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【憲法を求める人々】前川喜平(佐高信)

 たたずまいというのは、ある意味で恐いものである。

前川が姿を現しただけで、加計学園の問題で首相の安倍晋三とそれに盲従する官僚たちのウソが明らかになった。

その前川が東京大学法学部の学生時代、最も熱心に聴講したのが芦部信喜(あしべ・のぶよし)の憲法だった。安倍がその名を知らないと告白して話題になった憲法学の泰斗である。

前川は民事訴訟法や商法等には興味が持てなかった。それは前川が“詩人”だったからだろう。

ここに1冊の詩集がある。1981年に出された『さよなら、コスモス』である。作者が秋津室で挿絵が原一平。共に前川の筆名で前川の生まれた奈良県の地名などに由来している。当時、前川は26歳だった。「コスモスよりもコスモスのような人へ」と献辞があるが、つまり、最初で最後のこの詩集が前川と結婚したひとに献げられたものだった。

「新しい朝に」の中の詩の一節だけ引こう。

〈語るべきことが無いときに
あえて語ることはいつわりを語ることだ。
だから今は僕は
君に愛を語ることはできない。
喧騒と焦燥に埋め尽くされた今の僕から
出て来る言葉は全きいつわりか
さもなくば救い難い饒舌だ。
だから今は僕は何も語らない。〉

そんな前川は学生時代、東大仏教青年会に入っていた。悩める青年はまた、宮沢賢治にも親しみながら、自らの拠りどころを固めていく。

『週刊金曜日』10月6日号掲載の座談会で寺島実郎が指摘しているように、「記憶にない」を連発した柳瀬唯夫や和泉洋人らの現官僚や元官僚は「組織の論理」に徹して安倍を守ったが、そうするには前川は「自分の言葉」を持ち過ぎていた。

組織に埋没して自分を消すことはできなかったのである。

前川は憲法の精神を生かすために文部省(現・文部科学省)に入ったが、この省はイデオロギーの波に激しく揺さぶられるところであり、特に教育基本法の改変の時は辛かった。その改変に前川は反対なのに大臣官房総務課長として成立に走りまわらなければならなかったからである。この時は十二指腸潰瘍になった。

前川が口走って問題となった「面従腹背」もそう簡単にできるわけではない。

拘束衣を着せられたような官僚生活を卒業して、いま、前川はこんな決意を固めている。『週刊朝日』の11月3日号での意志表明だが、「安倍政権下での改憲には反対」という前川は、
「それでも安倍首相が改憲を実行するというのなら、私も国会正門前に行ってデモに参加しますよ」
と語っているのである。

ある種の気骨ある官僚として、前川は城山三郎が描いた『官僚たちの夏』(新潮文庫)の主人公、風越信吾のモデルとなった元通産(現・経産)事務次官の佐橋滋に擬せられる。

佐橋は次官になっても護憲を強調し、非武装中立の立場を崩さなかった。ために、政財界人から、
「あの主張だけはいただけん」
とヒンシュクを買ったが、死ぬまでそれを曲げなかった。

日本興業銀行(現・みずほ)元会長の中山素平も護憲で、唯一と言っていいほど佐橋をかばったが、その意味では、前川は佐橋以来の護憲派の剛直官僚である。しかし、前川も佐橋も「異色」と呼ばれる。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、11月3日号。画/いわほり けん)

『広辞苑』、「フェミニズム」「フェミニスト」の定義を変更へ

岩波書店が発行する『広辞苑(第七版)』の広告。

岩波書店は10月24日、来年1月の『広辞苑 第七版』刊行を発表。この版で「フェミニズム」「フェミニスト」の語釈を変更するという。

現在の「第六版」では、「フェミニズム」の説明が「女性の社会的・政治的・法律的・性的な自己決定権を主張し、男性支配的な文明と社会を批判し組み替えようとする思想・運動。女性解放思想。女権拡張論」で、「フェミニスト」の説明は「女性解放論者。女権拡張論者。俗に、女に甘い男」となっている。

これについて、男女平等を求める若手フェミニストのアーティストグループ「明日少女隊」が今年5月、「女権拡張論者は、女性が男性以上の権利を求めていると解釈されやすく、実際にこの広辞苑の語釈を引用して、フェミニズムを女尊男卑の思想であると結論づける人が後を絶ちません」、また「俗に、女に甘い男」は、「日本だけで誤用されている用法です。それだけでなく、これらはフェミニストの理念を大きく歪めるような用法であり、語の理解を妨げています」などとして「広辞苑の第七版では、(フェミニズムが)『あらゆる性の平等を目指す思想・運動』であることが分かるように語釈を書き換えてください」「(俗に、女に甘い男)は削除、もしくは誤用と明記してください」と求める公開書簡を、岩波書店の岡本厚代表取締役と辞典編集部宛に送付。その後6月からオンライン署名を始め、6200筆以上を集めた。

