対立するからだ。

安倍首相は成長と財政再建の二兎を追うと嘯くが、すでに二度も消費税率の引き上げを延期していることから明らかなように、追っているのは成長の一兎だけだ。かつて成長の一兎だけを追った小渕恵三元首相は国民に「世界一の借金」を残したが、安倍首相もまた同じ轍を踏んでいる。

日本経済の現実を直視すれば、射るべき矢は成長を口実にして持てる者や企業の負担を軽減することではない。むしろ能力に応じて税を課し社会の扶養力を高めて国民の生活を支えるほうが重要である。また、日本の企業に不足しているのも稼ぐ力ではない。正当に税を納め、公平に賃金を払う経営者が少なすぎるのだ。そう考えれば、アベノミクスの司令塔・経済財政諮問会議が射てきた矢がいかに的外れか理解できるのである。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。7月7日号)

「シェア」は、一体化ではなく分断化(浜矩子)

新約聖書の中に次のくだりがある。「パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです。」(使徒パウロのコリントの教会への第一の手紙10.17)幼い頃から繰り返し聞き、そして読んでいるお馴染みの一節だ。

ところが、先週のミサでこの箇所が朗読された時、思いもよらぬイメージが閃いた。なるほど、これがホントのシェアだな。そう感じたのである。

ご承知の通り、最近の世の中、シェアがはやる。シェアハウス。ライドシェア。政府が規制緩和対応で躍起になっている民泊もまた、シェアビジネスだ。これらを総称してシェアリング・エコノミーなどという言い方も出現している。このシェアリング・エコノミーの拡大を、いかにしてGDP(国内総生産)統計に反映させるか。日本のGDPを少しでも大きく膨らませたい安倍政権が、この辺りでも血眼になっている。

シェアリング・エコノミーと、聖パウロがいう「大勢でも一つの体。一つのパンを分けて食べるから。」におけるシェアはどう違うか。シェアハウスで一つ屋根の下に住んでいる人々は、大勢でも一つの体だといえるか。ライドシェアで自動車に相乗りしている人々は、大勢でも一体化しているか。民泊の宿主とお客さんは、どこまで一体感を味わうか。

聖パウロの手紙とシェアリング・エコノミーの違いは、分かち合いと分け合いの違いだ。筆者にはそう思える。互いに分かち合う者たちは、一つのものをみんなで共有している。どこまでが自分のもので、どこからが他者のものかは、分かち合いにおいて判然としない。これに対して、分け合いは、まさに、どこまでが自分のものでどこからが他者のものかを仕切る作業だ。一体化ではない。分断化だ。

「分け前」という言葉がある。これも、英語でいえばシェアだ。押し込み強盗に入った泥棒たちが、それぞれ自分たちの分け前を要求する。少しでも、自分の取り分を多くしようとして、分捕り合戦を繰り広げる。そこには、分かち合いの精神は微塵もない。

ライドシェアしている時、たまたま相乗りすることになってしまった乗客たちは、車中の空間の中で、それぞれの分け前を確保して、互いに気配を消している。車中の空間を共有して一体化しているわけではない。

シェアハウスの中でいざこざが起きる。怖い事件が起きる。それはなぜか。そこに分け合いがあっても、分かち合いがないからだろう。大勢がバラバラのまま、一つ家の空間を切り分けて住んでいる。下手をすれば、せめぎ合いと摩擦の温床だ。

シェアには、市場占有率の意味もある。この場合のシェアは、奪い合いの対象だ。シェア争いに分かち合いが入り込む余地はない。

聖パウロが描くシェアの世界からは、一つのパンを分かち合うもの同士の思いやりが伝わってくる。思いやりはすなわちケアだ。シェアを分け合いから分かち合いに昇華させるには、そこにケアがなければならない。かくして、目指すべきは、ケアリングシェア・エコノミーである。

(はま のりこ・エコノミスト。6月30日号)

加計学園問題が暴露した“ミニ独立政府”(佐々木実)

加計学園の獣医学部新設問題はいまだ事実が解明されていない。現時点でいえるのは、「国家戦略特区」という制度がなければ、この問題は起こりえなかったということである。

前文部科学省事務次官の前川喜平氏は「手記」(『文藝春秋』7月号)で、昨年8月下旬に木曽功氏が事務次官室を訪ねてきたことが「最初の出来事」だったと記している。文科省OBの木曽氏は加計学園が運営する千葉科学大学の学長をつとめる一方で、安倍政権の「内閣官房参与」の肩書きを持っていた。

「国家戦略特区制度を利用して、愛媛の今治に獣医学部を新設する話、早く進めてくれ」。文科省の後輩でもある前川次官にそう要請して、木曽氏は次のような言葉を口にしたという。

「文科省は国家戦略特区諮問会議が決定したことに従えばよい」

文科省次官への木曽氏の忠告は、加計学園問題の基本構図を示唆すると同時に、特区制度の核心をついている。国家戦略特区制度は、安倍政権が生み出した「規制緩和」の強力な推進機関である。発案者は竹中平蔵氏だ。

小泉純一郎政権の閣僚として「構造改革」の司令塔役を果たした実績をもつ竹中氏は、安倍政権の産業競争力会議(現在は「未来投資会議」)で特区制度を提唱した際、「アベノミクス特区」と呼びながら、推進主体となる諮問会議の肝を解説している。

「アベノミクス特区については、これまでと次元の違う特区であり、まず第一に総理主導の特区であるということ。そして第二に、特区大臣が国を代表し、そこに地方の首長や民間が集まって三者統合本部をつくって、そこが、さながらミニ独立政府のようにしっかりとした権限を持ってやっていく、これがキーポイント」(2013年4月17日の議事録)

安倍政権は竹中提案をまる吞みし、早くも2013年12月に国家戦略特別区域法が成立、国家戦略特区諮問会議を経済財政諮問会議などと同様、内閣府の重要政策会議と位置づけた。総理大臣を長とする極めて格の高い会議で、この法律により、「ミニ独立政府」構想は現実化した。竹中氏は独立政府の主要閣僚、すなわち諮問会議の民間議員に就任している。

加計学園問題では、「総理のご意向」と記された文科省の内部文書が問題となっている。留意すべきは、安倍総理大臣が「政府の総理」と「ミニ独立政府の総理」、ふたつの顔をもつことだ。

「岩盤規制改革をスピード感をもって進めるよう、常々指示してきた」と繰り返す安倍総理は、「腹心の友」が理事長をつとめる加計学園の獣医学部新設を特区諮問会議が認めたことがあたかも規制緩和行政の成果であるかのように強弁している。

だが、明らかになった事実だけ並べても、「国民のために既得権益を死守する官僚と闘う」という諮問会議の表看板は実態とかけ離れている。「総理」が横車を押せば押すほど、「ミニ独立政府」は白日のもとにさらされ、むしろ特区諮問会議の素性のいかがわしさが際立ってくる。加計学園の功績は、日本のなかに国民が関知できない奇怪な独立政府が存在することを知らしめたことにこそある。

(ささき みのる・ジャーナリスト。6月23日号)

骨太方針は安倍政権お得意の“目くらまし”(鷲尾香一)

安倍晋三政権は6月9日、「経済財政運営と改革の基本方針2017」(通称、骨太方針)を閣議決定した。

驚くべきは、経済・財政一体改革の進捗・推進の中において、経済・財政一体改革の着実な推進として「経済再生なくして財政健全化なし」との基本方針の下、引き続き600兆円経済(GDP:国内総生産)の実現と2020年度(平成32年度)の財政健全化目標の達成の双方の実現を目指す――と盛り込まれたことである。

安倍政権お得意の“目くらまし”と言わざるを得ない。

従来の財政健全化計画(経済・財政再生計画)では「国・地方を合わせた基礎的財政収支について、2020年度までに黒字化、その後、債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指す」と目標が掲げられていた。

しかし、今回の骨太方針では、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)黒字化の達成と同時に債務残高対GDP比の安定的な引き下げを目指すことになり、債務残高対GDP比の安定的な引き下げの重要性が増し、財政健全化の目標が厳格化したように見える。