表記変更に書簡の影響があったのかを同書店辞典編集部に聞くと「多くの方からの質問や意見を参考にしている、という返答になる。刊行後、内容を見て判断してほしい」とのこと。

「明日少女隊」の尾崎翠さんは「岩波書店にオープンレターを提出した後、すぐにお返事をいただけたのはとても嬉しく、光栄でした。しかし、お返事は『参考にさせていただきます』という短いものでした。私たちは、『広辞苑』のフェミニズムとフェミニストの定義は、次世代へネガティブなジェンダー観を残してしまう深刻な問題があると考えておりますし、『広辞苑』の筆者の皆様に、この問題を真剣に考えていただきたいと考えています」「多くの人たちにこの問題を伝え、日本で『フェミニズム』や『フェミニスト』の定義を考える一つのきっかけを作り、署名という形で岩波書店に届けたいと考えました」と話す。

『広辞苑』第七版刊行での定義見直し報道を受け、同グループは「嬉しいニュース」と喜びながらも「実際に辞書の定義が、私たちの求めるものになるまで継続することを考えている」としている。

(宮本有紀・編集部、11月3日号に加筆修正)

希望というのは(小室等)

このコラムで、増田喜昭さんに触れたことがあったかな。増田さんは三重県四日市市の子どもの本屋「メリーゴーランド」の主であるが、谷川俊太郎さんや故河合隼雄さんなど、増田さんが企画するイベントの常連ゲストは数えきれない。ちなみに灰谷健次郎作『天の瞳』で主人公倫太郎が慕うあんちゃんのモデルは増田さん。

一〇月八日、「松本山“ちんじゅの森”コンサート」へゆいと谷川賢作(ピアノ)、河野俊二(カホン)の四人で行ってきた。

四日市市松本地区松本神社。子どものころから親しんだ場を守ろうと、地元の有志一三人が「松本山ちんじゅの森の会」を結成。代表は山下邦男さん、増田さんも実行委員の一員。二〇〇一年の一回目は篠笛奏者の狩野泰一さん、翌年はプロの獅子舞が登場し、三年目はドイツ人の尺八奏者ウベ・ワルターさんと続き、僕は〇八年の第六回からゆいと呼ばれて以来、賢作、ゆいのほかに八木のぶお(ハーモニカ)、田中邦和(テナーサックス)諸氏のその時折の参加を得て、今年第一五回で多分六回の出演。おおたか静流さんも複数回だ。

松本山はかつて、子どもたちの遊び場だったが、気がついたら子どもの姿は消えていた。このコンサートは、子どもたちが喜ぶことのできる場を取り戻そうと、一五回目を迎える今年も、有志らが協力して竹を切り出し、四〇〇以上の竹灯籠をつくり、神社に上る一一〇段の階段の両脇に並べる。

会場の椅子は、近くの学校から五〇〇脚以上のパイプ椅子を借りてきて並べる。運搬は、地元で整備工場を営む幼馴染がトラックを出し、ほかにも米屋、魚屋、山下代表は常磐精機の社長、その他たくさんの大人たち(融通がきく自営業が多い)と子どもたちが力を合わせる。さらに大人たちは、運営費も協力し合う。無料コンサート当日はカンパも。つまり形を変えてもうひとつの祭りの誕生だ。

そういえば、増田さんの祖父は大工で、この神社を建てる際、あらためて宮大工の勉強を京都かどこかでしてきて建立に貢献。たしかそのお祖父さんが彫った彫り物が今も神社のどこかに。土地のDNAが松本山に浸みこんでいる。

楽器運搬の軽トラに楽器ケアのため乗ってくれた青年、見覚えのある顔。そう、〇一年に中学生で参加した太鼓と篠笛の上手かった中学生、川喜田宗久さんだった。宗久青年、今は消防団員。なぜなら木遣りがやれるからだと言う。打ち上げの締めに僕の指名で「伊勢音頭」を歌ってもらった。

地のDNAは、あの日の中学生の中で息づいていた。希望というのはそのようなところに宿る。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、10月20日号)

真理はあなたたちを自由にする(佐藤優)

カール・マルクス著『資本論』第1巻の発刊から今年で150年になります。弊社では、150年を記念して鎌倉孝夫さんと佐藤優さんによる『21世紀に『資本論』をどう生かすか』 http://www.kinyobi.co.jp/publish/002411.php を発刊しました。

いまの社会問題の根本がどこにあるかを考えるために、マルクスの『資本論』は最強の武器であり続けています。ただし、『資本論』は革命の手引き書ではありません。一般向けの講義をまとめた本書は、資本主義の内在論理をあきらかにするとともに、『資本論』の誤読されやすい部分をていねいに解きほぐしています。

佐藤優さんによる「まえがき」を佐藤さんのお許しをえて公開します。ご関心をもたれたらぜひ、本書をお手に取り下さい。(編集部 伊田浩之)

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真理はあなたたちを自由にする
佐藤優

今年2017年は、カール・マルクスの『資本論』第1巻初版が1867年に刊行されてから150年になる記念の年だ。『資本論』は有名だが、実際にこの本を通読した人はそれほど多くない。この点については、マルクス自身も予想していたようだ。初版の序文でこんなことを述べている。

〈何事も初めがむずかしい、という諺は、すべての科学にあてはまる。第一章、とくに商品の分析を含んでいる節の理解は、したがって、最大の障害となるであろう。〉(マルクス[向坂逸郎訳]『資本論(一)』岩波文庫、1969年、11ページ)

本屋の店頭で本を手に取ると、通常はまず序文を読む。その序文に「この本は難しい」ということが書いてあると、怖じ気づいて買うのを躊躇してしまう人が多いと思う。21世紀にプロの編集者がついていたならば、マルクスがこのような原稿を書いても、修正を要求したであろう。しかし、『資本論』の論理を正確に理解したいと考える人にとって、マルクスが序文で、この本の第1章の商品の分析を含んでいる節が難しいと予告していてくれたことが、真理に到達するための重要な「導きの糸」になる。

〈資本主義的生産様式の支配的である社会の富は、「巨大なる商品集積」として現われ、個々の商品はこの富の成素形態として現われる。したがって、われわれの研究は商品の分析をもって始まる。〉(前掲書67ページ)

という『資本論』の冒頭に記された商品がどのようなものであるかについては、二つの解釈がある。

第一は、この商品は古代から現在に至るまであらゆる時代に存在した商品であるという解釈だ。

この解釈をすると資本主義社会の特質がまったくわからなくなってしまい迷路に陥ってしまうというのが鎌倉孝夫氏と私の認識だ。

第二は、この商品は、資本主義社会の商品を抽象したものであるという解釈だ。

宇野学派といわれるマルクス経済学者の宇野弘蔵氏(1897~1977年)の『資本論』解釈を踏襲する人々がこの解釈を支持する。資本主義より前の社会とは異なり資本主義社会では、労働力の商品化が行なわれている。その結果、資本が生産過程を支配することが可能となり、資本主義が自律的な社会システムとして自立することになる。『資本論』第1巻冒頭の商品を資本主義社会に特有のものであるという解釈をすると、この社会が資本家、地主、労働者の三大階級によって構成されているということがわかるというのが宇野学派の『資本論』解釈だ。もっとも鎌倉氏は、この解釈では飽き足らずに、資本主義社会は、資本家と労働者の二大階級によって構成されているという結論を導く。その論理的道筋については、本書でていねいに示されている。

さて『資本論』を基盤とする経済学には、マルクス主義経済学とマルクス経済学という二つの潮流がある。

マルクス主義経済学の立場に立つ人は、共産主義革命を起こすというイデオロギーを重視する。そして革命の聖典として、イデオロギー的に『資本論』を読んでいく。このような読み方に、根本的な異議を申し立てたのが宇野だ。宇野氏によれば、『資本論』は科学の書である。それだから、労働者、資本家、地主、あるいはこの三大階級に入らない小商品生産者、作家、芸術家などが読んでも資本主義社会の論理をつかむことができると宇野氏は主張した。そしてみずからの経済学をマルクス経済学と規定した。マルクスの流れを継承する経済学という意味だ。

21世紀のわれわれから見れば、宇野氏の主張は、当たり前のことのように思えるが、1980年代末にソ連体制に揺らぎが生じる前の左派的情報空間において、宇野氏のような『資本論』解釈は、理論と実践を切り離す悪しき科学主義、客観主義とみなされた。