だが、PBの黒字化達成よりも、債務残高対GDP比の安定的な引き下げの方がはるかに実現しやすい目標であり、20年度までPBの黒字化が達成できなくとも、債務残高対GDP比の安定的な引き下げは達成可能なため、政府にとっては言い逃れしやすい目標になっている。

つまり一見、財政健全化目標が厳格化したように見えて、その実、安易な達成目標が格上げされたという“目くらまし”なのだ。

「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」 は、どこまで引き下げるのか、という具体的な数値が明示されておらず、引き下げが実現されていれば、PBの黒字化より、はるかにハードルが低い。

たとえば内閣府の試算では、名目GDPが3%程度の平均成長率を前提とした経済再生ケースで、PBの黒字化は25年度までかかる見通しとなり、財政目標には到達しない。しかし、PBの黒字化に届かない状態においても、債務残高対GDP比の引き下げは続く。

もともと名目GDP600兆円の経済目標は、名目GDPで3.45%の成長が継続することを前提としているが、名目GDPで3%以上の成長、物価変動などを除く実質GDPで2%以上の成長が続けば、債務残高対GDP比は低下する。

もっとも16年度の実質GDP成長率が1.6%にとどまっており、“より達成しやすい財政健全化目標”の「債務残高対GDP比の安定的な引き下げ」すら、現状では、達成が困難な状況だ。

しかし、ここにも“抜け道”がある。政府の公表している債務残高はその含める債務の範囲によって定義が複数存在し、今回の目標対象となる「債務残高」について具体的に定義はなされていない。その定義次第では、GDP成長率が低成長で「債務残高対GDP比の低下」は達成可能なのだ。

そして、もっとも警戒しなければならないのは、PBの黒字化よりも達成可能な目標ができたことにより、財政規律が緩む可能性があることだ。つまり、財政拡張路線へと変更するための“目くらまし”だ。

(わしお こういち・経済ジャーナリスト。6月16日号)

<原発事故>指定弁護士、東電元会長らの認識を詳述

2011年に起きた東京電力福島第1原発の破局的事故をめぐり、業務上過失致死傷罪で強制起訴された東電旧経営陣3人の初公判が6月30日午前、東京地裁(永渕健一裁判長)で始まった。元会長の勝俣恒久被告(77歳)が「震災当時、津波による事故を予見するのは不可能でした」と述べるなど、3人とも無罪を主張した。

他に起訴されているのは、ともに元副社長の武黒一郎(71歳)と武藤栄(67歳)の両被告。

冒頭陳述で、検察官役の指定弁護士は、福島第一原発に敷地高さの10メートルを越える高さの津波が襲来することについて、冒頭陳述では〈被告人武藤は平成20年(2008年)6月10日、被告人武黒も遅くとも同年8月上旬には、上記計算結果を実際に認識していました。〉〈平成21年(2009年)2月11日には、当時原子力設備管理部長であったLが「もっと大きな14m程度の津波がくる可能性があるという人もいて」などと発言しているのですから、被告人勝俣も上記事実を知ることができました。〉と断言。〈被告人らが、費用と労力を惜しまず、同人等に課せられた義務と責任を適切に果たしていれば、本件のような深刻な事故は起きなかったのです。〉としている。

指定弁護人による冒頭陳述の全文はこちら。

(伊田浩之・編集部)

失われた家計の利子所得は600兆円超(高橋伸彰)

かつて日本の企業が経済のエンジンと評されたのは、家計の預金を銀行経由で借り入れ、自己資金(キャッシュフロー)を上回る投資をして得た収入を、賃金や利子の形で家計に還元し経済の好循環をリードしたからである。

しかし、バブル崩壊以降、日本の企業は賃金を抑制して人件費を削り、キャッシュフロー以下に投資を減らし銀行への借金返済に奔走するようになった。その結果、日本の企業部門は1998年度以降フローベースで貯蓄超過に転じ、日本政策投資銀行の中村純一氏(「無借金企業の謎」)によればストックベースでも実質無借金(有利子負債を上回る現預金を保有)を含めると、日本の上場企業主要5業種(製造業、建設業、不動産業、商業、サービス業)の40%強が今や無借金経営だという。