ちなみに、宇野氏は資本主義社会を理解する上でも社会主義(もしくは共産主義)イデオロギーの重要性をよく理解していた。社会主義イデオロギーを持っている人は、資本主義的偏見から自由になることができる。例えば、貨幣を根本から疑うことができる。1万円札を作成するのに必要な費用は22~24円である。それにもかかわらず1万円札で1万円に相当する商品やサービスを購入すること自体が、資本主義イデオロギーの下で可能になることなのである。マルクスは、独特なイデオロギーを持っていたことで、資本主義イデオロギーの偏見から解放され、資本主義社会の構造を客観的かつ実証的に分析することができると考えたのだ。

宇野氏の理解を敷衍するとマルクス経済学は、歴史学の一分野となる。すなわち資本主義という特定の時代を客観的かつ実証的に分析することがマルクス経済学の課題なので、これは歴史学に属するのである。

本書では詳しく説明されていないが、宇野には三段階論と呼ばれる特殊な方法論がある。経済学の場合、自然科学のような実験は不可能だ。したがって、頭の中で純粋な資本主義社会を想定する必要がある。しかし、この想定は、思考実験によって任意に構成される理念型ではない。現実の歴史過程から抽象されなくてはならない。宇野は『資本論』序文の以下の記述からヒントを得た。

〈経済的諸形態の分析では、顕微鏡も科学的試薬も用いるわけにいかぬ。抽象力なるものがこの両者に代わらねばならぬ。〉(前掲書12ページ)

こうした抽象力を行使して、資本主義社会の内在的論理を解明するのが原理論(経済原論)である。原理論は、『資本論』の論理に基づいて組み立てられるが、マルクスが書いたのだから『資本論』は絶対に正しいというような宗教的立場は取らない。論理性、実証性に照らして問題のある点は、いくらでも修正しても構わないというのが宇野の考え方だ。鎌倉氏も宇野氏のこの方法論を踏襲している。

歴史において、純粋な資本主義は存在し得ない。それは国家による経済過程への干渉があるからだ。それは、重商主義、自由主義、帝国主義というような経済政策の形で現れる。宇野氏はこれを段階論と名付けた。私は、ここでは国家の介入が主たる問題になるのだから段階論を国家論と読み替えてもいいと考える。ちなみに『資本論』では、国家を括弧の中に入れて論理が展開されている。国家は官僚制を持ち、徴税を行なう。この点を考慮するならば、現実の社会には国家と結びついた官僚という階級が存在すると哲学者の柄谷行人氏は述べる。この点については、私は柄谷氏と同じ見方だ。本書ではほとんど展開されていない国家、徴税、官僚に関する議論をいずれ鎌倉氏と徹底して行ないたいと考えている。

そして、原理論と段階論を踏まえて現状分析を行なうと宇野氏は説く。宇野氏は経済学の究極目標は現状分析であるというが、農業問題を除いて宇野氏自身の現状分析に関する作品はない。宇野学派の中で、鎌倉氏が占める特殊な立場は、原理論、段階論だけでなく現状分析にも積極的に取り組んでいることだ。私は高校生時代に社会党の青年組織・社青同(日本社会主義青年同盟。社青同を名乗る組織はいつくかあったが、私が所属していたのは向坂逸郎氏が代表をつとめていた社会主義協会系の“社青同協会派”とか“社青同向坂派”と呼ばれた組織)だった。このとき埼玉大学助教授で、労働者サークルの『資本論』研究会を主宰していた鎌倉氏と知り合った。私は鎌倉氏の『日本帝国主義の現段階』(現代評論社、1970年)、『日本帝国主義と資本輸出』(現代評論社、1976年)を読んで鎌倉理論の虜になった。いまでも私は、国家独占資本主義に対する鎌倉氏の理論は正しいと思っている。

本書で、鎌倉氏も私も『資本論』の論理は商品の分析で始まり、諸階級で閉じているという解釈を強調した。閉じているということは、その外側が存在するということだ。内部と外部をつなぐ回路について、鎌倉氏は労働力商品化を基礎とするシステムを超克し、人間が主体性を回復する革命を考えている。これに対して、日本の外務官僚としてモスクワでソ連崩壊を目の当たりにし、その後も日本国家の外交とインテリジェンスに関与した私は、革命を含め、政治的な事柄を根源的に信用しなくなってしまった。しかし、いつか外部の力によって千年王国が到来するという希望は失っていない。

本書を通じて、私と鎌倉氏が伝えたかった事柄を私なりの言葉で表現すると、かつてイエス・キリストが述べた、

「真理はあなたたちを自由にする」(「ヨハネによる福音書」8章32節)
ということだ。

僕のiPad(小室等)

夜遅く自宅前の植え込みの脇にiPadなどが入ったキャリーバッグを置き忘れたことに気づいたのは翌日で、あわてて見にいったがあるわけもない。Appleに連絡し、スタッフ誘導の下ロック完了、その時点で僕のiPadは荒川に架かる戸田橋辺りに存在することをPCの地図が示していた。

それで思い出し、以前に買っておいたDVDを引っ張り出してみた。一九六九年三月からNHKで放映された英国制作の連続テレビドラマ「プリズナーNo.6」。

〈オープニングタイトルは、猛スピードの、レーシングカータイプのオープンカーで本部に乗り付けた英国の諜報部員である主人公が、上司に辞表を叩きつけ、その足で自宅に戻り、旅の荷造りをするが、監視の手によって鍵穴から催涙ガスを注入され眠らされる。目が覚めるとそこは「村」と呼ばれる国籍不明の場所。「村」には多くの者が「プリズナー」(囚人)として拉致されてきており、それぞれ自分の正体は伏せたまま、番号で呼ばれている。「ナンバー・シックス」を与えられた主人公は「ナンバー・ツー」と呼ばれる「村」のリーダーから辞職の理由と知っている情報を問い詰められるが、頑なに回答を拒否。組織は最新の方法で情報を聞き出そうとするが、「ナンバー・シックス」はそれを退け、チャンスがあれば「村」からの脱出を試みるが、行動は「村」のあらゆるところに仕込まれた隠しカメラの監視下にあり、毎回失敗に終わる〉

「プリズナー・ナンバー・シックス」を演じるのは英国育ちのパトリック・マクグーハン。この作品のプロデューサーでもあり、「刑事コロンボ」の客演や、『007』シリーズのボンド役を断ったことでも知られている。

当時、日本語吹き替えの声は、小山田宗徳、若山弦蔵、近石真介、真木恭介、早野寿郎、久松保夫、(国会議員になる前の)山東昭子、山田康雄、愛川欽也諸氏、日本の声優の一時代を築いた錚々たる声優のみなさん。

ドラマはそう、今見直してもやっぱりおもしろい。でも当時は架空の出来事としておもしろがっていた。まさか、こんなにもリアルに今の日本に似ているドラマだったとは。マイナンバーを押し付けられ数で管理され、町のいたるところに防犯カメラが設置され僕らの動向は四六時中監視され……。

マイナンバーで必要書類の申請・取得の手続きが簡単。防犯カメラが役立って犯罪者が捕まればめでたしめでたし。iPadが見つかればよし。

本当にそれでいいのだろうか。

失うものはない?

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、10月6日号)

過去に学ぼうとしない安倍首相(黒島美奈子)

遅まきながら、話題のドキュメンタリー映画『米軍が最も恐れた男、その名は、カメジロー』を観た。上映は沖縄で唯一インディーズ作品を提供する桜坂劇場で、しかも連日長蛇の列と聞き、「必ず観よう」と決めていた。それなのについ先延ばしにしていたら、公開37日目に「沖縄で観客1万人突破」と報道されたので、慌てて観に行った。

カメジローとは、言わずと知れた沖縄出身の政治家・瀬長亀次郎。1950年代、米軍統治下の沖縄で「沖縄人民党」を結成した。ポツダム宣言に心酔し、日本国憲法を愛して、その対極にある米軍の圧政に真っ向から異を唱えた。

政治活動の原点は、労働運動だ。米軍施設を造るため県内外から集められた労働者が食事も満足に与えられず押し込められていると知り、駆け付けた。その労働者たちを救うため、琉球政府下で初めて労働法の制定を提案し実現した。

映画では、絶対的権力を握る米軍が中傷ビラや投獄などあの手この手を使ってカメジローを政治から遠ざけようと画策したエピソードと、そうすればするほどカメジローにのめり込んでいく県民の姿が映し出されている。佐古忠彦監督は舞台あいさつで、「今、求められる政治家像だ」と評していた。

戦後初の「沈黙解散」が行なわれる現代の政治家像は、どうだろう。報道から知るのは、政権の長期化を狙い大義なき解散に走る安倍晋三首相とそれに追従する自民・公明両党、同様に大義なき離党・結党を繰り返して自滅の道を走る一部野党や新党の姿だ。