中村氏は無借金が日本では優良企業の証しとして語られることも多いと言うが、経済思想史家のハイルブローナーは無借金を誇る経営者は「現代の地主」にすぎないと喝破する。ケインズの言う「血気(アニマルスピリット)」をもって不確実な投資に挑むわけでも、シュンペーターの言う「企業家精神(アントレプレナーシップ)」を発揮して技術革新にチャレンジするわけでもなく、人件費を削減して利益を上げ内部留保の蓄積に努める経営者など、経営者として失格だというのだ。

企業が借金を減らしたことで銀行は預金の運用に苦しみ、やむを得ず低い利回りしか期待できない公債を購入するようになった。実際、銀行の総資金利回りは全国銀行ベースで2015年度には0.96%にまで低下し、人件費などの経費率0.87%を差し引くと、預金に利子を付けるのはほとんどむずかしい状況に陥っている。

借入金利以上の利益を目指して投資を行なう(かつての?)日本企業と異なり、最初から利益を目的としない政府に資金を回しても高い利回りは期待できない。この結果、家計が得る利子所得は「国民経済計算」によれば1991年度の37.5兆円をピークに15年度では5.4兆円に減少している。

家計が保有する現預金が同期間に511兆円から920兆円に増加していることを考えれば、家計の預金利回りはバブル崩壊後の長期停滞の中で7.3%から0.6%へと10分の1以下に低下した計算になる。しかも、この利回りはデフレ脱却を目的にした日銀の金利操作によってさらに低下しつつある。

企業が生みだす付加価値の中には、人件費や営業利益と並び借入に対する支払い利息が含まれている。お金を借りて投資を行ない、利益を上げて利息を払うことは付加価値の創造でもあるからだ。この支払い利息の推移を「法人企業統計」でみると、91年度の34.6兆円から2015年度には6.6兆円に減少している。

これこそ、既述した家計が得る利子所得減少の主因にほかならない。徒(いたずら)に無借金を目指す保守的な経営で失われた家計の利子所得を、ピーク時との差額として試算すると92年度から15年度までの累計で600兆円を超える。

失われた賃金に加え、失われた利子所得もまた家計の節約志向を強めて、長引く消費停滞を引き起こしていることを見落としてはならないのである。

(たかはし のぶあき・立命館大学国際関係学部教授。6月9日号)

スクープ!笹子トンネルの天井板落下事故で新事実
大成建設施行の天頂部だけが波打っていた(明石昇二郎)

トンネル内を調査した「笹子トンネルの真相を探る会」メンバー。(撮影/明石昇二郎)

 やる気のない警察の捜査を尻目に、民間人による手弁当の調査が新事実を炙り出した。2012年12月に発生し、9人の尊い命を奪った中央自動車道「笹子トンネル天井板落下事故」。発生から4年半が過ぎた今も捜査は終結しておらず、今回判明した新事実の活用が望まれる。

中央自動車道上り線の「笹子トンネル」で天井板落下事故が発生したのは、2012年12月2日のこと。すでに4年半が経過している。同事故では、トンネルの天頂部に接着剤で固定したアンカーボルトによって吊り下げられていたコンクリート製の天井板と隔壁板が約140メートルの区間にわたって落下。走行中の車両を直撃し、9人が死亡、2人が負傷した。

被害者に落ち度はなく、事故を招いた責任は、道路管理者である中日本高速道路(NEXCO中日本)等にあることは明白だった。現に警察はNEXCO中日本に対し、業務上過失致死傷の容疑で家宅捜索を実施している。

だが、これまで誰一人として、逮捕も書類送検もされていない。いまだ「捜査中」(山梨県警本部)なのだという。

そこで、大学教授や元トンネル施工業者、そして技術士などの民間人によって結成された「笹子トンネルの真相を探る会」(真相を探る会)が4月17日、笹子トンネルの内空調査を実施。その結果、事故現場付近のトンネルが沈下していたことを突き止めた。

測定費用は10万円

真相を探る会が着目したのは、天井板落下事故が発生する以前に繰り返し発生していた「天井板への接触事故」だ。

08年6月に発生していた天井板接触事故では、高さ4・95メートルのコンテナ車が高さ4・7メートルのトンネルを通過した際、約3キロメートルにわたって天井板に擦過痕をつけたとされていた。これが事実だとすると、そのコンテナ車はそもそもトンネルに侵入することができない。