9月20日の国連演説で、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に核を放棄させるのに必要なのは「対話ではない。圧力なのです」と言い、あおるだけあおった安倍首相は、その渦中に国会を空にするという暴挙に出た。

対する民進党の前原誠司代表は、支持率低迷の最中の選挙戦突入の危機にもかかわらず、安倍政権を揺さぶる唯一の可能性=共産党との連携=さえ二の足を踏む。どちらも保身の末の行動にしか見えない。

小池新党と言われる「第三の勢力」も、改憲推進・安保法容認など安倍政権とほぼ変わらない内実が判明すれば、解散の意義はますます見えない。今選挙も盛り上がらないのは必至で、投票率の低迷だけがニュースに違いない。

ただ懸念するのは、どんなに大義が見出せずとも、今回の結果が日本の分岐点になるだろうという点だ。「教育の無償化」や「森友・加計問題」など、各党が主張する選挙の争点がメディアを騒がせているが、今選挙が最も反映される真の争点は緊迫する北朝鮮外交であり、改憲だ。

「窮鼠、猫を噛む」という。安倍政権の下、このまま圧力一辺倒でいけば、北朝鮮は近いうちにデッドラインを超えるだろう。日米開戦の理由をひもとく『日本はなぜ開戦に踏み切ったか』(森山優著、新潮選書)には、「自衛のため」対米報復するという陸軍の案に、半ば自暴自棄になって突き進む東条内閣の姿が描かれる。その姿は今の北朝鮮と重なる。

国会で「ポツダム宣言はつまびらかに読んでいない」と明言した安倍首相には、過去に学ぼうとする姿勢は見えない。今選挙ばかりは「ほかにいい人がいない」という理由で、投票しない方がいい。

(くろしま みなこ・『沖縄タイムス』記者。9月29日号)

Jアラートと竹槍(小室等)

八月二〇日、六文銭’09のメンバー、小室、及川恒平、四角佳子、こむろゆいの四人は長野県飯田市にいた。朝八時半、一斉にみんなのスマホにけたたましい警報音が鳴り響いた。ゆいに届いた二度目の着信画面をそのまま記す。

!緊急速報
【訓練】避難勧告発令
【訓練】訓練情報です。
本日9時30分、飯田市は、松尾新井・寺所・明・清水に居住する方に「【訓練】避難勧告」を発令しました。
天竜川は、あと、2時間ほどではん濫する恐れがあります。
天竜川沿いにお住いの皆さんは、急いで避難を開始してください。
【訓練】訓練情報です。(飯田市)

一〇時半までに三度、毎回けたたましい音量で鳴ったらしい。飯田中の人々のケータイがけたたましい音を立てているとき、僕のケータイだけ鳴らなかった。それって、わたくしめのは、ガラケーだから? ガラは自力で生きろ、健闘を祈る、って? いや、ちょっと待て、冗談言ってる場合じゃない。飯田の人々のケータイとともにうちらメンバーのケータイも鳴ったということは、うちらが飯田にいることはケータイの世界では知れわたっているということ?

ということは、飯田在住の人が飯田を離れたとき、こいつは今、飯田にいない、ということもケータイの世界ではだれかが掴んでいるってことだよね。昔、「プリズナーNo.6」っていう英国のちょっと変わったテレビドラマがあったんだけど、そのドラマにそっくりだよ、今の日本。そのドラマの話は長くなるから次の機会に。

緊急避難勧告発令。これにミサイルが加わると、Jアラートの出番。Jアラートをネットで検索。

Jアラート 人工衛星と市町村の防災無線を利用して緊急情報を伝える「全国瞬時警報システム」の通称。地震や津波、弾道ミサイルの発射など、すぐに対処しなくてはならない事態が発生した際に、国から住民に直接、速やかに情報を知らせることを目的に、総務省消防庁が整備。2007年から運用している。

知らなかった。総務省なんだ。Jアラートもやってたよね訓練。あれ何? 体を低くして頭をカバンで覆う。米軍本土上陸に備え、女性や障害者に竹槍を持たせたのと同レベル。コケにされてるよ、国民。メディア・プロパガンダ。

九月一五日、北朝鮮のミサイルが北海道の上空を通過。トランプが日本にくるらしい。ミサイル飛んでるし、しっかり戦争しなきゃって話し合う? 違う道を探そうよ。メディアもね。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、9月22日号)

ネット右翼と創価学会は同根の反知性(佐高信)

狂信者たちへの手紙

今度、本誌での緊急対談を中心にまとめた『自民党に天罰を! 公明党に仏罰を!』(七つ森書館)を出しました。

これでまた、私の本を出してくれる出版社への非難電話や突然の押しかけ訪問がふえるのかもしれません。

七つ森書館へ先日かかってきた電話は、男性からで、
「お前のところは共産党の本ばかり出して!」
に始まり、
「安倍首相みたいな、いい男がやっと現れると、サタカのような連中が寄ってたかって、つぶそうとする」
と続けたとか。

多分、このネット右翼系思考の人にとっては、同じく緊急対談集の『バカな首相は敵より怖い』(七つ森書館)という題名がとんでもなかったのでしょう。

別の版元には、メガネをかけた中年の女性が突然やって来て、私に監視され、ストーカー行為を受けていると訴えたそうです。

それにしても、聞いたこともない女性に、どうして私がストーカー行為を働くことができるのでしょうか。

編集担当者が尋ねたら、名前を言い、別れたダンナが創価学会員だと答えたとのこと。

その情報が本当かどうかわからないがそれにしても、ネット右翼と創価学会員には、狂信性と押しつけがましさという点で共通性がある、と私は思います。

「純粋を振りかざす」谷川佳樹副会長ら

たとえば創価学会の現副会長で次期会長といわれる谷川佳樹氏は青年部長時代に宗教学者の島田裕巳さんのインタビューを受けて、こう語っています。

谷川氏は創価高校から東大文二(経済)に進んで、すぐに信心をしているメンバーでつくっているサークルに入り、活動を始めたのだそうです。

「当時、(学会の)学生部には『立宗宣言』といって、自分が学会員であることを公の前で公表せよという、一種のルールのようなものがありました。僕はクラス・オリエンテーションで、『私は創価学園の出身です。創価学園は、創価学会の第三代会長の池田大作先生が作った学校です。私は学会員です。これからクラス全員を折伏させていただきます』とやったんですよ。それで、その日のうちに『法華』というあだ名がつきました(笑)」

そう語る谷川氏は駒場寮に住んでいて、日曜日になると、『聖教新聞』の啓蒙用紙を持って全部屋を回ったとか。

「自分の信仰について、迷いみたいなものはなかったんですか?」
と島田さんが問いかけても「やめようと思ったことはない」と答えています。

しかし、これは生き方の押しつけではないでしょうか。最も押しつけてはならないものを押しつけているようにしか私には思えません。それはむしろ、確信のなさ、あるいは自信のなさがもたらすものでしょう。

拙著『面々授受』(岩波現代文庫)で紹介したのですが、『荷車の歌』の作者、山代巴(やましろ ともえ)さんは、共産党員の夫、山代吉宗さんに、運動の堕落した幹部、つまりダラ幹について、
「いくらこちらの純粋を振りかざしても、ダラ幹は追放できんよ。純粋を振りかざすのも一種の押し売りだからな。押し売りでは人の心は変わらんよ」
と言われたと告白しています。そして、さらに、
「ダラ幹もいやな奴らだが、純粋を振りかざす奴もキザな奴等に違いないね」
とダメを押されたというのです。若き日の谷川氏も現在の谷川氏も「純粋」な人間だとは私は思いませんが、「純粋を振りかざす」人間ではあるでしょう。それは反知性に近いのではありませんか。

(さたか まこと・『週刊金曜日』編集委員、9月15日号)

90年代には右傾化の芽が揃っていた(雨宮処凛)

8月に出版された『1990年代論』(河出ブックス)という本に原稿を書かせて頂いた。

編著は78年生まれの大澤聡氏。70〜80年代生まれの論者たちが、90年代の政治や社会、労働、家族、心理、アニメやゲーム、マンガなどを論じる一冊である。

本書で私が担当したのは90年代の「運動」。もちろんスポーツの方ではなく、皆さんが日々いそしんでいる方のだ。

ちなみに90年、私は15歳の高校生で、リストカットとヴィジュアル系バンドの追っかけが人生のすべてだった。

そうして99年、24歳だった私はフリーターで、右翼団体に入っていた。

この10年間に、一体何があったのか。私が本書で取り上げた運動は、95年に最高潮の盛り上がりを見せた「薬害エイズ運動」だ。私より1歳下の川田龍平氏が当事者としてメディアに登場し、漫画家の小林よしのり氏が「HIV訴訟を支える会」の代表となり、そうして95年、患者や支援学生などが厚生省(当時)を人間の鎖で囲む「あやまってよ95」を実施、3000人が参加した。