なぜ、こんなことが起きたのか。しかも、この天井板接触事故が起きた区間(約3キロメートル)は、天井板の落下区間(約140メートル)を含んでいる。さらには、05年9月のトンネル点検で発見されていた天井板の損傷全49カ所のうち、なんと42カ所までが天井板の落下区間とその直近で見つかっていたのだ。真相を探る会では、天井板を吊り下げていたトンネル自体が沈下してきているのではないかと考えた。

図1 トンネル内空計測で測定した「長さ」。(提供/「真相を探る会」)

この仮説の下、4月17日の笹子トンネル内空調査では、実際に笹子トンネルを車で走り、天頂部の沈下具合を測定。使用したのは10メートル先の距離を1ミリメートルの誤差で測定できるライカ社製レーザー距離計「DISTO D2」3台。これと自前のノートパソコンを連動させ、測定費用を10万円以内に収めることができた(図1参照)。

天井板は波打っていた

笹子トンネルでは送気と排気のため、落下した天井板の上を空気が通る構造になっていた。天頂部から吊るされた隔壁板を境にして、片方がトンネル内にたまる自動車の排気ガスを吸い出す排煙用の道(排気ダクト)。もう片方が新鮮な空気を送り込むための道だった。

同トンネルには大きさの異なるS、M、Lの3種類の掘削断面がある。路面から天井板までの高さ4・7メートルはどこも一定で、その代わり、一番大きなL断面では天頂部から天井板までの長さが5メートル以上になっていた。

今回の実地調査により判明したのは、天井板の落下が発生した区間(L断面)の「路面から天頂部までの高さ」が一定でなかったことだ。真相を探る会では、「トンネルの一部で沈下が起きているとみて間違いないだろう」と判断した。

図2 大月側と甲府側の「L断面」比較。○をつけた箇所でトンネルの天頂部が際立って下がっているとみられる。(提供/「真相を探る会」)

図2に示すように、問題のなかった甲府寄りのL断面は大変滑らかに施工されているのと比べ、事故が起きた大月寄りの天頂部はデコボコして波打っていた。となれば、その天頂部から吊り下げられていた天井板も一緒に波打っていたことになる。天井板接触事故が頻繁に起きていたのはまさにこの区間(約420メートル)であり、天井板が落下した区間(約140メートル)を丸々含んでいる。

もうひとつ、判明したことがある。天井板落下とトンネル内の「非常駐車帯」との関係だ。

大月寄りのL断面に入ってしばらく走ると非常駐車帯の「A―3」(長さ32メートル)がある。そして、このA―3を通過してすぐのところで、42カ所の天井板損傷が集中発生していた。

非常駐車帯のA―3部分は、一番大きなL断面よりもさらに巨大な掘削断面になっていた。掘削断面積はL断面が123・1平方メートルであるのに対し、A―3部分は171・5平方メートル。これに伴い、打設するコンクリートの厚みも増し、L断面では55センチメートルなのが、A―3部分では1メートル近い90センチメートルにもなっている。このような施工区間は笹子トンネル上下線の中でもここだけだ。

この非常駐車帯に関し、会計検査院が1976年11月、気になる指摘をしていた。同院の調査により、笹子トンネル上部のコンクリートの厚さが不足する等の施工不良が見つかり、設計よりも強度が低くなっていたことが判明。全国各地で同時期に行なわれた調査では、コンクリートの厚みが半分の量しかなかったところや、コンクリートと土の間に1メートルほどの隙間が空いていたところもあったのだという。

同院では、笹子トンネルのどの箇所でどのような施工不良が見つかったのか、詳細を明らかにしていないが、問題が見つかった箇所について、設計上の覆工コンクリートの巻き厚が「55㎝から90㎝」だと具体的に記述していた。「55㎝」は笹子トンネルのL断面、「90㎝」はA―3非常駐車帯の設計とピッタリ符合する。

施工不良の原因は「監督及び検査が適切でなかったため」と結論づけられていた。指摘を受け、当時の道路管理者である日本道路公団は補強工事を行なったとされる。それでも、トンネルの天頂部は波打ち、天井板落下事故は起きた。