が、私はこの運動に参加したこともなければ関わっている人に会ったこともない。すべては小林よしのり氏の漫画で知ったことだ。なぜなら当時の私は大学を2浪した果てに進学を諦めた貧乏フリーター。そんな人間に「運動する学生との接点」など皆無。同世代の学生たちが著名人も参加する華やかな運動に身を投じ、社会正義まで体現しているという事実は、羨ましすぎて私には堪え難いことだった。

もちろん、本当は参加したかった。だけど、フリーターで頭も悪い自分には参加資格などないと思っていた。高学歴で、弁が立ち、注目を浴びる学生への反発。この感情は、SEALDsに対して反感を持った若者に通じるものだったと思う。自分がそうなりたくてたまらないからこそ、苦しくて仕方なかった。

そうして96年、そんな私のもやもやを鮮やかに肯定してくれたのが小林よしのり氏の『脱正義論』だ。運動で自己実現みたいな学生を「純粋まっすぐ君」と評し、薬害エイズ運動に関わる「左翼」と呼ばれる人たちを徹底的にブッ叩いたこの本は、何もできずに燻るだけの私の溜飲を下げてくれた。その後、小林よしのり氏がどんどん右傾化していくのに合わせるようにして、私も右傾化。97年、22歳で右翼団体に入り、99年に脱退。

詳しくは本書を読んで頂きたいが、読み進めていくと、90年代には今の右傾化に至る芽はすべて揃っていたことがよくわかる。編者の大澤氏は、「私たちをとりまく条件の大部分はむしろ“90年代的なもの”によって構成されている」と指摘する。

あの時代から、今を読み解くこと。そのためのヒントが詰まっている一冊だ。

(あまみや かりん・『週刊金曜日』編集委員。9月8日号)

小池都知事で学ぶ(小室等)

メディアにかかわる仕事をしている二人の女性は、関東大震災時の、決して少ないとは言えない人数の朝鮮人が惨殺されたという事実を今日まで知らなかったそうで、そのことを知ったのは、小池百合子都知事が「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に都知事名での追悼文を送るのを断った、という報道によってであったという。

歴史的事実を、僕と親子ほども歳が離れているとは言え、そのことを知らないまま今に至ることに驚きつつ、別角度から見れば、今回の小池都知事追悼文断り報道は、図らずも、きっとほかにもたくさんいると思われる、知らなかった人たちにそれを知らしめる結果を招いたわけで、動機はともあれ、誠に願わしい出来事だった。

あれ、この言い方、「何百万人も殺しちゃったヒトラーは、いくら動機が正しくても駄目」発言に似ちゃってる? それでは撤回。いや、これも「発言が誤解を招いたことは遺憾なので撤回」しちゃう発言、永田町界隈で大流行の「撤回やり逃げ術」に似ちゃってるから、これも駄目。あの人たちが破壊の限りを尽くしている、言葉を、日本語を。

二人の女性が知らなかったことに驚いたと言ったが、かくいう僕も三〇過ぎまで何も知らなかったので人のことは言えない。

世の中を意識的に見るようになるきっかけは矢崎泰久編集長の『話の特集』だったが、それもまだ面白がっているだけだった。政治的なこと、社会的なことに目が向くようになったのは矢崎さんたちがはじめた革自連(革新自由連合)の活動に参加してからだ。

旅先のホテルの部屋に参加呼びかけの電話をかけてきたのが中山千夏さんで(どうして大阪のホテル逗留を突き止めたのか。千夏さんにそんなノウハウがあるとは思えないから、矢崎さんだね)、当時、千夏さんはわが尊敬するジャズピアニスト佐藤允彦さんの結婚相手だったので警戒心もないまま受諾してしまったのだった。

政治活動については別の機会にゆずるとして、革自連の運動の中で、環境学者・公害問題研究家の宇井純さんから水俣病を学び、石牟礼道子さんや熊本大学の原田正純さんにもお会いでき、原子核物理学者・反原発活動家・救援連絡センターの水戸巌さんに出会えて優しさを根底にしたラディカルを知り、千夏さんにウーマンリブや死刑廃止運動を教えられた。たくさんのことを学び、失敗も経験した革自連は、僕の学校だった。

物事を少しずつだけど知っていくのはかなり歳を喰ってからで、二人の女性を驚く前に、自分を驚け、なのでした。

(こむろ ひとし・シンガーソングライター、9月8日号)