同トンネルの施工には、大成建設、大林組、飛島建設、前田建設工業の大手ゼネコン4社が関わっており、天井板落下事故が起きた区間を請け負っていたのは大成建設である。トンネル天頂部の施工がデコボコしていたのは、大成建設が担当していたところだけ。他のゼネコンが施工した天頂部では目立った「波打ち」は見つからなかった。

そこで、大成建設にコメントを求めたところ、
「(真相を探る会は)刑事告発をされていることですので、当社からのコメントは控えさせていただきます」(同社広報室)
とのことだった。

16年に刑事告発していた同会は、4年半が過ぎても立件しない天井板落下事故の捜査を指揮監督する立場にある最高検察庁の「監察指導部」に対し、今回の測定結果を無償で提供。迅速に立件するよう促した。

調査を立案した、真相を探る会メンバーの西山豊・大阪経済大学教授は語る。
「忘れてならないのは、国内8000万ドライバーすべてに崩落に遭う危険があったということ。再発防止のためには、徹底した科学的な原因究明が必要です」

(あかし しょうじろう・ルポライター、2017年6月2日号)

国の“基地負担軽減策”が沖縄の自治体を圧迫(黒島美奈子)

沖縄県内に6カ所ある養護老人ホームの一つ「具志川厚生園」(以下、厚生園)内に、沖縄初の視覚障害者用居室ができたと聞いて5月下旬、県視覚障害者福祉協会の視察に同行した。

養護老人ホームは、介護者がいなかったり、経済的困窮にある高齢者の福祉施設。そのうち視覚障害者を対象にした施設を「盲養護老人ホーム」という。戦後、全国で設置が広がり、これまで未設置県は鳥取と沖縄だけだった。離島県の沖縄では早くから必要性が指摘されてきたが、戦後72年たったこのほどようやく、既設ホームを改装する形で実現した。

トイレや浴室への音声案内、居室の点字表示、廊下の誘導テープ、階段の転落防止柵などの整備を確認した「県視力障害者の生活と権利を守る会」事務局長の渡嘉敷綏秀さんは「これで先輩たちに紹介できる」と感慨深げだった。

一方、視察後の金城清安厚生園園長との懇談では気になる話題が出た。養護老人ホームの入所者が年々減少しているという。他県の入所率が80~90%で推移しているのに対し、県内の養護老人ホームの入所率は5割程度で、厚生園では現在40%台まで落ち込んだと心配していた。低所得の高齢者が利用する特別養護老人ホームには毎年、入所待機者が数千人も出る。無届けの低料金有料老人ホーム開設も後を絶たないという状況で、金城園長は「養護老人ホームのニーズはある」と話す。にもかかわらず入所が進まない要因に「自治体が措置しない」ことを挙げた。

養護老人ホームに入所するには自治体の措置が必要だ。措置費は高齢者1人当たり1カ月約20万円。別枠で国の補助対象だったが2005年に一般財源化された。金城園長によると、以降、県内では養護老人ホームへの措置が極端に低迷している。一般財源化後も、高齢者を措置すればその分の補助が自治体に入る仕組みに変わりはない。県内の低迷について金城園長は「一般財源化で補助が目に見えなくなり、自治体の負担分が際立ち、敬遠されているのではないか」とした。

それを聞いて、琉球政府の福祉部に在職していた元県生活福祉部参事・西表孫称さんの話を思い出した。県内では、人口当たりの特別養護老人ホームや認可保育園の設置率も他県に比べ低い。理由を尋ねたら西表さんは「基地問題で有形無形に割かれる自治体の負担が影響しているのだろう」と語っていた。

他県にはない新たな自治体負担がことし5月にも明らかになった。昨年発生した米軍属による暴行殺人事件を受け、国が全額補助する「防犯灯・防犯カメラ等緊急整備事業」。当初国は県内37市町村に13億円の交付を決めたが、整備台数や自治体の数が、国が見込んだ半数程度になる見込みだ(5月14日付『沖縄タイムス』)。維持管理費が自治体負担となることが主な理由。事件後に国が事業化した「沖縄・地域安全パトロール隊」の予算約9億円も昨年、沖縄関係予算に組み込まれ県から反発が出ている。

国が次々と打ち出す基地負担軽減策が、県や自治体の財源負担としてブーメランのように返る構図。それは復帰から45年間、澱のように溜まり続け、県民生活に影響を及ぼしている。そこにいかほどの国税が投入されてきたかも、国民は知るべきだと思う。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。6月2日)

連合の弱み象徴する神津里季生「同級生交歓」(佐高信)

今度、『“同い年”ものがたり』(作品社)という本を出した。「〈世代〉と〈人物〉で語る昭和史」である。大正13年生まれの村山富市を筆頭に、昭和35年生まれの香山リカまで、七つの世代の102人を取り上げた。昭和8年生まれの森村誠一が同い年の現天皇をどう見ているかにも触れている。昭和27年生まれの田中優子と松元ヒロは同時期に同じ法政大学に学んでいた。

これを書く時に注意したのは、本多勝一が1970年5月号の『エイムズ』で批判し、斎藤美奈子も『AERA』の2001年10月22日~11月26日号でバッサリやった『文藝春秋』の「同級生交歓」のような「功成り名遂げて」にならないように、ということである。当時まだ30代だった本多は、いまはなくなった『中央公論』の「遠縁近縁」と並べて「同級生交歓」について、こう書く。

「私の感想を一口にいえば、『ヘドが出そうだ』とは正にこのことだ。ニヤけきった顔といい、ニヤけきった文章といい、ギャーッと叫びたくなる。そんなに不愉快なら見なければいい? 確かに。めったに見ない。しかし旅先の、とくに国外にあるとき、たまたま日本の雑誌が目につくと、ついなつかしくなって丹念に見てしまったりする。

そのようにあまり見ない私でも、ここに登場した人の中には、かなり知っている人(個人的という意味でも少しあるが、名前を知っているという意味が大部分)もいる。それまでに尊敬していた人だとこれでグッと点が低くなるし、軽蔑していた人だと『やっぱり彼奴らしい』と思う。ここに出てくる顔こそ、貧困なる精神の象徴だ。貧困でない精神の人でも、ここに登場するときだけは少なくとも貧困なる瞬間である」

そして本多は自分の小学校時代を振り返り、進学した者はごく少数だったが、しなかった者も「平均的庶民として地域社会の中で地味な仕事についている」と共感を寄せながら、「そういう感覚のない成り上がりの俗物、自分が『出世』し、おたがい『出世』した奴同士といった下劣の心情」があふれている「同級生交歓」を難詰するのである。

「ニヤけきった文章」

それからおよそ30年後、今度は斎藤美奈子が「社会の第一線で活躍するかつての級友がズラッと登場する」このグラビアについて「社会階層の何たるかを、これほど如実に教えてくれる企画もない」とし、「写真に顔をそろえているのは大企業の社長や重役、大学教授、政治家、官僚、マスコミ人等。肩書もイヤミだけれど、彼らが大学ではなく小中高校の同級生であるのがまたイヤミ。登場するのは、国立大学付属小中学校、地方の名門進学校、都市の名門私立校」と続けて、「いい学校を出て出世して、いつかは『同級生交歓』のページに載る。明治以来、脈々と受けつがれてきたこの国の伝統、そして人生の目標をよくあらわしているじゃないですか」と結ぶ。

試みに最新6月号のそこを開けば、昭和46年に東京学芸大学附属小金井中学校を卒業した駐ブルネイ大使の伊岐典子、連合会長の神津里季生、内閣府特命担当大臣の加藤勝信、東京海上日動火災保険顧問(前財務次官)の田中一穂が並んでいる。確かに本多の指摘する「ニヤけきった文章」をここで書いているのは神津だが、もちろん彼は本多や斎藤の批判など夢想だにしなかっただろう。そういう人間がトップであるところに現在の連合の弱みがある。

世代論は不毛とも言われるが、大正11年生まれのダイエーの創業者、中内功は「明治生まれの人間が戦争を計画して、大正生まれのわれわれが一銭五厘の旗の下でやらされた」と繰り返し言っていた。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、6月2日号)